5-20 死んだ社畜は説明する
「そういえば、グレイン君にまさかこんな弱点があるとは思わなかったわね。あんな非常識な力を持っているのに、ね?」
シリウス兄さんと話していると、イリアさんがふと思い出したようにそんなことを聞いてきた。
非常識とは心外な……
「僕にだって苦手なことはありますよ? というか、馬車が苦手な人ぐらい他にもいるんじゃないですか?」
「ええ、そうね。たしかに馬車酔いをする人がいることは否定しないわ。でも、グレイン君なら馬車酔いしないだろうと思っても仕方がない事じゃないかしら?」
「……」
「たしかにそうだよね。僕もまさかグレインが馬車酔いするとは思わなかったよ」
イリアさんの言葉に俺は黙り込んでしまったが、代わりにシリウスが俺をからかうようにそんなことを言ってくる。
自分は馬車酔いしないから優位に立っていると思っているのかもしれない。
だが、こちらにだって言い分がある。
「仕方がないだろ? あれだけ馬車が揺れるんだから、気持ち悪くなるのは当然だろう」
「まあ、たしかにそうね。その揺れのせいで体が痛くなるし、もう少し揺れが落ち着いて欲しいとは思うわね」
「でしょう? 誰だって、同じような感想を持っているはずですよ」
「否定はできないわね」
俺の言葉にイリアさんも納得してくれる。
彼女も酔いはしないが、同様のことを思っているのかもしれない。
彼女も公爵家の令嬢という立場から頻繁に馬車に乗る経験があるのだろう。
だからこそ、長距離の馬車の旅のせいで体が痛くなる辛さもわかっているのだろう。
俺の場合はそういう旅をほとんどしなかったせいで、今回でようやく自分が馬車酔いすることに気付いたわけだが……
「あはは……でも、無い物ねだりをしてもしかたがないんじゃないの? 馬車を揺れないようにしても道がデコボコなんだから、そんなに意味がないと思うし……」
「あぁ、整備出来たらな~。せっかくその技術があるのに……」
苦笑するシリウスの言葉に俺は思わず嘆くように呟く。
せっかく土魔法を使うことで道を整備することができるのが分かったのに、別の領地であるがゆえにその魔法が使えなくなった。
できるのにできないというジレンマに悲しくなってしまう。
「? それはどういうことかしら?」
そんな俺たちの会話を聞いていたイリアさんが気になったようで質問してきた。
別に隠すことでもないので、説明することにした。
「俺は土属性の魔法が使えますので、それで道を整地することができるんですよ」
「整地というと、このデコボコの道を平らにすることができるってこと?」
「ええ、もちろん。地面に埋まっている大きめの石を取り出したうえで、地面を固く平らにするんです。そうすれば、格段に馬車の揺れが小さくなります」
「えっ!? 本当に?」
俺の説明に信じがたいような目で見てくるイリアさん。
まあ、これは俺クラスでしかできないことだろうから、彼女のその反応は当然だと言える。
イリアさんは問うような視線をシリウスに向ける。
視線を向けられたシリウスは肩をすくませて答える。
「本当ですよ。僕も最初は信じられなかったけど、実際に見せられたら信じないわけにはいかなったですね」
「……じゃあ、見せてくれるかしら?」
シリウスの言葉を聞いたイリアさんだったが、まだ信じられないのか俺にそのように提案してきた。
アレンに禁止されているが、別に少しぐらいはかまわないかと思ったので俺は足に魔力を集めて一度軽く踏み込んだ。
(ボコボコッ)
俺の魔力が流れた地面から少し大きめの石が現れ、出てきた勢いのままに近くの草むらに放り出される。
そして、石を放り出した後の地面は穴の部分を覆うように──いや、デコボコな部分すらも覆うようにうごめく。
数秒後、地面は平らに整地されていた。
もちろん、俺の魔力によってコーティングされた状態で……
「うわぁ……」
地面が整地される様を見たイリアさんが気持ち悪いと言った表情を浮かべる。
まあ。うねうね動いている光景を見れば、女の子であれば仕方のない事なのかもしれない。
実際に前に見たことがあるはずのシリウスですらも、あまりいい表情はしていなかった。
使っている俺としてはあまり気にならないのだが……
「これが俺の整地用の魔法ですね。おそらくこんな芸当ができるのは他に魔王様ぐらいでしょうね?」
「エリザベス様やクリス様でもできないんですか?」
俺の説明を聞いたイリアさんがそんなことを聞いてきた。
たしかに、その疑問はもっともである。
あの二人は人間国の中でも有数の魔法使いと聞いている。
つまり、彼女たちであるならば、この魔法ぐらいは使えるのではないか──そう思うのも当然だろう。
だが、おそらく二人はこの魔法を使うことはできないだろう。
「二人の適性は【炎】と【氷】なので、おそらく難しいでしょう。土属性の魔法を使えなくはないでしょうが、初級──いえ、簡単な中級が限度だと思いますよ?」
「……なるほど。それでグレイン君はこの魔法をどれぐらい使えますか? あと、魔王様についても教えてください」
「? どうしてそんなことを?」
イリアさんの質問の意図が分からず、俺は首を傾げてしまう。
しかし、そんな俺の質問に真剣な表情をイリアさんは有無を言わさないようにさらに質問してきた。
「気になったからです。とりあえず、教えてくださいませんか?」
「まあ、別に構いませんが……」
俺はとりあえず、軽く頭の中で計算してみる。
俺が領地で走っている間に消耗した魔力と俺の全魔力──そして、ルシフェルの全魔力量を大体の数値で計算してみる。
そして、その結果をありのまま伝える。
「俺だけで大体馬車の移動距離2日分ぐらいでしょうか?」
「なっ!?」
「ちなみに魔王様は俺の倍以上は続けられると思いますよ。もちろん、一回分も俺の倍近くは整備できると思います」
「っ!?」
俺の説明にイリアさんは驚きの表情を浮かべるが、声が出なくなってしまっていた。
そんなに驚くことかと思ったが、確かに異常であることは後で気が付いた。
カルヴァドス男爵領にいたせいで感覚が麻痺していたが、おそらく普通の人の感覚からすれば異常だったのだろう。
少しは自重した方がよかったか?
まあ、言ってしまったのは仕方がないか。
「えっと……」
「グレイン君? それは本当なのかしら?」
「え、ええ……嘘はついていませんよ」
「なら、どうして今までそれをしなかったのですか? 整地をすれば、馬車に乗れるのかもしれないのに?」
イリアさんが睨み付けるような目でいろいろと聞いてくる。
顔をグイグイと近づけてくるので、少し緊張してしまう。
女性に近づかれるのはティリスやレヴィアのおかげで慣れたと思っていたが、二人とはまた違った雰囲気のイリアさんに近づかれるとドキドキしてしまう。
二人とは違う匂いがするが、これは香水だろうか?
公爵家だろうから、つけていてもおかしくはない。
俺自身はあまり香水の匂いが好きではないが、この匂いは嫌いではなかった。
決して主張が強すぎず、イリアさんを引き立てるような匂いは彼女にぴったりだと思った。
そんな感想が口に出る前に、俺は質問に答えることにした。
「勝手に他所の領地を整地するわけには行けないという話になったので、父さんに禁止されたんですよ。整地するにしても事前に通達をしないといけないでしょうし、そうなると時間がかかると思うので」
「……」
「よその領地にはよその領主の考えがあるでしょう? ですので、こちらから整地をしたいと言っても、嫌がられる可能性があると思ったんですよ」
「もったいないっ!」
「「へっ!?」」
俺の説明を聞いたイリアさんが急に叫んだ。
近くで叫ばれたので、俺とシリウスは思わず驚きの声を上げてしまう。
だが、そんな俺たちをほったらかしにして、イリアさんはその場から離れてしまった。
一体、どうしたのだろうか?
「イリア様はどうされたのでしょうか?」
「さあ?」
ちょうど近くに来たリュコも気になったのか、俺に質問してきたが、俺も同様にわからなかったので答えることができなかった。
しかし、悪いことは起きないのではないか、俺はそう思ってしまった。
そして、この日の宿泊先は予定地よりも先にある街──現在進んでいる領地の領主がいる街に行くことになった。
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