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ようこそ、ぷらぷら世界へ

作者: 卯月あめ

「もしかすると自分は全然大したことないのではないか?」


そんな疑念をすべて「気のせい」で片付け、いつしか疑うことすらなくなった私は、すっかり何かの神になった気で毎日をぷらぷらと過ごしていた。


ぷらぷらしているので誰からも祀られず、慈しまれず、我が社は埃を被り朽ちていく一方であった。

しかし、こうしてぷらぷら生きていると、同じような連中に出会うものである。


彼らもまた七福神を思わせるようなありがたくもユニークなキャラクターで、そのぷらぷらっぷりときたら「見事」の一言である。彼らと出逢い、私も負けじとより一層ぷらぷらに精進するようになった。


今までに出会ったぷらぷら仲間には尊敬の意をあえて伏せ、「しっかりしなさいよ」と言いたい。そして私どものぷらぷらを暖かくも定距離を保ちつつ見守ってくださった方々には心から感謝をこめて「どうか見捨てないで」の言葉を送らせていただく。




昨年のことである。我が「ぷらぷライフ」に重大な危機が迫った。


高校受験、大学受験では環境と幸運に恵まれ無事合格することができた私であるが(このことは「ぷらぷライフ」を充実させる上で大きな糧となっていた)、昨年の教員採用試験にて玉砕したのである。



「もしかすると自分は全然大したことないのではないか?」



長い時を経て再び浮かんできたその疑念は力を増していた。


私はそれを全力で押さえつけ、鉛製の鎖で縛り上げ、何百もの錨をくくりつけ海の底へ沈めようと躍起になったが、その疑念のパワーたるや旭日昇天の勢いである。


疑念は鎖を引き裂き、ちっぽけな私を鼻くそのごとくパーンと吹き飛ばし、上へ上へと浮上していった。



「ああ……」



私は尻餅をつきながら空の上の疑念をぼおーっと見上げていた。



「 疑念」が南中し「確信」へと姿を変えたとき、我が平穏なぷらぷら世界を「お前など大したことないのだ!身の程を知れ!」と黒い光で包みこんでしまうだろう。



「ああ……」



その時である。いつの間にかそばにいた我が偉大なる母上がこう言った。

「あんた不合格でよかったのよ、こういうこともあるとわかったんだから。また来年がんばりなさい」


「なるほど」


続けて父、兄が言う。

「残念であったなあ」

「ドンマイ」


「なるほどなるほど」


さらに続けて叔父が言う。

「お前なめてたんだろ?もっと本気でやれ馬鹿者」


「なるほどなるほどなるほど」



さらにさらに続けて私は祖母のことを思い出していた。


「大したもんだ」と会うたびに祖母は私に言っていた。それがどんなに些細なことであっても、必ず私を褒め、肯定してくれた祖母。



「大したもんだ」と私はつぶやいてみる。


そうであった。私は大したものなのだ。あんなに素晴らしい人に「大したもんだ」と褒め称えられてきたのだから大したことないわけがない。


なるほどなるほど。教員採用試験に落ちたことは私を成長させるためであったか。納得。超納得。


私は無敵でありながらにして敗れた者の気持ちを推し量ることができる人間に成長したのだ。



空を見上げると、先ほどの疑念が弾けてキラキラと結晶のようなものを降らせていた。なんと美しきかな、我がぷらぷら世界。


私はしばらくその光景に魅入り、それから喜びのぷらぷら踊りをひとしきり踊った。






その後、私は◯◯市教育委員会の門を叩いた。


出迎えてくれた方は大変親切で、三度と言わず何度でも許してくれる仏様のような方であった。


私は言った。

「◯◯市様、◯◯市様、お願いがございます。そちらの小学校で私を講師として雇っていただきたいのです」


◯◯市様はこうお答えになられた。

「わかりました。そういったお話があればすぐにご連絡差し上げますね」




数日後、◯◯市様から連絡があった。


「卯月さん卯月さん、中学校で数学を教えていただけますか?」



「中学校?!数学?!……はい喜んで!!」


◯◯市様のありがたいご依頼である。断る理由はない。





そんなわけで四月から私は中学校の講師になる。常勤なので部活動もみるようだ。


なかなかに面白い社会人スタートを切れそうだなあと楽観している。



塾講師をやっていて最近気になること。「私なんか全然ダメだ」と思っている子どもが増えている。


日本人の美徳とも言える謙遜。ではなく、わりと深刻にそう思っているようなのである。


なんとかわいそうなことか。


このぷらぷら世界においてダメなやつなどいない。大したことないやつなどいないのだ。みんなそれぞれに光るものをもっているのだ。


言っておくがぷらぷら世界とは妄想世界などではない。この私が生きる世界のことだ。真実だ。みんな無敵でみんな素敵な、そういう世界なのだ。


自分なんかダメだと塞ぎ込んでいる子どもたちを「大したもんだ」と言って背中を押してあげたいと思う。尊敬する祖母が私にしてくれたように。

祖母が大切にしていたこの言葉を受け継いでいこうと思うのだ。




前へ習え、右向け右。



前には底抜けに明るい理想の未来。

右には平和なぷらぷら世界。

左にはどうでもよい不都合な現実。



真実は右にある。私が信じ愛してきたこのぷらぷら世界に。







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