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0. プロローグ

「王立学園ですか?」


 書架の中で歴史書を読んだあの日以来、暗い澱みを心の中にずっと抱えた私はいつしか十三歳になっていた。

 亡き陛下を、そして私の大切な人々を手に掛けた者達を絶対に許さない。

 その思いでこの数年を過ごし、自らを高めてきた私は十三歳の誕生日を幾月か過ぎた今日、父の執務室へと呼び出されていた。

 告げられた要件に対してソファーに座った私が尋ね返すと、父はおもむろに頷いた。


「ああ。お前の入学が決まったんだ」


 そして私にそう告げる。

 王立学園とは、その名の通り王家によってこの国の首都に設立された貴族の子女向けの学園だ。

 二百年前どころか、前世の私が生まれる遥か前から存在しているこの国の最高学府である。

 そもそもこの国の国家体制は封建制であり、王族の直轄領を除けば各地に自らの領地を持った貴族達が存在している。

 そのため、王家、ひいては国の力は彼らに対して然程強くない。

 領主達は自らの領地内における為政権や軍権までもを握っているため、下級貴族ならばともかく大規模な私兵を抱えた大貴族相手には王といえどもそうそう口出し出来ないのだ。

 もし王が強権的に何かを決めたとしても、貴族達が揃って反対すればそれを実現するのは不可能だろう。

 封建制の国の宿命ではあるが、その辺りの力関係や根回しには、宰相補佐だった頃の私も大いに苦労した。

 そんな現状を憂いたらしく、前世の私が生まれるより更に当時の国王が都に貴族の子女向けの学園を作ったのだ。

 高度な教育を施すことにより国家の将来を担う有能な人材を育成し、かついつか各地で貴族家の当主になるだろう者達に国寄りの思想を植えつけてしまおうという狙いだった。

 それだけでなく、少なくとも学園に子息が通っているうちはその身柄が人質としての機能も果たすことになる。

 当然それらのことは貴族達も理解しており、王家と対等にやり合えるだけの力を持った大貴族達は子息を学園に通わせることを拒否し、それまで通り子息には実家にいさせたまま家庭教師による教育を施すことを選んだ。

 彼らにとっては何一つとしてメリットが無いのだから当然だろう。

 国防や内政上の一大事ならばともかく、たかが子息の教育程度の問題で大貴族に対し王が意向を強制させることなど力関係上出来ようはずもない。

 結果として彼らが学園に入学することはなかった。

 だが、それほどの爵位と領地を持たない貴族達は違った。

 どうせ彼らには国とやり合ったり王の意向を拒否したりする力も無い。

 我が家もそうだが、小貴族には子女に貴族としての教育を施せるほど高い教養を持った家庭教師を雇うのに必要な金銭は相当な負担になる。

 であるからには、どの道国に逆らう力が無い以上学園に通わせて教養を身につけさせた方が中小貴族にとっては得だったのだ。

 他にも、貴族同士の人脈を作ることが出来るという理由も大きいだろう。

 向こうから小貴族達が機嫌伺いに来る大貴族はともかく、そうではない貴族には他の家々との繋がりを作れることは大きなメリットである。

 と、まあそんな理由で主に王族と中小貴族の子女が通っているのが都にある王立学園だった。

 一応貴族以外の出身の者も入学出来なくはないのだが、学費は貴族に限り無料となっているため貴族以外では高位の騎士や軍人の子女が少数入学する程度だ。


 王立であり、また最高学府を謳うだけのことはあって教えられる内容もかなり高度なものである。

 あくまで有能な貴族を育てることが目的の一つであるため、授業の範疇は単に学問だけではなく上級の礼法や剣術にまで及ぶ。

 この学園をそれなりの成績で卒業すれば、もうそれだけで貴族としては一流であると言っても過言ではなかった。

 もっとも、能力が一流だからといって国家の役に立つとは限らないのが皮肉なものだが。

 それこそ、私を追い落とし殺したベルファンシア公爵とて有能か無能かでいえばかなり有能な人物だったと思う。

 私も宰相補佐だった頃に学園で使われる教科書を何冊か執筆した覚えがあるが、クーデターが成功していたからにはまず間違いなく焚書にでも遭ってもう使われていないだろうな。


 前世では侯爵家の令嬢であったために自宅で家庭教師による授業を受けていたので特に気にしていなかったが、そういえば今回は学園に通うことになるだろうことをすっかり忘れていた。

 この話はわたしにとっては好都合だと言っていいだろう。

 領地は辺境に位置して狭小、財政は逼迫していて困窮、そしてほとんど人脈も無い。

 これでは、何かをやるにもいくら前世や前々世の記憶や経験があったところでどうしようもないと困っていたのだ。

 大貴族の子女こそいないとはいえ、学園には王族や中小貴族の子女達が集まることになる。

 彼らとの人脈は、きっと私にとって大きな力になってくれるだろう。


「とても楽しみですわ」


 正面のソファーに腰掛けている父に、私はそう言葉を返す。

 この部屋は、六年が経った今も昔と変わらない。

 家具の配置も壁紙の色も沈み込むようなソファーの柔らかさも、初めてカルロと出逢ったあの時のままだ。

 父はあの頃よりは少し老けただろうか。

 それでも元が美形であり年齢もまだ若いのでそれほど老けて見える訳ではなく、むしろ深みのようなものが加わって初対面の際とはまた違った魅力を醸し出していた。

 もしこの人が日本に行ったら、きっとさぞもてることだろうと思う。


「そうだね。楽しんできなさい」

「ええ。楽しんで参ります」


 いつもと変わらぬ優しげな笑みを浮かべて私の頭を撫でた父。

 この人は相変わらず仕事で各地を飛び回っていて多忙らしいが、それでもたまにとはいえこうして顔を見せに帰ってきているのだから凄いと思う。

 そのためか、母との仲は未だに良好な様子だった。

 これは極めて珍しいことだ。

 元々自由恋愛による結婚ではないため、結婚してから年月が過ぎ子供まで設けたとなれば夫婦仲が冷え切っていても不思議ではないのが貴族というものなのだが。


 まあそれはともかく、学園に通うとなれば卒業までの数年間は王都にある学園の寮で生活することになる。

 別に寮に入るのは規則ではないのだが、王都に屋敷を持っているような貴族は学園に子女を通わせないので、結果的にほとんどの生徒達が寮で暮らすことになるのだ。

 例外は、騎士や軍人の子女くらいだろうか。

 領地を持たない彼らは王都に屋敷を構えて住んでいるので、そこから学園に通うことになる。

 長期休暇には里帰りすることも出来るが、ここは王都からかなり距離が離れた辺境なので気楽に帰ってくることは出来ない。

 今は一月なので、まだ入学の四月まではそれなりの時間がある。

 ここでやれること、やっておくべきことを全て済ませ旅立ちに備えておこうと私は心に決めた。

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