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22. ヘテロクロミア

 道中できちんと休息は取っていたが、それでも旅路の中にいれば主に精神的なものであるが徐々に疲れが溜まっていくのが人間というものである。

 日が暮れるまで心身を休めた私は、呼びに来た侍女に案内されながら食事の用意がされているという部屋へと向かう。

 何しろ交渉の相手である国王とは今回が初対面であるし、こちらの方が立場の弱い交渉事なのだから緊張しないと言えば嘘になる。

 とはいえ、私としては何としても殿下の期待に応えなければならない。

 道中で現代フェーレンダール語を覚えてきたが、先程のラファエルとの会話で特に支障が無かったことによってそれに問題がないことは確かめられた。

 既に心の準備も整えているし、後はいよいよ夕食の席へと赴くだけだ。

 数分程度だろうか、しばらく長い廊下を歩き続けた私は、やがて目の前の侍女が歩みを止めたために自らも立ち止まる。

 そして、彼女の手によって開かれた扉を通ると室内へと入った。


「お待たせしてしまい申し訳ございません。ベルフェリート王国が正使、サフィーナ・オーロヴィアですわ」


 部屋に足を踏み入れると、机上には湯気を立てる温かな料理が乗せられた皿が並べられており、既に席も埋まっておりそこには既にラファエルの姿もあった。

 席、と言っても私のものであろう空席の場所も含めて三つしか無いのだが、そのうちの二つにはもう人物が腰を下ろしている。

 そのうちの一人は先述の通りそれぞれ緑髪の男性であるが、そうであるからには残りの一人が一体誰であるかのは明白であった。

 私は、奥の席に座っている現フェーレンダール国王―――エルリック・フェンドロードと思わしき人物に対して膝を曲げて礼をする。


「よく来た。座れ」


 すると、その人物が少し尊大さを感じさせるような口調でそう告げたので、私は立ち上がると空いている椅子へと向かう。

 歩いている途中にラベンダーブラウンとでも表現すべきだろう髪をした彼の姿を不敬と思われない程度に観察することが出来たが、まず意識を奪われたのは他でもなく瞳だった。

 まるで精錬された黄金であるかのように眩く輝く左目と、月夜に揺れる水面のように淡く深い色をした右目。

 ―――そう、男の瞳は左右で色彩が異なっていた。

 彼を目にした私が、真っ先にそれに視線を取られたのも当然だろう。

 続いてそれ以外の部分へも目を向けると、瞳の次に印象に残ったのは整った顔立ちの上に浮かんだはっきりと分かる程の自信だった。

 年齢はかなり若いだろう。

 恐らくはラファエルと同年代、まだ二十代半ばなのではないだろうか。

 もちろん至尊の王冠が血筋によって受け継がれる以上、それこそ産声を上げてからまだ数年の幼子が王となることもあるのだが、しかし二十代半ばといえば王としてかなり若い部類であることには違いなく、まだ権力基盤も安定していないであろうし諸侯と折衝して自らの意思で国を動かしていくことが難しい時期だ。

 ましてや、王を補佐する宰相の地位にあるラファエルまでもが同じく若いのであれば、それはなおさらのことだろう。

 しかしながら、そんな若い王である彼は見る者によっては傲慢とも取れる程の強い自信を露わにしている。

 若い王に若い宰相。

 それを確認して、私は席へと腰を下ろす。


「お前の噂は聞いているよ、サフィーナ・オーロヴィア」

「それは光栄ですわ、陛下」


 席についた私に対して、まず王はそう声を掛けてくる。

 口調にもやはり強い自信が満ち溢れており、それを傲慢と受け取る者も多いだろう。

 というよりも、最早傲慢とか尊大とさえ表現して構わない程に彼の自信は非常に強いのだ。

 何しろ、初対面である私が一言二言言葉を交わしただけではっきりとそれが分かる程なのだから。


「人並み外れた功績を挙げ続けてきた女傑だからな、報告を聞いていて大いに興味をそそられたが、まさかお前の方から来てくれるとは思わなかったよ。かつての女傑を処刑した者の末裔が、二百年が過ぎて今度は新たに現れた女傑に滅ぼされようとしている。くくっ、歴史とは何とも皮肉なものだ」


 にやりと笑みを浮かべながら放たれたその言葉に、思わず反応しかけた私はそれをどうにか途中で止める。

 固有名詞こそ出てきていないが、しかし彼が指し示した対象が前世の私であることは明白であったからだ。

 ダリア・ロートリベスタという名が歴史から抹消されたとは言っても、それはベルフェリート国内に限定される。

 当然ながら他国ではかつての私の名は歴史書に刻まれ続けているし、そうであるからには目の前の男がそのことを知っていたとしても全く不自然ではない。

 とはいえ、いきなり前世の自分のことを出されて内心で全く動揺しないことは難しかった。


「ああ、知らないのか。二百年前のベルフェリート王国にはダリア・ロートリベスタという宰相がいたが、今のお前とも比肩し得るくらいの有能な人物だったそうだ。今は歴史書からは抹消されているようだがな」


 こちらの反応を観察するようにしてじっと見つめてきていた彼は、完全には抑えきれず僅かに動かしてしまった表情を、その存在を知らないことによる怪訝さであると解釈したようだ。

 まあ転生などという答えに辿り着かれるはずもないことは分かっているが、それでも動揺の本当の理由を悟られなかったことに安堵を覚える。


「それで、此度は何をしに来たのかは問うまでもないな。ラーゼリアを攻めてほしいのだろう?」

「……ご慧眼、さすがにあられますわ」


 こちらの答えも待たずに話題を切り替えた王が、いきなり核心を突く。

 その通りであるので、先手を打たれたことに少し苦味を感じつつも肯定の言葉を返す私。

 もっとも、わざわざこの時期に訪れるということは用件はそれくらいなので、予測すること自体はそう難しくないだろうが。

 とはいえあちらから切り出されたのはいささか痛いかもしれなかった。


「条件は我が国への穀物の輸出と、ラーゼリア北部と東部の領有の承認といったところか。いいぞ、その条件で出兵しよう。……ただし、もう一つ条件はあるがな」

「陛下のご英断に感謝致します。して、条件とはどのような?」


 こちらの提示する条件までもを言い当てた彼は、しかし交渉をしようとすることすらなくあっさりとそれを受け入れる。

 そこまで読めているならばもう少し譲歩を引き出すことも十分に可能(もちろん易々と譲るつもりはないが)であるだろうに、何故それをしないのかと訝しまなかったと言えば嘘になるが、しかしこちらの方が立場が弱いのだからわざわざそれを追求して藪を突くこともないだろう。

 表情を変えないように務めながら、追加条件について尋ねる私。

 ふとこの場に居合わせるもう一人の人物であるラファエルの方に目線を遣ると、彼は黙ったまま無表情でこちらを見つめていた。

 どうやら、今のところ私と王との会話に口を出す気は無いらしい。


「内乱と、戦後処理が終わればでいい。その際には然るべき立場と共に再び我が国に来い。それが条件だ」

「私が、でございますか?」


 一体どのような条件を突きつけられるのかと様々な想像を巡らせていた私に対して告げられたのは、そんな内容であった。

 シミュレートしていたうちのどれにも当てはまらないそれを耳にして、完全に不意を打たれた形になる。

 国家間の交渉の場でそのような個人的な事柄が条件として提示されるなどと予想出来るはずもない。


「ああ、こちらとしては先述の条件で十分だからな。ラーゼリア南部のような不毛な土地を欲しいとは思わん。それよりも、私はお前という人間に興味がある。あのような小物相手に敗れるようならば興味も失せるが、だからこそ華々しく勝利を収め私を楽しませるがいい。その時は歓迎してやろう」

「畏まりました。必ずや再訪することを約束致しますわ」


 不遜な笑みを浮かべながら自分の興味のためであると堂々と宣言する言葉を耳にして、大まかにではあるが彼がどのような人物であるのかを掴むことが出来た。

 同じ王族であり、しかも自信家かつ野心家であるとは言っても、殿下とエルリックとではその性質は大きく異なっている。

 殿下が自分にも他人にも厳格な野心の持ち主であるとすれば、目の前の彼は自らの愉悦を追求する享楽的な野心家だ。

 良くも悪くも傲慢であると言い換えることも出来るだろう。

 また、殿下は並外れた剣の腕といった自らの力、謂わば自分自身に対して自信を持っているが、対してこの人物は王という地位にある王である自分に自信を抱いている。

 どちらがよいのかはともかく、どちらが王族らしい人物であるかという観点で見るならば、それがエルリックの方であることは確かだった。

 ともあれ、要するに私は彼に必ず勝てと言われているのだ。

 それだけで兵を出してくれるというのならばこの程度の条件は呑むべきであろうし、私としても言われるまでもなく負ける気などさらさら無いので、自信を持ってそう言葉を返す。


「ラファエル、出兵の準備を進めておけ」

「分かりました、エルリック」


 彼はこちらへと向けていた目線を緑髪の男の方へと向けると、そう指示をする。

 それに対してラファエルはやはり私から目線を外すとそう言葉を返すのであるが、目の前で交わされた会話を耳にしておや、と思う私。

 二人は国王と宰相としてではなく、まるで友人同士のように言葉を交わしているのだ。

 私がそうした心配をするのも変だが、仮にも他国の使節である私の前でそうした様子を見せてもよいのだろうか。

 と、そのようなことを思っていると、今日の交渉は終わったとばかりにエルリックがグラスへと手を伸ばす。

 そして彼は私と緑髪の男に対しても飲むように促した。

 この席のホストであるエルリックに促されては、飲まない訳にもいかない。

 机上には白ワインの注がれたグラスが人数分置かれており、私も自らの前にあるものを手に取る。

 特に外交の場などではアルコールが出されることも儘あるし、飲まざるを得なくなることも多いのだが、だからこそ偶然にもこの身体がアルコールに強い体質であるのは幸いであったと思う。

 酒に酔って失言をしてしまったりする心配をしなくて済む。

 甘いワインの味わいを感じつつも私は食器に手を伸ばすと、話が手早く済まされたために未だ湯気を立てたままのメニューを口にしていったのだった。

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