オタクの悩み 後篇
「ならーー蛇名さん」
「ん? 何かな」
瀬名は表情を整えて、リンを目を真っ直ぐ見た。途端に、関係のない少し露出された彼女の胸に、目が行ってしまう。
体温がまた上がって来た。何でこんな服着てるんだよ! 煽ってるのか? そうなのか?!
「ちょーーどうしたの?」
「その服...どうした?」
「え、シューベルト王子に貰った。ちょっと肌寒いんだけどねー。可愛いから良いけど」
シューベルト王子は、何時もリンの側にいて、近々プロポーズするんじゃないかという噂も出ているくらいだった。
とりあえず、本題に戻そうと瀬名は思う。
「僕は...ずっと蛇名さんの事を見て来た」
「え...?」
「笑ったり、泣いたり、凹んだり、怒ったり...悲しんだり。そんな蛇名さんを、ずっと見てた。ストーカーみたいな言い方だけど、実際はしてないから大丈夫だよ。でも...ずっと見てた。
何時も羨ましかった。天才と秀才の違い分かるよね? 蛇名さんは天才で...僕は秀才かな。自分で言うのもあれだけど。
天才は努力せずして優れる人、秀才は努力して優れた人。
蛇名さんは何時も何もせずに成功させてるから、もの凄く羨ましかったんだ。それと同時に、何か熱い感情も出て来て...うん。
馬鹿だよな。そんな事で嫉妬するなんて」
「ぁあ...ぅ」
彼女は、何か言葉が喉まで突っ掛かって来たが、飲み込んだようだった。瀬名はまた言葉を続ける。
「でも...蛇名さん。僕は貴女が好きだ。
どれだけ嫉妬しても、その気持ちは揺らがなかった。僕は蛇名さんの事が大っ好きだ」
「あ...ぅん」
リンは心底気まずそうな顔をした。だってそうだろう、今まで何とも思っていなかった人間から、いきなり告白されたわけだからーー。
「わ、私は...川上くんの事、嫌いじゃないよ? でも、好きでもないんだ」
最初の言葉にパァッと顔が高揚した彼だが、その後の言葉で、まるで死刑宣告をされたかのようにうなだれた。
「私は...君と良い『友達』でありたいんだ。君は...私の境遇を知らないから私を天才って言うんだと思うけど、私も君と同じ。
楽して色々手に入れたわけじゃないよ。それを忘れないでね」
彼女はそう言って立ち上がると、呆然とする彼を置いて、バラ園の方へ去っていった。
**
それから一ヶ月くらい。
彼女は姿は、あれ以降見ていない。王子に監禁されたんじゃないかと兵士達は言っていたが、まだそれはないと瀬名は思った。
だって、王室図書館にいるから。彼は、若干便利なスキルを持っていた。
それは、「千里眼」だ。半径1km範囲の全ての光景を見る事が出来る。彼女は何時も、誰も入らない王室図書館で知識を蓄えているのが分かった。
みんな、知識よりも力を欲しがるので、暇でも本を読む人は少ない。図書館に出向くなんて時間の無駄だと言う人もいる。
この世界に来て、みんな脳筋化したものだとつくづく感じる。
「あいつ...ったく、何処行ったんだ!」
僕等は真夜中、王子に叩き起こされた。どうやら彼の様子から察するに、緊急事態のようだった。
「どう...したんですか?」
大広間に集められた瀬名達。ただ一人、リンがいなかった。徳永くんは目を擦りながら言う。
「リンが逃げた。お前!」
シューベルト王子は瀬名を指差した。途端にビクッと体が震えた。
「千里眼でリンを探せ」
「は、はい! でも...ちょっと待ってください! 蛇名さんが逃げたって一体どういう事ですか?!」
「お前なんぞに言う必要などあるか。黙ってあいつを探せ!」
「ちょっと待ってください」
王子が怒鳴り散らすと、それを気に止めた徳永くんが彼の王子を叩いた。すぐに不機嫌そうな顔で振り向く王子。女子達は不安な顔をしていたが、徳永くんは気にせず言った。
「俺等は蛇名さんの仲間です。状況を把握したい。もし教えてくれないと言うのなら、俺等は手伝いませんよ」
「...チッ、何が仲間だ。正義面して...一言言っておく。リンはお前等の事なんて、仲間だと微塵も思った事ないからな。お前等は...少し気にかける程度のただの他人にすぎない。あいつにとっては」
「それは、王子の勝手な見解でしょう」
両者の間には、全員火花が散るのを見る事が出来た。お互いににらみ合い、反論し続ける。今思えば、徳永くんは学級委員なんだなとつくづく感じる。
学校はほぼ、リンを中心に回っていたと言っても過言ではない。彼女がいなかったら、もう学校はバランスを崩していただろう。
あまり活躍していなかった徳永くんの勇姿は、何処か本物の『勇者』のように感じる事が出来た。僕も、こんな風になりたいーー
「あいつは...俺のものだ」
王子は目を閉じて、怒りをどうにか押さえながら言った。すぐに辺りから、ざわめきと感嘆の声が溢れた。だが、それを打ち消すかのように徳永くんも言った。
「蛇名さんは、蛇名さんのものです」
徳永くんの言い分はもっともだった。誰がリンを王子のものだと決めたんだ、と。
瀬名もその意見には賛成だった。いくら独占欲の塊である王子を前にしても、自分は自分のものだ。だがこの非常識王子野郎には、それはあまり通じないようだった。
彼だって勿論その事は理解しているが、王子の目からしてみれば、リンはカゴの中の小鳥だった。
連れ去られた鳥達。その中に小鳥が一羽。彼らは慌てふためくが、小鳥のみが何も言わなかった。それどころか、可愛らしく鳴きながら王子を慰め、なんの警戒心もなく着いて来た。
小鳥は何時の間にか、広い広いカゴに入れられていた。出る事は出来ない。だって小鳥は、そこがカゴだって知らないのだから。
小鳥はそのカゴの中で、何時も飛び回る。可哀想だから外に出してやれという者も居たが、王子は断じて小鳥を外に出そうとはしなかった。
小鳥も心無しか、天井という制限があるカゴではなく、もっと広い無限の大空に飛び立つ事を願っていた。
ある日その小鳥は逃げ出した。毎日愛でた可愛い小鳥。
絶対に逃がすものかーーそれが彼の心だった。
解き放たれたカゴの鳥。今は尚、羽をのばしている頃だろうか。
「フン、まぁ良い。世界というこの大きなカゴの中に居る限り、俺はあいつを永遠に追えるからな」
恐ろしく笑う王子を前に、瀬名はただ小刻みに震えるしかなかった。こんな奴に、蛇名さんは渡さないと決心を固めてーー




