1-9 死んだ社畜は父親と訓練する (改訂版)
「さあ、どこからでもかかってきなさい」
「はぁ……」
両手を広げて笑顔を浮かべるアレンの言葉に俺は大きくため息をつく。
現在、俺たちは屋敷の庭で向かい合っている。
距離的には5メートルほどだろうか、子供の足でも接近するのに1秒もかからない。
そんな距離感で俺たちは木剣を持って向かい合っているのだ。
別に親子喧嘩をしているわけではない。
むしろアレンの方はこれからすることを楽しんでいる節があるからだ。
もちろん、俺の方はその逆の感情ではあるが……
「お前が成長するのを二ヵ月も待っていたんだぞ、グレイン。だから早く俺にその力を見せてくれ」
「いや……4歳児にそんなに期待しないでよ」
アレンの言葉に俺はげんなりしてしまう。
自分の息子に何をそんなに期待しているのだろうか?
ちなみに、なぜこんな状況になっているのかを説明しよう。
リュコの魔法が暴発したあの一件から俺が天才であるという認識になった。
その一件から俺は母親であるエリザベスから読み書きやら魔法の使い方などを習い、半年ほどでどちらも大人顔負けのレベルになっていた。
といっても、魔法に関しては中級魔法までしか使うことは許されていない。
それ以上のものを使うことはできるのだが、一発が周囲に多大な影響を及ぼすということで使うのを避けていたのだ。
だが、そんな状況に文句を言う人間が現れた。
それが父親であるアレンだった。
『お前たちだけグレインと楽しんでずるいぞ。俺だって、グレインと一緒に訓練したいんだ』
エリザベスたちが俺にいろいろと教えている姿を見て、羨ましくなったようだ。
そして、これだけ天才なんだったら戦闘の訓練だってできるはずだと言ってきたわけだ。
まあ、俺には全武器適性(大)があるおかげでたしかに戦闘の才能も有している。
しかし、その当時はまだ4歳になったばかりである子供の体──たとえ手加減してくれたとしても、到底耐えられるわけがないのだ。
そう思ったエリザベスがアレンに説教をする。
『確かにグレインは天才だと思うけど、まだ訓練なんてできるわけないでしょ? しかも、貴方は手加減とか苦手じゃない』
『うっ!?』
そもそも手加減すらできなかったようだ。
まあ、戦うときは常に身体強化を全開に使っている人だから、手加減するのは苦手なのかもしれないが……
まあ、そのおかげで訓練をしなくてもよく……
『……でも、グレインならそれぐらいはできるかもしれないわね。だったら、怪我が完治するまでは待ちなさい。それからならば、許可をしてあげるわ』
『えっ!?』
『まあ、それもそうだな……』
『へっ!?』
エリザベスの言葉に真逆の反応をする俺とアレン。
ちなみにその時の俺の表情はまるで信じている人に裏切られたときの表情だったと思う。
いや、なんで怪我が完治したらOKが出るんだよ。
だが、シリウスやアリスが訓練を始めているのであれば、おかしくはないのかもしれないが……
といっても、彼女の方も条件を追加していく。
『とりあえず、その間に貴方も手加減を覚えなさい。できないようだったら、訓練はさせませんからね』
『……はい』
妻に課題を言いつけられ、肩を落とす夫。
完全に権力が女性の方が上の家庭だな。
まあ、彼女も一応俺のことを考えてくれていたようだ。
といっても、考えてくれているのだったら普通の4歳児基準で考えてほしかったが……
そんな感じで4歳になった俺はアレンとの訓練をすることになったわけだ。
どうやらアレンも俺と訓練することを楽しみにしたようで、しっかりと手加減を覚えてきたようだ。
どんな訓練をしてきたかはわからないが、とりあえず訓練している間は周囲の木々がなぎ倒され、大きな岩が砕かれていた。
あれは果たして手加減の練習だったのだろうか?
まあ、エリザベスが許可を出しているということは手加減はできるようになったと考えていいと思うけど……
「どうした? かかってこないなら、こっちから行くぞ?」
「わかったよ。じゃあ、いくよ」
「どんとこい」
俺の言葉にアレンは自信満々に胸を叩く。
流石にアレンからの攻撃を受けるのは、4歳児の体では怖い。たとえ、相手が手加減をしていても、だ。
攻撃をできるだけされないためには、こちらから攻める方が良いのだ。
こっちが攻撃を仕掛ければ、アレンも受けてくれるだろうし……
俺は膝を軽く曲げ、足に力を入れる。
そして、一気にその場から駆け出した。
「はあっ」
(ガッ)
「ほう、すごいな」
俺の突きを木剣であっさりと受けたアレンが少し驚いたような──だけど、嬉しそうな表情を浮かべる。
自分の息子の成長を感じることができたのが嬉しかったのだろう。
だが、これだけが俺の成長だと思わないで欲しい。
(ガッ)
「ん?」
自分の木剣を掴まれたことにアレンが少し怪訝そうな表情を浮かべる。
命のやり取りをする戦場ならば掴んでいる部分は本物の刀身なので今のようなことはできないが、現在掴んでいるのは木剣──手が切れる心配はない。
俺はその木剣を軸に逆上がりの要領で体を回転させる。
といっても、4歳児の筋力では難しいので、風属性の魔法で回転を補助しているが……
「やあっ」
(ブウンッ……チッ)
「むっ!?」
俺の蹴りがアレンの顎を掠める。
といっても、薄皮一枚切っただけだ。
これでは脳を揺らして脳震盪を起こすこともできない。
攻撃を回避したアレンは木剣を振るって俺を弾き飛ばす。
数メートルほど吹き飛ばされた俺は風魔法を使って緩やかに着地する。
おそらくアレンもこれぐらいなら俺は何ともないことが分かったので弾き飛ばしたのだろう。
普通の4歳児──いや、新人冒険者ですらこんな芸当は難しいのではないだろうか?
俺の場合は魔法があるから軽々しているように見えるが、実際に魔力の調整が難しかったりする。
うまいこと威力を調整することによりバランスをとって着地しているのだ。
「やるじゃないか。まさかグレインがここまでできるとは思わなかったよ」
「まあ、魔法がないとこんなことはできないけどね」
「魔法も含めてそれがお前の力だ。魔法を使ってできるなら、それはお前の技術だ」
俺の言葉にアレンがそんなことを言ってくる。
てっきり戦闘の訓練で魔法を使うことは卑怯だと言ってくるかと思ったが、どうやらこの世界での戦闘は魔法を込みで考えられているらしい。
まあ、実際の戦闘で相手が魔法を使ってきたとして、卑怯だなんて言う方がおかしいだろうしな。
そこまで言ってくれるのなら、今の俺の全力をぶつけるとしよう。
流石に全力で戦わないのは、楽しみにしてくれた人間に失礼だからな。
俺は再び足に力を入れ、その場から駆け出す。
しかも、今度は風魔法による補助付きだ。
「スピードが上がったか」
俺の変化に気付き、嬉しそうにするアレン。
だが、スピードが上がるだけじゃないぞ。
俺は力いっぱい地面を蹴り、アレンに向かって跳躍する。
アレンの顔に向かって勢いよく突っ込んでいる形だ。
「そんな見え見えの攻撃なら簡単に止められ……」
「真正面からいくわけないよ」
「なに?」
俺の言葉にアレンが少し戸惑う。
俺だって流石にそこまで馬鹿ではない。いくらスピードを出しても真正面から行けば止められることぐらいはわかっていた。
(ブワッ、バッ)
「はっ」
俺は風魔法で軌道を変え、頭を超えるようにしてアレンの背後に回る。
そして、地面に着地した瞬間に背後から勢いよく突きを放つ。
だが……
「いい狙いだ。俺じゃなかったら、やられていたんじゃないか?」
「なっ!?」
不意を突いたと思ったのに、すでにアレンは俺の方に向き直っていた。
完全に裏をかいたと思ったのに、なんて反応速度だ。
そして、攻撃を中断して防御しようとしたが……
「フンッ」
(バキッ)
「がっ!?」
アレンが木剣を振り抜き、防御の上から俺は殴られた。
あまりの衝撃に俺は肺から息を吐き出してしまう。
防御は間に合ったはずなのに、まさかここまでの衝撃が来るとは思わなかった。
というか、手加減できてないだろ、これ。
(ドサッ)
心の中でアレンに対する文句を言いながら、俺は意識を失って倒れてしまった。
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