5-27 死んだ社畜は執事と話す
(ギイイイイッ)
俺たちが会話していると、勝手に門の扉が開いた。
門の向こうには一人の男性が立っていた。
年齢は大体50前後ぐらいだろうか、少し白髪が見え始めたぐらいの壮年の男性だった。
「カルヴァドス男爵家の皆様、お待ちしておりました」
門を開けた男性は俺たちに向かって頭を下げる。
おそらく彼はこの家の執事か何かなのだろう。
仕事で俺たちを迎えに来てくれたのだろう。
そんな彼にクリスが声をかける。
「……シグルド、久しぶりね。元気にしてた?」
「お久しぶりです、お嬢様。お嬢様も元気そうでよかったです」
「でも、白髪が増えたんじゃない? お父様は相変わらずなの?」
「いえいえ、これはもう歳だからですよ。旦那様からのストレスではないので、仕方のない事なんですよ」
クリスとシグルドと呼ばれた男性は楽し気に言葉を交わす。
おそらく長年の付き合いなのだろう、かなり親しげな雰囲気を感じる。
これほどまでクリスが言葉を発するところは珍しい。
普段は物静かな深窓の令嬢のような雰囲気なので、このように自分から話すことはほとんどない。
それほどまで親しいのだろう。
「シグルドさん、お久しぶりです」
「今回はお世話になります」
今度はアレンとエリザベスもシグルドさんに挨拶をする。
それに合わせて、残りの者たちも頭を下げる。
それを聞いたシグルドさんはこちらに視線を向けてきた。
「お久しぶりです、カルヴァドス男爵様。クリスお嬢様は大事にしていただけているようですね」
「それはもちろんですよ。彼女は私の大事な妻なのですから」
「ほほう……」
「なんですか?」
アレンの言葉にシグルドさんは少し驚いたような反応をする。
一体、どうしたんだろうか?
そんなことを思っていると、シグルドさんが言葉を続ける。
「いえいえ、結婚してもう10年以上も経っているのに、新婚と見紛うほど仲がよさそうだと思いまして……」
「当然でしょう? 私は妻を愛しているのですから……」
シグルドさんの言葉にアレンが自信満々に答える。
アレンの言葉は夫としては満点の答えだろう。
自分は妻のことを愛しており、それは時間が経っても色あせるものではない、と伝えているのだから……
しかし、それはあくまで一般的な夫婦関係の場合の満点だ。
それにアレンは当てはまらない。
「……アレン」
「リズっ!?」
「はははっ、アレン殿は相変わらず女性の扱いが甘いですね。クリス様の愛情を伝えるところはよかったですが、その場合はエリザベス様の方にもフォローを入れないといけないのですよ」
エリザベスにジト目で見られ、アレンは慌てた様子になる。
それを見て、シグルドさんが笑いをこらえてきれなかった。
あれ、こんな人だったのか?
優秀そうな執事さんだと思ったのだが、こういう一面もあったのか?
少し驚いてしまったが、意外と親しみやすい人なのかと感じた。
「シグルド、そろそろ案内して」
「はい、お嬢様」
そして、そんな二人の言い争いを無視して、クリスが指示を出す。
シグルドさんはそんな彼女の指示に即座に従い、屋敷に向かって歩き出した。
俺たちもそんな彼の後について行く。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「グレイン様」
「はい、なんですか?」
屋敷の廊下を歩いていると、シグルドさんが話しかけてくる。
一体、どうしたのだろうか?
「カルヴァドス男爵家ではクリスお嬢様はどのようにお過ごしですか?」
どうやら彼はクリスのことを聞きたいようだ。
まあ、滅多に会えないのだから、気になるのも仕方のない事なのかもしれない。
しかし、どうして俺にそんなことを聞くのだろうか?
聞かれたから答えるけど……
「読書や編み物をよくしていますね。あと、お菓子作りとかもしていて、クッキーがとてもおいしいですよ」
「おお、そうですか。カルヴァドス男爵家でも楽しそうにしているようで安心しました」
「え、これだけで?」
俺の言葉にシグルドがあっさりと納得するので、思わず驚いてしまう。
別にそこまで大したことも言っていないし、普段の彼女の姿について話しただけなのだ。
それなのに、どうして安心したのだろうか?
「すべてクリスお嬢様の趣味だからですよ。それを普段からしているということは、クリスお嬢様にとって過ごしやすい環境だということです」
「ああ、なるほど」
「アレン殿が酷い旦那だったら、クリスお嬢様にそのようなことをさせない場合もありますしね」
「たしかにそうですね」
シグルドさんの言葉に俺は納得した。
確かに彼の言うとおりだ。
昔のクリスを知るからこその反応だということだ。
そんな風に納得していると、シグルドさんはさらに言葉を続ける。
「それに、君の反応も参考にさせてもらったよ」
「僕の、ですか?」
シグルドさんの言葉に首を傾げる。
この言葉の意味がよく分からなかったからだ。
そんな俺の反応を見て、微笑を浮かべながらシグルドさんは説明する。
「君はクリスお嬢様のライバルであるエリザベス様の子供になります。世間一般の貴族の家で一夫多妻になっている場合は夫人同士の仲たがいがよくありますからね」
「まあ、そうですね」
「ですが、君はクリスお嬢様に対して何の含みもないようです。……いえ、むしろ仲が良いのでしょうね」
「それは家族ですから、当然ですよ」
俺ははっきりと答える。
確かに俺は彼女の実の子供ではないが、それでも家族であることには変わりない。
これぐらいは当然だと思うのだが……
「ふふふっ、その言葉を聞いて安心しましたよ。これからもクリスお嬢様のことをよろしくお願いしますね」
「はい、わかりました。でも、こういうのって父さんや母さんに言うものでは?」
シグルドさんに頼まれたのであっさりと答えてしまったが、本来ならばアレンとかエリザベスに言うことだと思ってしまった。
しかし、そんな俺の言葉にシグルドさんは苦笑しながら答える。
「お二人にはもう伝えていますから」
「あ、そうですか」
「あっ、着きましたよ」
俺たちが会話をしている間に、いつの間にか大きな扉の前についていた。
ここにおそらくバランタイン伯爵がいるのだろう。
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