1-13 死んだ社畜は兄と姉を戦わせる (改訂版)
「えっと……本当にいいの?」
不安げな表情のアリスに俺は笑顔で返事をする。
まあ、彼女がそんな表情を浮かべるのも仕方がない。
なんせ、自分よりも弱い相手が「どこからでもかかってこい」と言ってきたからだ。
そんな彼女に俺ははっきりと告げる。
「もちろんだよ。アリス姉さんは好きなようにかかってくればいいから……いつも通りね?」
「ちょっと待って、グレイン。本当にあんな作戦で勝てるの?」
だが、そんな俺の宣言にシリウスがストップをかけてくる。
せっかくいい感じなのに、どうして止めるかな……
「僕の言った通りにすれば勝てるはずだよ。少なくとも今の姉さんには勝てるはずだよ」
「いや、そんな簡単に言うけど……」
「兄さんはいつまでもアリス姉さんに負けたままでいいの?」
「うぐっ」
文句を言おうとするシリウスだったが、俺の質問に言葉を詰まらせる。
長男の意地としてそれを肯定することは言えなかったのだろう。
彼だって男なのだから……
「あんまり無茶はするなよ。シリウスは華奢なんだから……」
「わかってるわ」
俺たちが会話していると、アレンとアリスがそんな会話をしていた。
完全にシリウスのことを下に見た発言である。
まあ、戦闘能力に関してはアリスに比べればシリウスの方が下であるのは事実なのだが……
それでも実の父親が本人を目の前に言うことではないと思う。
「兄さん」
「なに? 正直、怖くて手が震えているんだけど……」
「父さんを見返したくないの? 華奢だからという理由で姉さんに負けることを何とも思っていない父さんを」
「……」
俺の言葉にシリウスは黙り込む。
だが、どうやら何も言えなくなったわけではないようだ。
アリスと戦う覚悟を決めたみたいだ。
なら、さっそく戦ってもらおう。
「姉さん、もういいよ」
「……わかったわ。何を考えているかは知らないけど、作戦を考えたからってシリウスが私に勝てるとは思わないでっ」
僕の言葉を聞き、アリスが地面を蹴って駆けだした。
そのスピードは風魔法を使った俺よりも遅いが、7歳の少女にしては別格のスピードだった。
そんな彼女は木剣を構えながら、兄さんに向かってきたのだ。
正直、その勢いは魔法を使った僕でも真っ向から受けようとは思えないほどだった。
少なくとも同年代で彼女の突進を止められる人間はほぼいないのではないだろうか?
「はあっ」
気合の入った声と共に彼女は走りながら突きを放つ。
それはシリウスに怪我をさせない配慮をしているつもりなのか、彼の腹部を狙っていた。
そういう気遣いは大事だとは思うが、そのスピードの突きは当たった時点で大変なことになることを知って欲しいものである。
突きがシリウスの腹部へと近づいていき、直撃する──と思った瞬間、
「凍てつく壁よ 我が前に 【氷壁】」
(パキパキッ……バキッ)
「えっ!?」
アリスが驚きの声を上げながら、動きを止めた。
なぜなら、彼女の攻撃はシリウスに当たる直前で完全に止められたからである。
アリスとシリウスの間には地面から20センチほどの厚みの氷の壁が現れ、その氷に彼女の木剣が突き立ったのだ。
もちろん、この氷の壁を作ったのは兄さんだ。
これが俺のアリス対策の作戦その1【氷の壁で動きを止めろ】である。
正直、アリスが近づくスピードに間に合わないと思ったのだが、シリウスの魔法発動スピードはそれを上回ったようだ。
しかも、かなりの厚みがあるため、勢いをつけて突き立った木刀はそう簡単には抜けそうになかった。
しかし、アリスもただやられているわけではなかった。
「この程度の壁……壊してやるっ!」
(ビキビキッ)
「うおっ」
アリスが力を入れた瞬間、兄さんの造った氷の壁にひびが入る。
まさかあの状態から氷にひびを入れるとは思わなかった。
厚さが20センチもある氷の壁に突き立った状態なのに、そこから力を加えるだけでひびが広がっているのだ。
一体どれほどの力を加えれば、そんなことになるのだろうか?
しかも、木剣が折れないようにしっかりと強化魔法をかけているようで、こと近接戦闘に関するアリスのセンスには舌を巻いてしまう。
正直、本当に魔法が苦手なのかと思ってしまう。
まあ、彼女の才能はアレンと一緒でこと近接戦闘に関してだけだろうが……
「アリスっ、手を離してすぐに離れろっ」
「えっ!?」
現状を見ていたアレンがアリスに指示を出す。
しかし、いきなりの指示にアリスは驚き、どう対応すればいいのかわからずにその場で動きを止めてしまった。
ここでアレンの指示に即座に対応できていれば勝敗は変わっていたのかもしれない。
まあ、子供には酷な話かもしれないが……
木剣に力を込めた状態で留まる彼女を見て、シリウスが口を開く。
「凍てつく鎖よ かの者を縛れ 【氷縛】」
(パキパキパキッ)
「きゃっ……冷たっ」
シリウスが呪文を唱えた瞬間、氷が壁から木剣を伝ってアリスの両手を縛りつける。
しかも、肘のあたりまでがっしりと凍らされているため、完全に動きを封じられた状態である。
いくら彼女の怪力でもこの状態から抜け出すことはそう簡単にはできないだろう。
そして、動きを封じられた彼女の首元に……
「これで僕の勝ちだね」
「う……」
シリウスが木剣の切っ先を突きつけ、笑顔で勝利を宣言した。
そんな彼の表情を見て、アリスはとても悔しそうに目尻に涙を浮かべていた。
まあ、今まで何度も勝ってきた相手に傷一つつけることなく完全敗北してしまったわけだから、悔しくないわけはないだろう。
といっても、別にこれでシリウスがアリスよりも強い事を証明したわけではない。
単純な戦力ならアリスの方が断然上であることは変わらない。
今回はあくまでアリスの戦闘スタイルの裏をかいた作戦を立てたので、シリウスが勝てただけなのだ。
「兄さん、おめでとう。初勝利だね」
「ああ、そうだな。まさか本当に勝てるとは思わなかったけど……実際に勝ってみるとかなり気分がいいな」
俺が声をかけると、シリウスは今まで見たことのない笑顔で返事をしてきた。
クリス同様に無表情がベースのシリウスの笑顔を見て、俺はかなりレアなものを見れたと思ってしまった。
というか、子供が笑顔を浮かべない家庭って、地球にいたころはかなり不味い家庭のような気がするな……
まあ、ここは異世界なのでそういう常識はないと思うが……
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