~第二章~
私が諸国を旅して得た知識や経験は、島の人々との距離を縮めるのに大いに役立った。
人々は警戒しながらも徐々に私に話しかけるようになり、私の助言を求めるようになった。
「初めて会った時から思っていましたが、貴方は不思議な人ですね」
そう言ってセレスは微笑んだ。
島の人々が“セレス様”と呼ぶのを聞いて、私もセレスタイトをそう呼ぶようになっていた。
「凄く話しやすいと言うか、まるで昔から知ってたような……そんな懐かしい気持ちがするんです。ずっと一人っ子だったから、兄が出来たようで嬉しいです」
そのセレスの言葉に少なからず違和感を覚えたが、私はその言葉を素直に喜んだ。
そして……
崖から落ちそうになった子供を救った事で、私の信頼は一気に高まった。
だが、その直後だった。
私の身許を調べていた者からの報告がセレスの許に届いたのは。
「オニキス・カーネ・リアン・オルソセラス。ハウライト王国、オルソセラス候のご子息だったんですね。……通りで、聞いた事がある名だと思いました」
セレスは静かに言った。
私の父オルソセラス候は、ハウライトの王妹を母に持ち、莫大な財力と権力と、そして父自身も文武に秀で人徳者としての誉れも高く……そんな立派すぎる父を持つが故に、私はこんな放蕩息子になった――と言うのは言い訳にしか過ぎないが。
その父を助ける三人の兄たちの出来も良く、勿論私は父や兄を誇りに思っているし愛してもいるが……時に、その存在が重かった。
逃れるように「諸国を旅して回りたい」と懇願した私に「広い世界を見る事は己を高めるには大切な事だ」と父は二つ返事で承諾してくれた。
だが旅に出ても偉大な父の名は付いてまわる。
私がオルソセラス候の子息だと知った途端、人々の態度は変わる。
特に私を不審者と疑って牢に入れた者たちなどは、掌を反したように私に諂った。
勿論、私が働きもせずにのうのうと諸国を旅して回れるのは父のお陰だ。
それは分かっている。
けれど私は、私の向こうに父を見るのではなく……私自身を見てくれる誰かを探し求めていたのだ。
セレスの態度もきっと変わる。
私はそう覚悟したが……
「オルソセラス候と父とは交友がありました。ぼくも幼い頃一度だけお会いした事があるんですよ。……って、父から聞いただけで記憶はないんですけどね。ひょっとすると、その時にオニキスさんにも会ったのかも……。だから懐かしい感じがしたのかな?」
そう言ってセレスは微笑んだ。
セレスの態度は変わらなかった。島の人々も……。
「へえ~あんた侯爵様のご子息だったのかい。見えないねぇ~!」
「あたしを嫁に貰っておくれよ。凄い玉の輿じゃないか! あんた、なかなかの男前だし」
そう言って大笑いされた。
こんな小さな島の族長とまで交友関係を持っている父にも驚いたが、私は変わらずに接してくれるセレスや人々の心が嬉しかった。
初めて自分自身を認めてもらえたような気がした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
身許がはっきりして“領主のスパイ”という嫌疑が晴れた私は自由の身になった。
島から出る事も許されたが、私はまだそんな気にはなれなかった。
離れ難いものがあった。
人々は競って私を島のあらゆる所に案内してくれた。
森と西の浜辺を除いて。
島の中央に忽然と存在する森は磁場が狂っているのか、中に足を踏み入れた途端、方向感覚を失い二度と抜け出る事が出来ないという。
島の者も決して近づかない森だから……と念を押された。
しかし、西の浜辺に近づいてはならない理由を聞こうとすると誰もが口を噤んだ。
私は子供たちと遊んでいる時に、それとなく聞いてみる事にした。
「西の浜辺には何があるんだ?」
答えが返ってくると期待していた訳ではなかった。
「西の浜辺? ……もう一人のセレス様が居るよ」
一人が答えると、もう一人の子供が
「あっ、バカ! 兄ちゃんに言っちゃダメだって言われてたろ!!」
「あっ……!」
その子は“しまった!”という顔をした。
どうやら部外者である私には知られたくない“何か”があるらしい。
後で分かった事だが、私が“招かれざる客”だったのは“領主のスパイかもしれない”という理由だけでなく、部外者を島に入れたくないもう一つの訳が存在したのだ。
「もう一人のセレス様?」という私の問いに子供たちは
「俺たちが喋った事、内緒にしてくれる?」
「ああ」
「セレス様の弟が住んでるの」
「名前はねぇ~。えぇ~っと……シェルタイト様。海から帰って来たんだって!」
セレスの弟? セレスは一人っ子じゃなかったのか?
海から帰って来た? 弟ならば、何故一緒に住まない?
何故、その存在を俺に隠す必要があるんだ!?
分からない事だらけだったが、子供たちは口止めされている訳ではなく、詳しい事情は知らないようだった。
セレスたちが私に知られたくない秘密。
それを探るのは後ろめたい気がしたが、その時の私は好奇心の方が勝っていた。
セレスの弟……もう一人のセレス様と子供たちは言った。
セレスに似ているのか? セレスと同じ髪と瞳の色を持っているのか?
会ってみたい!
その一念だった。
「セレスっ!?」
その少年を見た時、私は思わずそう叫んでいた。
正に“もう一人のセレス”だった。
それが私の運命変えたもう一人、“シェルタイト”との出会いだった。