女の悋気は恐ろしや 中節
「アンタに話があるのよ。蛇名」
「そう...どうぞ」
そう言うと蛇名は、面倒くさいとでも言いた気に欠伸をした。片手に持っていた閉ざされた本を机に置き、私に軽蔑するような目を向けた。いつ見ても、本当に憎たらしい顔。
「そういえば、口調変わったね。やっぱり、環境の変化もあるからかな」
「...こっちが素」
「ふーん...で、何?」
まるで「興味ありません」という意思表示なのか、彼奴は首をかしげた。
「アンタ、みんなと一緒に訓練参加しなさいよ」
「...何で?」
「何で、って...この私が泥かぶって訓練してやってんのに、アンタだけのうのうと本読んでんのが許せないのよっ!」
「...じゃあ、河合夏さんも本読めば良いんじゃない?」
「そ、そんなこと...したら!」
そんな此奴みたいに訓練サボってたら、私のノリくんに合わせる顔がないわ。此奴は生まれながらの才色兼備。それは私でも認めるわ。でもね、今の世界だったら蛇名が良いのは”顔”だけ。それだけなのよ。
「したら?」
「...兎も角! 訓練きなさいよ!」
「何で? 私たちが戦う必要なんてないのに。何で君は戦うの? 何で君は強くなろうとするの? 君は帰りたくないの?」
「帰る? この世界は! 私の本当の力が発揮できる。弱肉強食な『サイトリール』が、私には一番似合うのよ」
「逆もいる。合わない人もいる」
蛇名は立ち上がり、私の方へゆっくり歩いてきた。彼奴が近づく度に、私は後ろに下がった。しかし突然早足になり、私の目の前には蛇名の右指が突きつけられていた。あともう少しで目に入る、ギリギリでその指は止められていた。
腕は伸ばされているのに、蛇名には微塵の揺れも見えなかった。対して私は、恐怖に打ち抜かれていた。蛇名の顔は、酷く怒っているようにも見えた。笑みが一つも見えない、無表情だった。
「あっ...っ...」
「ハッキリ言っても良いよね」
「ヒッ...」
蛇名はフッと笑い、こちらに向けていた指を下ろした。何を言うのかとビクビクしていると、彼奴は本棚の中から一つ本を取り出した。
それは童話だった。題名は「世界一醜い王女」。随分と唆られない題名だった。表紙の絵は廃れていて、黒色のふんわりとしたドレスを着た可愛らしい少女が描かれていた。何処か醜いと言うのだろう。
「『世界一醜い王女様』 作 ソルファーン・コウダ
サイトリールに存在する人大陸には、たくさんの豊かな国がありました。そして、その豊かな国の一つには、それはそれは美しい王女様がいました。
王女様は、天使のように愛らしい顔立ちと、女神のように神々しい金髪を持っていました。王女様の元には毎日、様々な国の王子が訪れます。国の者は皆、美しい王女様に仕えようと、会う事ができるようにと、毎日必死に働きました。
ある日、王女様が言いました。
『使用人、私のデザートは何処かしら?』
すると使用人は青ざめ、慌てて言いました。
『申し訳ありません! 今持ってきます』
『フン...アンタ、不細工な顔で今まで随分苦労してきたようだけど...そんな間抜けじゃ、もし仮に美人だったとしてもパン一欠片も食べれないわね』
使用人は謝りながら、何度も何度も頭を下げます。しかし、使用人は決して不細工ではないのです。王女様と比べると劣りはしますが、彼女はとても綺麗な顔立ちをしていました。
王女様はそんな必死に謝る使用人の頭を、高いヒールで蹴り、あざ笑いました。
『ブスがそんなに頭下げても、この美しい私の足元にも及ばないわ。さっさと私の城から出て行ってよ』
『申し訳ございませんでした!』
王女様はとても美しいです。しかし、とてもワガママでとても意地悪。城に仕える人間しか彼女の本性は知りませんが、知っている者は皆王女様の事を嫌っていました。
そんな自己中心的な王女様も、ある日恋をしました。
それは、隣の国の王子様でした。王子様はとても凛々しい顔立ちをしていて、王女様は一目で恋に堕ちました。その王子様は王女様に求婚など一度もありませんでした。その理由はと言えば、王子様には最愛の人がいたからです。しかしその人は王女ではなく、女王ではなく、ましてや貴族などでもなく...普通の女の子でした。
彼女は、とても心優しい女の子でした。容姿が特に良いわけでもなく、特殊な能力があるわけでもない平凡な女の子でしたが、王子様はその子の優しさに触れて、恋に堕ちました。その女の子もまた、同じ気持ちでした。
しかしながら、王女様はそれが我慢なりません。何故自分よりも下の人間が王子様の心を射止めるのか、何故目立った能力もない平凡な女の子が自分よりも上なのだろう...。
そんな嫉妬と羨望に駆られて、王女様はとんでもない事をしでかしました。その女の子を、牢に捕らえてしまったのです。嘘の罪をでっち上げて、王子様から女の子を引き離してしまったのです。
王子様は、必死に王女様に女の子を解放するように頼みましたが、王女様はそれを聞き入れる様子はありませんでした。しかし、王女様は一つの条件を提示しました。
『私と結婚しなさい。結婚したら、あの子を放してあげてもよくってよ』
王子様は勿論その条件を飲みました。結婚式は盛大に行われ、国民にも祝福されました。そして、一ヶ月の月日が経ちました。まだ女の子は解放されません。王子様は王女様に訴えました。
『何故釈放してくれないのですか!』
『さぁ?』
王女様は全くもって聞き入れてくれません。その様子を見ていた使用人達は、王子様が暇になった時彼に言いました。
『王子様、貴方の最愛の人は、まだ牢に囚われています。私達は、貴方に協力いたします。あの王女様のワガママにはもうウンザリです』
『分かった。協力してくれ』
王子様は城の使用人達に協力してもらい、地下牢へ行きました。そこには、ボロボロの服を着た女の子が横たわっていました。そう、彼女こそが王子様の最愛の人なのです。王子様は女の子を抱き上げ、城から逃げ出しました。
そして、王子様は女の子を抱えて自分の国へ戻りました。王子様は王女様の愚行を公にし、国から永久追放させました。国の人たちはあの美しい王女様が、本当は悪魔より醜い王女様だという事にショックを受けましたが、事実は揺るぎません。甘んじて受け止めていました。
その後、王子様は女の子と結婚して、永久に幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし』」




