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作者: 青いきのこ

君が二人の部屋からいなくなった。

何も言わずにいなくなった。

いつもの朝が、当たり前に来ると思っていた。

もう君は、私の隣にはいなかった。

理由は分かってる。

きっと、あの子のところへ行ったのね。





君はいつでも優しい。わがままを言う私を、何も言わずに優しく抱きしめてくれる。無愛想で不器用な君だけど、私のことをよく理解してくれている。私が言うこと、やること、全てを受け入れてくれる。時には、君の優しさが私を困らせたり、怒らせたりもする。でも私は、君と一緒にいれればそれだけでよかった。だから、いつでも君のそばにいた。ずっとずっと、君のそばにいた。これから先もずっと、君の優しさに触れていたいから、手放したくないから。





最近君は帰りが遅い。けど君があまりにも綺麗な花をくれるから理由は聞かなかった。ただ、花を持って帰ってくる君が愛おしくて「おかえり」って、いつもより強く抱きしめた。なのに君は「ただいま」って、いつも以上に優しく私を抱きしめた。その声はどこか切なく聞こえた。けれど、変わりない優しい君の寝顔を見て気のせいだと思い込んだ。だって私はその時、まだ何も知らなかったから。君の帰りが遅い理由も、花をくれるようになった理由も。優しさと笑顔が邪魔して、花に隠れた本当の君を見つけることが出来なかった。





花屋で働くあの子はふわふわしていた。桜色のエプロンに白いワンピース。緩く巻かれた茶色いロングヘアーは、あの子にとても似合っていた。そして花に語りかける姿は、優しくてまるで花のようで今にもどこかへ行ってしまいそうだった。思い出したのは、あの時君がくれた花。あの子が語りかけていたのは、君がくれたあの花だった。


君がいなくなった理由。君はあの子のところへ行ったのね。


特別に可愛いというわけでもない。けれど、あの子はいつも笑っていた。必死に、哀しげに、切なく。君は優しいから、そんなあの子を守ってあげたくなったんだ。私よりも、そばにいてあげたいと思ったんだ。





君がいなくなったこの部屋の冷蔵庫。余り物を片付ける気力もない。ふと目に入った君と笑いあう思い出の写真たち。零れそうになる涙を堪え、考えるのは君のこと。二人で寝た小さな布団の上。私はあれから何もする気になれないでいた。無意味な朝と夜を繰り返す。君がくれた花、私をうつすように日に日に元気をなくしていった。


いつでも、どんな時でも、私は君のそばにいたのに。君なら、ずっと私のそばにいてくれると思っていたのに。


君は、いつでもそばにいるような女より、いつかどこかへ行ってしまうような、そんな女がいいのね。あの子のような、花のような女がいいのね。そして君は、いつかどこかへ行ってしまうような男。そんな君を、いつでもそばにいるような男だと勘違いしていた私。

やっと分かった。

そうやって優しさに埋もれているだけの愛は、いつか枯れてしまうこと。

あの子の笑顔が、それを教えてくれている気がした。





あれから私はよく、あの花屋の前を通るようになった。君がいないか、って少し期待していたけど、君の姿を見たことは一度もなかった。


そんなある日、いつものように花屋の前を通った。しかしあの子はいなかった。次の日も、そのまた次の日も、あの子の姿は見当たらなかった。花屋のシャッターは降ろされ、それ以来開くことはなかった。けれどいくつかの花は、いつもの場所にいつものように虚しく置かれていた。その中には君がくれたあの花もあった。あの子はどこへ行ったのだろう。しばらくして、虚しく置かれていた花達も枯れ果て、花屋の通りは活気をなくしていった。



あの子がいなくなって、花も全部枯れちゃって。

君の恋も全部、枯れてしまえばいいのに。

けど、だからといって君が私の元へ帰ってくるかといえばそうでもない。



そう思っていた。





目を覚ました私の目の前には、君が立っていた。君は私を思いっきり抱きしめた。あの優しい君が、強く。そして、「ごめん」と声を震わせ呟いた。私は嬉しかった。君がいなくなったあの日から、止まっていた私の中の時間が一気に動き始めた気がした。しかし次の瞬間、君は思わぬ言葉を放った。



「花屋のあの子がいなくなったんだ」





やっぱり君は、いつでもそばにいるような女より、いつかどこかへ行ってしまうような、そんな女が良かったのね。何も言わずにどこかへ行ってしまうような、そんな身勝手な女が。あの子はもうきっと、君の元には帰らないよ。私をほっぽいて君が追いかけたあの子は、もう花咲く季節を終えたんだ。

だからねぇ、

どうか私の元へ帰ってきて。また私を優しく抱きしめて、もうどこにも行かないと約束して。花のように枯れたりしないから。






君の幸せを願うより、自分の幸せを願う私。

自分の幸せより、あの子の幸せを願う君。





あの時君がくれたあの花は、麻の花といった。

花言葉は「運命」。

それは、君と出会ったあの時からこうなる運命だったのだと、窓辺の花瓶からのぞくあの花が切なく語りかけてくるようだった。





(了)


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