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記憶
大切な人、そのすべてに。
その日も海は凪いでいた。
北国の真冬の空気は、氷みたいな匂いがする。波が太陽を反射して、踊るようにきらきらと光る水面。
何か美しい映像を観ている心地で、浩介は学ランのポケットに手を突っ込んだまま佇んでいた。
「こうちゃん。」
どんっとエナメルバッグの中身が踊る音がして、振り返ると瑛奈がいた。
「いてーよ。」
「うそつき。」
「うん、ごめん。」
瑛奈はお揃いのエナメルバッグを体の前に持ってきて、なにやらごそごそと探し物をしだした。
「やっぱさ、この鞄お揃いってちょっと恥ずかしくね?」
「だってしょうがないじゃん。かぶっちゃったんだから。」
あった、と手袋をぎちぎち言わせながら引っ張り出そうとしている。
「うわぁ、伸びちゃう伸びちゃう。」
「雑すぎんだろ。」
「だよね。」
けらけらと屈託なく笑う彼女を見て、好きだな、なんて言葉が湧いて出た。そんな単純さに、うわ恥ず、なんて思ったらいつの間にか顔に出ていたらしい。