0. プロローグ
泣き疲れていつの間にか眠りへと落ちていたらしい私は、窓から射し込む朝日を受けながら閉ざしていた瞼を開く。
柔らかな絨毯に触れていた頬を持ち上げ、身体を起こしてその場に座る私。
———ひどく懐かしい夢を見た。
前世の父と母、そして娘を初めとして、もう夢の中でしかその姿を見ることが出来なくなってしまった人々。
このような夢を見たのは、陛下の日記を読んだためだろうか。
結局、あの時の私は誰も護れなかった。
メイナージェも、陛下も、エドワルドも、エルティ卿のことも、誰一人として。
現代知識という強力なカードがありながら、大切な人を誰も護ることが出来なかった。
最期の時まで抱いていた怒りと憎悪、そして絶望は今でも鮮明に覚えているし、一生忘れることはないし決して忘れてはならないものである。
もしも憎しみが力に変えられたならば私は彼らを一人残らず呪い殺しただろうし、八つ裂きにすることが出来たならばしただろう。
今なお燃え続けていたその暗い炎は記憶という燃料を得たことによって、あたかも嵐のようにこれまで以上により強く激しく燃え盛っていた。
広い空間の中には私ただ一人であり、窓からの陽射しによって明るく照らされているにもかかわらず寂しげに静まり返っている。
あらゆる箇所に白い埃が降り積もっており、まるで死んだ世界という表現が相応しいような静謐さに支配された空間。
この部屋がダリア・ロートリベスタが生きていた二百年前の時間をそのまま保っているとすれば、入り口のドアの向こうにはサフィーナ・オーロヴィアが生きている現在が広がっている。
懐かしくないと言えば嘘になる。
ずっとここにいたいという気持ちが無いと言えば嘘になる。
しかし、いくら懐かしくとも、いつまでも室内に留まったままで過去に縋って生きていくことは出来ない。
外の世界には両親や、よく仕えてくれているカルロとクララや、セリーヌ嬢やユーフェルを初めとした友人達が生きているのだ。
亡き陛下のおかげで、ようやくそのことに気付くことが出来た。
だからこそ、今度こそは一人残らずこの手で護り抜いてみせる。
そのためには力が必要であることはかつて嫌という程に思い知らされた。
そして、封建制の国家であるこの国における力とは即ち領地の広さであり、それに基いて編成される私兵の規模に他ならない。
護りたい人達を護るためには相応のそれが必要であり、それを得るためには相応の功績が必要となる。
ならば、私はこれまで以上に活躍して功績を重ね、誰もを護れるだけの力を手に入れてみせよう。
……もう私の周りでは誰一人死なせない。
そう決めたことにより、前世の後始末も含めしなければならないことが二つに増えたのだから、いつまでも泣き顔のままで呆けてはいられない。
立ち上がった私は、まるで抱き締めるように腕の中に包んでいた日記の表紙に一度目を遣ると、それを丁寧に元あった場所へと戻す。
そろそろ、ここから出なければならないだろう。
私は埃がまるで雪のようにうっすらと積もり白く染まった絨毯の上を歩き進むと、入り口の巨大な扉を開けて外へと出る。
「臣をお引き立てくださったこと、心よりの感謝を申し上げますわ、陛下。ご恩に報い、必ずやこの国に繁栄と栄光をもたらします。どうか、安らかにお眠りください」
一歩外へと踏み出した私は振り返ってそう呟くと、そのまま扉を閉めていく。
陛下が愛されたベルフェリート王国という国を、必ずやこれまで以上に繁栄させてみせよう。
それが、最期の瞬間まで私のことを思っていてくださった陛下に対して今の私がして差し上げられる唯一のことだ。
扉の軋む音が、どこか悲しげに静けさの中へと響いた。
足音のしない階段を下りていき、踊り場を曲がると、そこにはこちらに背を向けながら七階へと続く階段を塞いで立つカルロの姿がある。
「ごめんなさい、カルロ。長く待たせてしまったわね」
「お、お嬢様、その頬は……。何かあられたのですか?」
「いえ、少し感傷に耽っていただけ。もう大丈夫よ」
大きなその背中へと向けて声を掛けると、振り返った彼が私を見て心配そうな表情をする。
どうやら、まだ泣き跡が残っていたらしい。
とはいえ大丈夫なのは本当なので、私は安心させようと彼へと笑みを向ける。
「さて、では戻りましょうか。貴方もゆっくりと休むといいわ」
そのまま彼を追い越すようにして下へと続く階段を下りていく私。
誰も通さないように番をしてくれていたカルロには休んでもらわなければならないし、私もしたいことやしなければならないことが多くある。
生きる目的が二つになったのだ、ゆっくりとしてはいられない。
すぐ後ろに彼が続く気配を感じつつ、私は三階にある自室へと向かったのだった。




