少し前の王城
お母さんの誕生日なのに...何も準備してなかった...!! マズい...
「いない...何故、だ!」
ラリィ国第一王子シューベルト・サタル・ラリィ。彼は、空っぽとなり荒れた地下室を前にただ呆然を立っていた。怒りで体が震え、悲しみと絶望で涙が溢れて来る。
ベッドには、リンの姿がない。部屋中の何処を探しても、あの愛しい人を見つけ出す事は出来なかった。
逃げられるはずがないーー。古代より「ラリィ国」で受け継がれて来た「魔封」の首輪。代々王子が、最愛の女性を拘束するために使われて来たという。そしてその歴史の中で一度も、その女性が逃げる事は出来なかった。
結局の所、キチンと幸せになったわけだし、元々女性等も王子の事を好いていたわけだが、リンの場合はそうでなかった。
彼女は異性を異性としてはあまり見ようとしなかった。何処がタイプなのかも一切不明。ただ、運命的な出会いに弱いとか彼女と親しい友人は言っていた。
「あの衛兵! ディノアは何処だ!!」
王子はドタバタと部屋から出ると、地下室の両脇を守っている衛兵二人を怒鳴った。すると、彼らはビクッと震え、王子の威圧感に圧されながら、武器を床に落として答えた。
彼ら衛兵達は、さっきまで眠りに落ちていた。魔法の所為か、それとも睡魔に負けたのか。明らかに前者で間違いはなかった。
部屋の前以外にも、廊下や階段にもたくさんの兵達が居たのだが、何れも眠りに落ちていた。
「わ、我々は存じ上げません! クロノ殿は、昨日王子が出られたすぐ後に入られて、それから出て来ませんでした」
「お前等を眠らせたのは...ディノアか! まさか...リンを...!」
王子の頭には、最悪のケースが過った。クロノ・ディノアがーーリンを誘拐した。そういうケースが。考えるだけで寒気がした。リンは、他の男になんか絶対に渡さない。
衛兵を男にしたのは間違いだった。女騎士は、勇者の女の方について色々と教えていて、元々少ないため女の人手はなかった。こうなったら、無理矢理にでも男衛兵の代わりに見張りにつかせるべきだったーー
「クッ、すぐに手配しろ! リン...俺が席を外したばかりに...母上...」
彼は、心臓の前にギュッと握りしめた拳を置いた。脳裏には、リンの笑顔、声、そしてーー涙。
母親がもう僅かだと聞いて、彼は地下室から出て、状態を見に伺った。王子の母親は元々不治の病にかかっていて、同盟国である「ヨミエ国」の優秀な癒師達に診せさせていたため、その国にいた。
そのため、移動に時間がかかり、一日もかかってしまったのだ。
悲しい事に、彼の母親は、彼が到着して一時間後に息を引き取った。泣きたいけども、自分は一国の王子であり、次の国王となる存在。
くよくよしていられなかった。そして、唯一の癒しであるリンの元へーーだが、彼女は居なかった。
大切なものを二つも失った。一つは母親、一つはリンだ。何方も同じくらい愛していた。悲しみが倍となり、心の痛みも倍になった。
何故こうも不運なのだろうかーーそう、あの衛兵の所為だ。
「お、王子...その...」
「すぐにリンとその衛兵を探せ。まだ...そこまで遠くには行ってない、はずだ」
その自身は皆無に等しかった。だが、部下の前で自分が弱気になるわけにもいかない。王子は何時も通り断定した。否、そう信じたかっただけだった。
**
若干だが、インクの匂いでツンと漂う執務室。王子は、イライラと貧乏揺すりをしながらある人物達を待っていた。
この執務室は、元々彼の父親ーーである国王ーーが使っていたものだったが、「お前もそろそろ、立派な場所で仕事・勉強をすると良い」と言って、ついこの間部屋をくれた。
長年使って来たためか、インクの匂いが漂っていたので消そうとした。だが、初めて部屋を訪ねたリンが、好きな匂いだと言っていたのでそのままにしていた。
どうやら、鼻にツンとくる匂いが好きらしい。変わった趣味をしているとは思ったが、リンだからかそれは素晴らしく感じられた。
何故か、今では王子もこの匂いが好きになっていた。
だが、現在は匂いが好きとか嫌いとか、そういう日常的な雰囲気ではなく、もっと張りつめた空気が漂っていた。
途端に木製のドアがノックされる。すぐに返事をすると、客人を中に入れた。
その人物は、 学級委員である徳永則道と、現在クラスの状況を把握していると見られる、千里眼の持ち主の川上瀬名だった。
「遅い。何をやっていた」
「身体検査やら何やらで、忙しかったもので」
則道は冷淡に答える。王子はそれを受け流し、質問をした。
「リンが...また逃げた。だが、今回は連れ去られたと見られる。リンならば何があろうとも逃げられると俺は信じているが...もしあいつが逃げられた場合は、どうするか分かるか?」
「...わ、分かりません」
瀬名は緊張し、強張った顔つきで答えた。彼は知っている。リンの口から直接聞いた。実はリンがバラ園に行った後、追けてみたのだったが、その時バレてしまい、色々話をしながら帰ったのだった。その際、リンの口から漏れた言葉「私は魔王に会いにいくんだ。これ、内緒だよ?」。これは、学級委員の則道にも離していたらしい。
勿論、絶対に口外禁止という事を言っておいて。
瀬名は、則道も絶対に言わないと、そう思っていた。だがーー
「魔王に、会いにいくと言っていました」
「え...?」
「彼女は前、魔王に会いにいくため『魔大陸』に渡ると。そう言っていました」
則道の目は心無しか、鈍く光っているような感じがした。すると、王子は立ち上がり、
「そうか。なら話は早い」
と不機嫌そうに告げた。
「俺も、お前等と一緒に旅に出る」
「え...えぇ?!」
「当たり前だろう。最終目的地は魔王城なのだろう。それはリンと一緒だ。あいつが今何処にいるのかは不明だが、俺も一緒に行く」
「ですが...」
「反論は禁ずる。勿論、リンを見つけ出したら外れる。良いな」
「はい...」
王子の威圧感と睨みに圧され、則道はついつい返事をしてしまった。もう既に、目の濁りは消え失せていた。
「リン、逃げるなよ...」




