5-28 死んだ社畜は祖父母と邂逅する
「旦那様、カルヴァドス男爵様一行をお連れしました」
シグルドさんが部屋の中に入り、そう告げる。
俺たちはそんな彼の後に続いて部屋の中に入る。
(へぇ……)
俺は部屋に入った瞬間、心の中で感嘆の声を漏らしてしまった。
なぜかというと、この部屋が素晴らしいと思ってしまったからだ。
貴族の屋敷において、部屋を飾りつけている装飾品や調度品などは一種のステータスとなることは言わずもがなである。
しかし、これについては多くの貴族が勘違いをしている節がある。
ただただ高価なものを購入し、それが素晴らしいと勘違いしていることが多いのだ。
非常に嘆かわしい事である。
そういう物を選ぶのに必要なものは二つあると俺は思っている。
一つ、評価するのは値段ではなく、その調度品が部屋に合うこと。
二つ、決して華美すぎず、他のものとのバランスを整えること。
これが貴族において評価される屋敷のステータスだと思っている。
この部屋は其の二つの条件をしっかりと満たしていると思われる。
部屋の中にはある程度の家具と調度品が置かれているが、決して多くはない。
むしろ、一般的な貴族の屋敷と比較するとかなり少ない部類だろう。
しかし、だからと言ってバランスが悪いわけではない。
部屋全体で綺麗に整っていると俺は評価している。
おかれている調度品についても、金銀財宝のような高価なものではないが、少し歴史の感じる古さが味を出していた。
バランタイン伯爵という昔からリクール王国を支えてきた歴史的な貴族にぴったりだと思う。
以上の点から、俺は感心してしまったわけだ。
「お父様、お母様。ただいま」
俺が部屋の中に意識を向けていると、クリスがいつの間にか挨拶をしていた。
その声を聞き、俺は意識を部屋の中にいた人物に向ける。
「……」
「クリス、おかえりなさい」
そこにいたのは、一組の老年夫婦だった。
年のころは男の方は60代前半、女性の方は50手前ぐらいだろうか?
男の方の特徴は少しくすんだ青色の髪、相手を射殺しそうなほど鋭い視線、右目の少し上につけられた大きい傷──さらには、推定年齢には見合わないほどの鍛え上げられた筋肉が印象的だった。
アレンやリオンに比べれば決して大きくはないが、この年齢にしてかなり鍛えているのではないだろうか?
女性の方はいわゆる美熟女といったところだろうか、亜麻色の髪と綺麗な白い肌──そして、優し気な笑顔を浮かべていた。
身長は大体150前後だろうか、隣の男と並ぶと顔一つ分ぐらい差があった。
「お父様、どうしたの?」
クリスが心配げに質問する。
なぜなら、母親からは返事が返ってきたのに、父親からは返事が返ってこなかったからだ。
見たところしっかりと生きているようだし、クリスの声が聞こえないほど耳が遠いわけでもなさそうだ。
それなのに、どうしてじっと見つめているだけなのだろうか?
「あなた、何をしているの?」
「む……」
そんなことをしていると、クリスの母親が旦那の脇腹を肘でつつく。
そこでようやく声が漏れる。
それは雰囲気とぴったりな渋い声だった。
「せっかくクリスが帰ってきたのだからしっかりと挨拶をしなさいな」
「たしかにそうだが……」
「大の男が何をためらっているんですか?」
「だが、久しぶりに会ったせいで……」
奥さんの言葉にバランタイン伯爵は言葉を濁す。
おそらく彼は久しぶりに会ったクリスとどのように会話すればいいのかわからないのだろう。
まあ、それは仕方のない事なのかもしれない。
しかし、奥さんからすれば、それはよろしくなかったようだ。
「今回は孫も来ているんですよ? 少しは祖父としてしっかりとしたところを見せないと……」
「む……たしかにそうだな」
奥さんの言葉にバランタイン伯爵は納得する。
そして、一度大きく深呼吸し、軽く咳ばらいをした。
「ごほん……久しぶりだな、クリス」
「うん、久しぶり」
「お前が無事に帰ってきてくれて、私は嬉しいよ」
「お父様もお母様も元気そうで、私も嬉しいわ」
ようやく親子の再会の会話ができた。
うん、やはり親子はこういう風に仲良くないとな。
そして、二人が会話できたことを確認し、アレンがバランタイン伯爵に話しかける。
「バランタイン伯爵──いえ、お義父さん。今回はよろしく……」
「貴様に【お義父さん】と呼ばれる筋合いはないっ!」
しかし、アレンが言い切る前にバランタイン伯爵がいきなり憤怒の表情で叫んだ。
「「「「「ええっ!?」」」」」
いきなりの変わりようにその場にいたほとんどの人間──子供たちが驚愕の表情を浮かべた。
今回はもちろん俺も驚いてしまった。
なんせいきなりバランタイン伯爵が叫んだのだから、それも当然だろう。
「いや、なんで……」
「貴様は儂から大事な娘を奪ったんだ。恨まれていないとでも思ったか?」
「いや、いまさらそんなことを言われても……」
バランタイン伯爵の言葉にどうしたものかと悩むアレン。
そういえば、バランタイン伯爵は家族を大事にする人物だと聞いていたな。
そういう人物なら、娘を奪ったアレンに対して怒っていても仕方のないことかもしれない。
それがたとえ十数年前の話だったとしても……
「ここであったが百年目。今、その罪を償わせて……」
「やめなさい」
「(ガンッ)がふっ」
暴走しそうなバランタイン伯爵の後頭部を夫人が力任せに殴りつける。
あの体格差からどうやったらそんなことができるのかと思うほど、バランタイン伯爵の体がふらついていた。
しかも、音が痛そうだった。
「アレンさん、ごめんなさいね。主人は娘のことを溺愛しているから、アレンさんのことを見たらこうなってしまうのよ」
「大丈夫ですよ。こうなるのは何となくわかっていましたから」
謝罪する奥さんの言葉にアレンが大人の対応を見せる。
おお、これは珍しいな。
まさかアレンにこんな対応ができるとは……
こうして俺たちは祖父母と初めての邂逅した。
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