~第一章~
「まるで“要塞”だ」
その島を間近で見た、それが私の率直な感想だった。
浜で見た時、その“島”は切り立った岩が海から突き出ているように見えた。
それは“島”なのか?
それとも“巨大な岩”なのか?
しかし、岩にしては大きすぎる。だから私は興味を持った。
だが舟で近づいてみると、浜から見た光景は島そのものではなく、島は周囲を切り立った岩のような岩礁で護られた“要塞”の様だったのだ。
――他者を拒む海人の島──
「どうやって島に上陸するんだ?」
という私の問いに
「そう思うでしょ! 一ヶ所だけ岩の途切れてる場所があるんですよ」
前領主の時はその場所を通って島との交流があった……と漁師は続けた。
「今はその場所に見張りが居て、用も無いのに通る事は許されない筈だが……不思議な事に今日は見張りがいない。ダンナは運がいいですぜ!」
そう言いながら私を浜に降ろすと、漁師は元来た道を引き返して行った。
運がいいって……おいおい、オッサン!
さては、見張りに追い返される事を知ってて、ここまでの舟賃をせしめるつもりだったな。
それにしても……
――何故、見張りがいなかったのか?――
それは後から単純な交代のミスだという事が判明したが、そのミスがなければ私は島に上陸する事すら叶わなかったのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
しかし私の身柄は、浜辺を数歩……歩いた途端、拘束された。
「領主のスパイかもしれない!」
それが私にかけられた嫌疑だった。
どうやら私は、この島の人々にとって“招かれざる客”だったらしい。
だが、諸国を旅して回っている私にとっては、こういう経験は一度や二度ではない。
まあ、何とかなるさ。
島の族長の許に連行される間、私はそう思いながら冷静に島の人々や島の様子を観察していた。
“海人の血を継ぐ一族”というから期待してたんだがな。
島の人々は褐色の髪と黒い瞳、アクアオーラの人々と何ら変わったところはなかった。
自治領とは言え、アクアオーラ領の中だからな。
まあ、単なる噂話だとあのオッサンも言ってたし……。
私は正直、落胆を隠せなかった。
だが、その思いは島の族長を見た途端、覆された。
前族長が急死して新しく族長になったばかりのその少年は、少女と見紛うばかりの綺麗な顔立ちをしていたが、私の目を惹きつけたのはまるで海を体現したかのような緑がかった美しい碧い髪と瞳だった。
今まで色んな国を旅して来たが、こんな髪と瞳は見た事がない。
「ぼくはこの島の族長、セレスタイトです」
呆然としていた私に少年は穏やかな、けれど毅然とした態度で話しかけた。
「手荒な真似をして申し訳ありませんでした。我々は今、外の人々の島への立ち入りを禁じておりますので……。旅のお方とお見受けしますが、お名前は? どちらの方ですか?」
「俺の名はオニキス……オニキス・オルソセラス。ハウライトから来た」
「オルソセラス? 何処かで聞いたような……?」
私は一瞬ドキリとした。
しかし、思い出せなかったのか少年は直ぐに話題を変えた。
「多分ご存知だと思いますので正直にお話しますが、我々とアクアオーラ領主クンツァイト伯とは反目しています。島の者たちは貴方を領主のスパイ……と疑っておりますので、貴方の身許がはっきりするまで貴方には監視をつけさせて頂きます。勿論、島から出る事は許されません」
まあ尤もだな、と私は思った。
私はセレスタイトの屋敷に案内された。
手許に置いておく方が監視し易いという訳か?
島の中央にある森と西の浜辺以外は、監視つきではあるが自由に散策する事を許された。
“監視つきの客人扱い”か。拘束されなかっただけでもマシかな?
何日も牢に放り込まれた事もあるしな。
あの少年族長様が話の分かる奴で助かった……というところか。
それにしても……と私は思った。
あの少年の髪と瞳の色は何時までも心に残る。
海人の血を継ぐという言葉をそのまま体現したような色。
それに……
「男なのが惜しいなあ~。女だったらモロに好みだったが……」
そんな不謹慎な事を考えながら、島を訪れた第一日目の夜が更けていく――
私の運命を変えた出会い。その一人が“セレスタイト”。
そして、もう一人との出逢いが近づきつつあった。