~第三章~
「へぇ~あんたがセレスのところの客人か! 確か、オルソセラス侯爵の四男坊だったよな」
初対面のセリフとは思えなかった。
私は先ほどまでシェルタイトの存在すら知らなかったが、向こうにはこちらの情報は筒抜けのようだった。
セレスと同じ顔、同じ声なのに――まるで違う。
「親父殿の力で諸国を豪遊とは、流石にいいご身分だよな」
歯に衣着せぬと言えば聞こえは良いが、よくもここまでぬけぬけと言い難い事を言ってくれる。
しかも初対面の相手に対して。
いささか頭にきたが“私の後ろに父を見ない!”という一点において、その少年はセレスと共通していた。
同じ顔なのに性格も雰囲気も真逆なのもまた面白い。
私は足繁くシェルタイトの許に通うようになった。
ただ、当のシェルタイトには“また邪魔者が来た”扱いしかされなかったが……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「シェルタイトに会われたんですね」
まあ当然と言えば当然だが、私がシェルタイトに会う為に、西の浜辺に出向いている事はセレスの知るところとなった。
「いや、その……西の浜辺に行っちゃいけない事は知ってたが、ちょっと遠出した時に道に迷って、気がついたら……」
しどろもどろに弁明する私に
「責めている訳ではありません。実は、貴方に頼みたい事があるんです」
そう言ったセレスの顔は何処か淋しげだった。
「シェルタイトに会われたのならご存知だと思いますが、ぼくとシェルとは双子の兄弟です。何故、別々に住んでいるのか。何故、貴方に弟の存在を隠していたのか。……それを今からお話します」
セレスは静かに語り始めた。
今を去る事16年前──
「ぼくとシェルは碧い髪と瞳を持って産まれました。それは我ら一族の始祖と同じ髪と瞳の色。“失われた血”が復活したのだと皆は歓喜しました」
「失われた血?」
「はい。海人の血です」
私は正直驚いた。あの噂は本当だったのか?
「しかし、その直後になされた予言によってぼくたちの運命は変わりました。“双子の片われは、一族に滅びと再生を齎す宿命の子”という……」
「っ!?」
セレスとシェルが、滅びと再生を齎す"宿命の子"!?
「それがぼくとシェルと、どちらなのかも定かではなかったし“滅びと再生”がどういう意味を持つのかも分かりませんでしたが、父は一族を護る族長として決断しない訳にはいかなかったんです。双子の片方が一族に災いを齎す可能性があるのならば、その原因を排除するしか道はない」
想像すらしなかったセレスの告白に、私は彼にかける言葉すらも見出せない。
「父は周囲の反対を押し切って、先に産まれたぼくを次代の族長とし、弟であるシェルを海に流したんです。それは父にとって我が身を引き裂くよりも辛い決断でした。愛する我が子を死なせるかもしれないのですから。“この子が真実、海人の血を継ぐ子であるならば連なる一族が必ず救ってくれる”父はそう信じていました。いや、そう信じたかったんです!」
「…………」
重い沈黙の後、再びセレスは語り始めた。
「ぼくがこの事を知ったのは半年前。父が亡くなる三日前の事です。ひょっとしたら父は自分の死期を覚っていたのかもしれません。でも、ぼくにとっては衝撃の真実でした。一人っ子だと思っていた自分に双子の弟がいる! それは、兄弟が欲しいとずっと思ってたぼくには正直嬉しい事でした。けれど……」
そこでセレスは一呼吸擱いて、真っ直ぐに私を見据えた。
「ここからが本題です。貴方に頼みたい事、それはシェルの真意を聞き出す事です」
「シェルの、真意?」
「はい。シェルがこの島に帰って来たのは三ヶ月前。貴方が島に来られる少し前です。シェルは何も話しません。今まで自分が何処でどうしていたのかも、何の為に今になって帰って来たのかも。ただ一言“見極める為に、そして決断する為に帰って来た”と……」
セレスの話を黙って聞いてるいる事しか出来ない私を後目に、彼は淡々と言葉を紡ぐ。
「一緒に暮らそうというぼくの言葉も拒否されました。だから離れて暮らしてます。シェルのぼくを見る目は冷たかった。多分シェルはぼくを、一族を憎んでるんだと思います」
「セレス……」
「確かに恨まれて当然だと思います。彼の気持ちは痛いほど分かってるつもりです。父は、一族は……彼を捨てたのですから! でも、ぼくは一族を護る族長です。もしシェルがぼくたちに復讐する為に帰って来たのなら。彼が一族に災いを齎すのならば、ぼくは一族を護る為に……彼を排除しなければならないっ!」
セレスの身体が小刻みに震えていた。