1-10 死んだ社畜は魔力の扱いがうまい (改訂版)
「うぅ……まだ痛い……」
「……大丈夫? とりあえず、冷やして」
「うん」
クリスが氷の入った袋を渡してきたので、俺はお腹に氷を当てる。
先ほど意識が戻ったときに服をめくって確認したのだが、青あざができていた。
これが前世だったら、確実にいじめか虐待を疑われるような怪我だった。
まあ、この世界にそういうのはなさそうだし、これをした当の本人は悪びれた様子もないし……
「はははっ、まさかグレインがあそこまで才能があるとは思わなかったぞ。俺も思わず反射的に反撃してしまった」
「だからといって、あそこまですることはなかったでしょっ!? 体に傷が残ったらどうするのよっ!」
「いや、青あざだったら残らないだろう。まあ、どんどん積み重ねていけば消えない傷にはなると思うが……」
「そう思っているんだったらやめてくれないかしら? たしかに訓練するに越したことはないけど、子供たちを傷つけるのはやりすぎよ」
「……」
エリザベスの正論にアレンは反論することができない。
完全にエリザベスの言うことの方が正しいからなので仕方のないことかもしれないが……
「グレインっ」
「アリス姉さん」
相変わらずな二人の会話を聞いていると、いきなりアリスが声をかけてきた。
その声はどこか嬉しそうだ。
何かあったのだろうか?
「さっきの何? まったくわからなかったんだけど?」
「さっきの?」
「うん。空中で動く方向が変わったの、どうやったの?」
「ああ、なるほど」
彼女の言葉にようやく何を聞きたいのかがわかった。
確かに普通に考えれば、俺はおかしな動きをしていただろう。
剣と魔法の世界だったら、あれぐらいの芸当をする人間なんてざらにいると思うけど……
まあ、聞かれたのであれば説明をするか。
「風魔法で体の動きを変化させただけだよ。同じ方向に向けたらスピードを上げられるし、別の方向に向けたら空中でも動くことができるんだ」
「へぇ……魔法でそんなことができるんだ。私にもできるかな?」
俺の話を聞いたアリスが興味を持ったのか、そんなことを言ってきた。
これは俺がチート並みの能力を持っているからできたことかもしれないが、それでも可能性がないわけではないと思う。
父親はあまり魔法には長けていないようだが、母親であるクリスやエリザベスは魔法を使うのが得意であるみたいだ。
そんな彼女たちの子供であるならば才能があると思われるし、彼女たちのもとで訓練をすればあれぐらいの芸当はできると思うが……
「アリス姉さんならでき……」
「……たぶん無理」
「「えっ!?」」
しかし、そんな彼女の気持ちを折るような言葉を告げる者がいた。
クリスだった。
彼女は感情の見えない表情ではっきりとそう告げてきた。
「どうしてよ、お母様。グレインにできるんだったら、姉の私にも……」
「グレインは魔力の扱いが上手。少なくとも5歳児どころか魔法の専門家ですら舌を巻くぐらいすごいの」
「そんなにすごいの? あんまり大きな魔力は出ていないように感じるけど……」
「大きな魔力があるからと言って優れているわけじゃない。少ない魔力でも凄い魔法使いはいっぱいいる」
「? どういうこと?」
クリスの説明にアリスは首を傾げる。
まだ7歳の彼女には難しい話だったのかもしれない。
だが、そんな彼女にクリスは理解できるように説明を続ける。
「たとえば、大きな魔力の人と小さな魔力の人が戦ったらどっちが勝つと思う?」
「そんなの大きな魔力の人じゃない。当たり前よ」
「その理屈だとアレンは私やエリザベスに負けるということになる」
「えっ……あ、たしかに」
クリスの言葉に一瞬驚いたような反応をしたが、すぐにアリスは納得する。
だが、彼女の言っていることは間違いではない。
正直なところ、この場で一番魔力の保有量が低いのは父親であるアレンなのだ。
アリスの理屈だと彼が一番弱いということになるわけだが、実際にそういうわけではないのだ。
「アレンがどうして強いかわかる?」
「えっ!? 鍛えているからじゃないの?」
アリスの反応は当然だろう。
アレンが強いのは訓練馬鹿であるがゆえに普段から日常的に体を鍛えているのも理由の一端だろう。
だが、それだけで魔法が使えるやつらに敵うわけがない。
鍛えるにしても限界があるのだから……
「アレンは自分の魔力を効率的に使うためにあることをしているの」
「あること?」
「自分の魔力を無駄に使わないために得意なことにすべての魔力を使っているの」
「へ? そんなこと?」
クリスの説明にアリスが再び驚きの声を漏らす。
まあ、驚くのも無理はない。
説明を聞く限りそこまで難しい事をやっているような感じがしないからだ。
しかし、実際はそんなに簡単な話ではないだろう。
「アレンは【身体強化】にすべての魔力を使っている。そのおかげで他の魔法を使う人たちと互角以上に渡り合えるほどの力を有しているの」
「お父様って意外とすごいのね? リズお母様によく怒られているから、ちょっと情けないと思っていたけど……」
酷い言われようである。
まあ、子供から見れば、あの夫婦関係だと母親の方が強いと感じるのは当然かもしれないが……
だが、今はそんな話はどうでもいいのだが……
「でも、アレンはあくまで【身体強化】で戦える範囲で強いだけなの。【身体強化】で戦えない、遠距離からの攻撃には極端に弱いの」
「あっ!? そういうことか」
ようやくアリスも理解できたようだ。
アレンが強いのは【身体強化】に特化することで他の部分を補うことができているためである。
だが、それでも補えない部分、特に遠距離攻撃に対しては無防備になってしまう。
これは特化型の弱点と言えるだろう。
少ない魔力がゆえに特化型にならざるを得ないわけだが、そのせいで弱点も露骨に出てきてしまうわけだ。
「とりあえず、グレインの魔力の扱いはおそらく将来そのレベルになると思う」
「じゃあ、どうして私にはできないの?」
「アリスにはその才能がないから」
「っ!?」
はっきりと告げられた言葉にアリスが悲しげな表情を浮かべる。
実の母親に否定されたのだから、そういう反応になっても仕方がないが……
しかし、別にクリスも否定をするだけではない。
「アリスは魔力の細かい操作の才能はないかもしれないけど、魔力保有量はかなりのものがある。質より量で勝負することができるわ」
「じゃあ、私はそういう方面で鍛えていけばいいのね」
「ええ、そういうことよ」
アリスの言葉にクリスが頷く。
まあ、言っていることは間違いないのかもしれないが、少し強引ではないだろうか?
アリスが納得しているんだったら、それでいいけど……
「うん、わかった。そういう訓練をしていくわ」
「頑張りなさい。私たちの娘ならできるはずよ」
「うん」
クリスの言葉にアリスが嬉しそうに頷く。
うん、親子っていいなと思う光景である。
そんなことを思っていると、
「……」
(ん?)
不意に視線を感じた。
その方向を見ると、屋敷の窓からこちらを見ている人物がいた。
シリウスだった。
彼は無表情ではあるが、どこか悲しげな眼でこちらを見ていた。
「一体どうしたのだろうか」、そう思ったのだが、彼はすぐに興味を失ったように視線を逸らした。
そんな彼の様子がとても気になってしまった。




