夢への距離
漫画も文章も経験値が必要だと思っている。
弟には悪いが、文書の練習の題材になってもらった。
自分だけの何かがあると信じていた。
歳を取るたびにそんなもんはないともう1人の自分が笑っている。
10歳のころの僕は、どんなものにもなれると信じていた。
歌手にも、山手線の運転手にも、漫画家にも、どんな自分にもなれると想像していた。
けれども、理想とは近くにあるようで実は遠い場所にある。
現実を知らなければ、手を伸ばせば届くかもしれないと思う。
他の誰かができることを僕ができないわけがないとそんな自身ばかりあった。
僕が目指したのは漫画家だった。
幼い頃から自作の漫画を描いて、兄とブロックでアジトを作り、怪獣のフィギュアに会話をさせて笑っていた。
下品なことに素直に笑えて、父親に煩い今何時だと思ってる?と怒られた。
今覚えば、あの頃が一番お話を作っていた。
ネズミとスナネズミのモンスターが悪巧みをして、最後悲惨な目にあいながらも、明日を生きるコメディだった。
彼らは主人公であり、悪役だった。
女の子なんていない世界に僕らは生きていた無垢の時間だ。
小さい頃は横暴な兄とそんなおままごとに近い遊びを毎日、毎日していた。
いつ頃だったか、わからない。
僕らの興味が漫画、ゲームになっていたのは
新しい世界との邂逅だった。
世界が広がったようだった。
お絵かきのバリエーションも増え、ロボットのゲームや、モンスターを育てるゲームを夢中になってやった。
両親に一時間だけと言われても毎日のように駄々をこねた。
そんな日々だった。
お話作りから離れて僕は、漫画家になりたいと思うようになった。
絵を描くのが好きで、漫画も好きという理由からだ。
毎日のようにイラストを書き、兄から上手いじゃんと言われた。兄も、絵を描いていたがいつ頃か、めっきりと描かなくなった。
「お前の方が上手いからお前に任せるよ」
と気取った感じでいつも兄は言うけど、その言い方は嫌いじゃなかった。
小学校の頃、僕の描いたイラストが雑誌に載った。
とても嬉しかった。
兄は副賞でもらったゲーム機をとても喜んでいた。
それからも、描き続けた。
けれども、今ではどんな気持ちで、絵を描いていたのかが思い出せない。
高校の頃、一度だけ、作品を投稿したことがある。自分では良いと思っていたけれども、かすりさえしなかった。
プライドがズタズタだった。
俺を認めない社会に憤りを感じた。
その頃から、人と話すのが苦手になった。しきりに手が震える。
誰も俺を認めてくれない。
なぜだ、くそ、
ある日、兄が一つの物語をネームにして、絵を描いてくれと言われた。
正直、微妙な作品だった。
賞金稼ぎの女の子と青年のバディが悪党を捕まえるという、ありきたりな話だった。
経験になるからやってみろよと兄貴はいうけど、趣味じゃないからやりたくはなかった。
結果的にネームはできたけど、清書はできなかった。
「なんでできねぇんだよ?ネームできるんだったら清書なんぞ楽だろ!」
主人公のデザインを気に入っていた兄貴は激怒した。
けど、僕は自分が描く物がなんかやだった。僕が描く価値がないように思えた。
また、兄に支配されているということが許せなかった。
結局、兄は怒鳴り散らして、ゴミ箱を蹴飛ばしてでていった。
商売ごとが好きな兄の安易な考えは現実を見てない感がハンパない。
あれから、時がたつのも早く、5年が過ぎていた。
僕は美大に落ちて、東京郊外の大学に通っていた。
特撮とアニメとB級映画だけが僕の心を癒してくれた。
資格が欲しい、両親が先生だからという理由で教員免許のための授業も受けた。
僕はガキは嫌いだ。煩いし、やかましい。
けど、資格はあった方がいいからという理由で授業を受けた。
結局単位を落とし、免許申請はできなかった。
両親に、お金を出してもらった手前、言いづらかったが、白状して、卒業後、履修生として、大学に通った。
けれども、身に入らなかった。
夜遅くまで特撮を見て、自分の中で批評する時間だけが僕でいられた。
最終的に僕は単位を落とした。
母は諦めた顔をしていた。
父は何が何でも取れ!と言った。
僕は教師になんてなりたくない。
教師の勉強も、やりたくない。
本心はそうでも、お金を出してもらう建前、ありがとうと言った。
就活は四月からすると言った。
環境に関する仕事が稼げるからさらにつくと言うと兄は馬鹿にした顔をする。
漫画はどうなったんだ?
確かに、昔はあった。けど今は働きたくない、怒られたくないという欲が強い。
就職なんてもってのほかだ。
けれど、漫画で一発当てれば親は何も言わなくなるかもしれない。
そう思うと強く漫画という好きな物が輝いて見えた。
あれから二ヶ月たった。
気になっていた特撮を全部見た。
誇らしげな気分だ。自分を褒めてやりたい。
兄に、マーケティングやら、知名度やら、顧客のなんたらと説教された。
偉そうに話しやがって、面白ければいいんだろ。厨二病掻き立てる作品で中学生の心鷲掴みにしてやるからさ。
兄は僕の考えを否定した。
知名度もない奴が自分の好きな物描いて売れるわけがない。ゴッホを目指すんなら何にも言わない。漫画家は社長になることだ。
社長になる覚悟無いのか?
急に難しいことを言われてもわかんない。
社長?漫画家は漫画家だろ。なんで社長なんだよ。
無駄なプライドは自分を滅ぼすよ。
兄はそういってでて言った。
なんだよ、俺だって描いてるよ。
そりゃ一気に特撮見てたから伝わってないけど、俺だってやってるよ。
なんで、わかってくれない。
兄と話す度に一日が最悪な気分になった。
いじけてるように見えたのか、兄は僕を殴った。
むかついたらしい。暴力は嫌いだ。と言ったら鼻で笑われた。
それから、無為に時間ばかり過ぎていった。
兄のいう通り、プライドが邪魔して何もかけやしない。
なりたいとは思うけれども、迷走する。
何が面白いのか今ではわからない。
人の作品を見ても粗ばかり探してしまう。
なんなんだよ、漫画家って。
けれども、僕は認めることができない。
僕に何もないはずなんてないんだから。
弟よ、幸あれ
コズミックホラーは売れんぞ。