1-14 死んだ社畜は未来を決められる (改訂版)
「く~や~し~い~。シリウス、もう一回勝負して」
「あはは……流石にそれは嫌だね。たぶんだけど、次やったら負けそうだし……」
「そんな~」
アリスは再戦を申し込むが、それをやんわりと断るシリウス。
だが、その選択は間違ってはいない。
シリウスが次戦えば、おそらく──いや、ほぼ確実に負けるだろう。
先ほどの作戦はあくまで不意打ち──作戦を知らなかったアリスだからこそ通用しただけなのだ。
バレてしまえば、簡単に対処できるだろう。
「それにアリスの方が強い事はみんな知っているんだから、それでいいじゃないかな?」
「でも、今まで勝っていた相手に負けたまま終わるのは私のプライドが許さないのっ」
「……まあ、わからないでもないんだけど、そこは兄のプライドを優先して諦めてくれない?」
「うぅ~」
どこまで負けず嫌いなんだろうか?
まあ、誰も負けて嬉しいとは思わないだろうが……
二人がそんな会話をしているとアレンが話しかけてくる。
「はははっ、今回はお前の負けだな、アリス」
「うぅ……お父さん」
「お前は戦闘の才能はかなりのものがあるが、だからといって完璧ではない。少しはフェイントなんかを身に付けた方が良いな」
「……じゃあ、教えてよ」
「そういうのは自分で身に付けるべきだ。というか、状況に合わせてやるべきことは変わってくるから、その場に合わせたことをできるようになった方が良いな」
「それはどうすればいいのよ」
「自分で見つけろ」
「うぅ~」
アレンの言葉にアリスが頬を膨らませる。
だが、彼の言っていることはあながち間違いではない。
たしかにフェイントを身に付けることは大事ではあるが、そういうのは使う場面によって使うものが変わってくるのだ。
そういう時にはすべての技を覚えるよりも、状況に合わせた技を使えるようになった方がいいのだ。
「しかし、まさか本当にシリウスが勝つとは思わなかったな。こと戦闘面に関してはあまり期待していなかったからな。もう一度、俺の訓練を受けてみる気はあるか?」
「あはは……それは流石に耐えられないよ」
「む? そうか?」
「今回勝てたのは只の作戦勝ち。僕自身が強くなったわけじゃないよ」
「……たしかにそうかもしれないな」
そこは否定してやれよ、親父。
たしかにシリウスは強くなってはいないのかもしれないが、だからといってそれを肯定するのは父親としてはやってはいけないだろう。
しかし、そんなアレンは真剣な表情をして忠告してくる。
「だが、魔法の訓練は再開した方が良いな、シリウス」
「え?」
「お前の魔法は素人の俺から見てもかなりのものだとわかる。それを訓練していけば、おそらくかなりのレベルになることができるはずだ」
「本当にっ!」
父親からの言葉にシリウスの目が輝く。
今まで自分の戦闘面に自信がなかったのが、妹に勝つことと父親に褒められたことで自信がついたからだろう。
まあ、シリウスの魔法の才能については俺も気づいてはいたが……
「魔法の発動速度や効果は現時点ですでにレベルが高い。攻撃系の魔法はあまり得意ではないようだが、先ほどの魔法を鍛えれば冒険者でも十分にやっていけるレベルだぞ?」
「やった……でも、僕は別に冒険者になりたいわけじゃないんだけど?」
「何を言っているんだ? 俺の子供たちなんだから、冒険者としてある程度は経験を積んでもらうぞ?」
「「えっ!?」」
アレンの言葉に俺とシリウスは同時に驚きの声を漏らす。
全く聞いたことのない話を聞かれたからである。
どうして貴族の子供が冒険者にならないといけないのだろうか?
「俺としては冒険者として経験を積み、うちの領民を守ることができるようになってもらいたいわけだ」
「いや、だからって冒険者になる必要は……」
「そうだよ。確かに強いに越したことはないけど、そのために冒険者になるのは……」
「お前たち、この辺りの魔獣がどれだけ強いかわかっているか?」
「「へ?」」
アレンの指摘に俺たちは呆けた声を出してしまう。
魔獣の強さなんて見たこともないしわかるはずなんてない。
それは引きこもり気味だったシリウスも同じだろう。
「大体、最低が中級だな。あくまで魔獣の幼生体だが、な」
「「えっ!?」」
今度は驚愕しながら、顔を青ざめることになってしまった。
幼生体の時点ですでに中級──それはつまり成体になれば、それよりも格段に強い存在になるというわけだ。
魔物のランクには低級、中級、上級、特級──そして、災害級の5段階に分けられている。
初級は新人冒険者が一人で倒すことができるレベルからパーティー単位で倒すことができるレベルぐらいだ。
中級は中堅冒険者──冒険者になって3,4年目の冒険者がパーティーで戦うような相手、上級は10年近い経験のベテラン冒険者が戦うような相手なのだ。
特級は一部の天才──【化け物】なんて呼ばれるような奴らが戦うような化け物が相手になってくる。
そして、災害級についてはそんな【化け物】ですら可愛げがあるように思える魔獣たちの事で、まさに【災害】と呼ぶべき存在の事である。
たった1体の魔物で一夜にして国を亡ぼすなんてことが過去にもあったらしく、そういう存在がいることがわかったら即座に逃げろと言われている。
まあ、その災害級については置いておこう。
今はこの領地にいる魔物たちについてだ。
「じゃあ、ほとんどの魔物が上級、ってことじゃ……」
「まあ、そういうことだな。時折、特級とかも現れるぞ」
「えっ!? そんなのを相手にどうしたら……」
「だから、冒険者になれと言っているんだ」
「「……冒険者になったとしても、そんなのを相手にどうしろ、と?」」
父親からのとんでもない指令に俺とシリウスは同時に文句を言う。
何が悲しくて、そんな危険なことをしなくちゃいけないんだよ。
せっかく異世界に転生できたのに、また死ぬ羽目になるじゃないか……
「お前たちは十分に才能がある。少なくとも数年訓練すれば上級の魔物を倒すことができるレベルになるぐらいな」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「そりゃ、俺が元冒険者だからだ。これでも特級の魔物を何度も倒したことがあるんだぞ? というか、この辺りに現れる特級の魔物は基本的に俺が相手しているしな」
「「ええっ!?」」
まさかの事実に今までで一番大きな驚愕の声を出してしまう。
父親が冒険者であることは知っていたのだが、まさか特級の魔物を倒すような冒険者だとは思わなかった。
しかも、今の口ぶりからすると一人で倒しているように聞こえる。
それはつまり、【化け物】と呼ばれているような存在であるということだ。
俺はよくそんな相手から一本を取れると思っていたな……
「アリスは近接戦闘、シリウスは魔法──パーティーを組んだらバランスがいいじゃないか。そこにオールマイティーなグレインが入れば、完璧だろう」
「「いやいやいやいや」」
アレンのトンデモ理論に思わず異議を唱えてしまう。
言わんとすることはわかるのだが、そう簡単に事が進むはずがない。
たしかに今の話の通りにいけば冒険者としては完成度の高いパーティーになるとは思えるが、だからといって全員が冒険者になるとは限らない。
少なくとも、シリウスは戦うことが苦手なのだから……
「先ほどの戦闘で分かったが、シリウスには魔法の才能がある。冒険者としてやっていけるレベル──かつてのエリザベスの様になれるはずだ」
「えっ」
「まだまだ鍛えるべき場所はたくさんあるが、正しい指導者の下で訓練を積んでいけば冒険者になるころにはかなりの使い手になることができるはずだ」
「……」
アレンの褒め言葉にシリウスが黙り込む。
もしかして……俺は嫌な予感がする。
「わかったよ。冒険者になる」
「おお、頑張ってくれるか」
シリウスが落ちてしまった。
まあ、今まであまり褒められたことがなかったものだから、褒め言葉に弱かったのかもしれない。
これは想定していなかった俺のミスか……
「よし、これでこの領地も安泰──」
「父さん、僕は別に冒険者になるつもりは……」
「──安泰だな。3人が揃えば、特級の魔物すら倒せるだろう」
「……」
冒険者になることを否定しようとしたが、アレンはあっさりと聞き流しやがった。
しかも、俺が逃げられないようにわざわざ「3人」の部分を強調してきやがった。
俺が冒険者にならなかったら、シリウスとアリスが危ないということを理解させるために……
なんて卑怯な。
スローライフを送るつもりが、まさかの危険なことをさせられることになるなんて……本当にとんでもないとこに転生させやがったな、あの女神。
俺は地面に手をつきながら、美人だが残念な女神のことを思い出していた。
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