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int.8 施政

 ディレール王国との間に開かれた戦役は、数ヶ月程であっさりと幕を下ろす。

 私の率いる二万の軍勢が敵の東路軍を撃破し、そのまま北上してそれなりの規模の都市であるサヴェリクを陥落させたためだ。

 自分達から攻め込む形であったために特に攻撃を受ける警戒はされていなかったし、ましてや普段はもっと多かっただろう守備兵も遠征軍に一部が組み込まれることによって数が減っていたので、夜陰に紛れて城内に雪崩れ込めばそのまま落城させることは容易かった。

 そして遅れてやってきた歩兵達を城内に入れて籠城する準備を整えさせると、少数の護衛のみを連れて南下した私は今度はちょうどその頃に北部へと到着していた本隊と合流する。

 特に打ち合わせをした訳ではないものの自ずと私が東路軍と、ベルファンシア公爵と王軍が西路軍と対峙する形が出来上がっていたが、東路軍を速やかに撃破出来たからにはいつまでもこちらにいる必要は無い。

 従軍していた貴族の大半を捕虜としたために速やかに再編成される心配も無かったので、もう一方の方の戦線に六万全てを連れて救援に赴いたのだが、それによって拮抗していた兵力は大きくこちらへと傾き、兵力差を生かし勝利を収めることに成功する。

 二つの戦線の双方でこちらが完勝したことによってディレール王国は折れざるを得なくなり、外交には携わっていないので詳しい条件などは分からないが両国の間に講和が結ばれることとなった。

 講和が結ばれると、同時に捕虜の身柄などを巡る交渉も行われることとなる。

 私が捕虜とした兵は数万にも及んでいたのだが、結局彼らの身柄はあちらに返還することとなったのでその身代金と東路軍に参陣していた数十人にも及ぶ貴族達の身代金、そして兵を入れて占領していたサヴェリクを返還する代償としてもそれなりの額を受け取り、王家から支払われた報奨金も含め莫大な収入を得ることとなったロートリベスタ家。

 まだ当主となったばかりであった私は、それらを元手として本格的に領地の運営を開始する。

 何しろ、転生という形で私がこの世界へと持ち込んだ知識はどれもオーバーテクノロジーばかりであり、この国の技術で再現しようとすれば膨大な資金を必要とすることとなるのだ。

 当初は数年間は無難に資金作りに専念した上で始めようと思っていたのだが、思わぬ形で莫大な収入があったからにはそれを待つ必要は無い。

 決して技術に関する情報が漏れないように注意しつつ、私は領主としての政務に励み始めた。









 そして、それから七年が過ぎた。

 間違っても情報が領外に漏洩しないように様々なシステムを意図的に複雑に構築したので、それらを完成させるまでにはそれなりの手間と時間を要したが、おかげで機能し始めたそれは我がロートリベスタ領に多大なる利益と実りをもたらしてくれている。

 侯爵家の兵力は今やかの辺境伯家と並び国内でも最大規模に達しており、前回の戦役で第一の戦功を挙げたことと併せ、次の宰相となるための障害はもうほとんど残っていなかった。

 残されている唯一の障害は貴族社会の内部における力関係の問題で私の就任に反対する貴族も多いと予想されることであるが、それとてエクラール公爵家の当主であり私の友人であるエルティ卿が私を支持することを非公式にだが伝えてくれているので、特に問題ではない。

 後は時が来るのを待つだけとなっていたのだが、遂にその時が訪れようとしていた。

 先王であったメルヴェス・レストリージュの崩御と、それに伴う王太子であり第一王位継承者であったフォルクス・レストリージュの即位。

 当然それは非常に大きな出来事であり、これを機に王国の統治機構も変化することとなる。

 先王の国葬、そして新たに王となった陛下の戴冠式に出席するために久々に王都を訪れている私は、それらが終わると彼と内密に顔を合わせて今後の方針について話し合っていた。

 王という形式上とはいえ至尊かつ至高の地位に立ってなおこの方の性質は初めて顔を合わせた時と何も変わっておらず、相変わらず読書を好み国の平穏と繁栄を望んでおられる。


「いよいよですね、陛下。臣は、必ずや陛下が望まれている理想を実現致しますわ」

「すまない、ダリア。お前を宰相にしてやれず」

「お気になさらないでください。陛下の理想を実現するための権限さえあるのならば、私はどのような地位であろうとも構いません」


 私自身ロートリベスタ家の当主であるし、同じように大貴族の当主であるエルティ卿の支援も受けているのでこちら側の勢力もそれなりの規模になっているのだが、とはいえベルファンシア公爵を筆頭として私達と対立する派閥の勢力も決して侮ることの出来ない影響力を誇っている。

 彼らからの圧力もあってある程度譲歩せざるを得ず、結局は名目上だけ中立の大貴族を宰相として立て、私はその下で宰相補佐として実権を振るうこととなったのだが、そのことについて必要も無いにもかかわらずこちらに謝罪の言葉を掛けてくれる陛下。

 思うに、この方は王としては優し過ぎる。

 それは人間としては美徳であっても為政者として、また政治家としては必ずしもプラスであるとは限らないのだが、そうであったとしても手足となって足りない点を補うためにいるのが臣下である私なのだ。

 別に宰相にならずとも、陛下の理想を実現するための政策を行うことが出来るだけの名分と権限さえあれば私はそれで構わなかった。


「頼んだぞ。……頼りにしている」

「ええ、臣にお任せを」


 私の手を取るとそう口にした陛下に対し、頷いて答えを返す。

 互いに多忙であったためにこうして二人きりで顔を合わせる機会はこれまでに数える程しかなかったが、しかし陛下と二人で過ごす時間は私にとってとても満ち足りていて心地がよいものだった。

 安らかな気分を味わいつつ、私は円卓の上に置かれた自らのカップへと手を伸ばし、中身を口にする。

 それで政治に関する話が終わると話題は書物に関するものへと移っていき、次の予定に赴かなくなるまで私達は会話を続けていた。


 翌日、エクラール公爵家の屋敷に招かれた私は、当主であり屋敷の主であるエルティ卿と長方形のテーブルを囲みながら二人で白ワインを楽しむ。

 屋敷が隣同士であり、同じ大貴族である同年代の同性ということもあって仲良くなった私達は、晩餐会や舞踏会で顔を合わせた際にはよく言葉を交わすようになっていた。


「こうして話すのは久々ね、ダリア殿」

「ええ。本日はお招きいただき光栄です」


 互いにそう挨拶を交わすと、白ワインが入ったグラスを手にして中身を口にする私達。

 こういった場面において何が出されるかは、どのような会話を交わすかによって変わってくる。

 香りと味を楽しむことがメインである紅茶の場合はカップが空になるまでの時間が比較的遅く、また空になっても机上に置かれたポットから自分で注ぐことが出来るが、地球で言うデザートワインのように甘いものしか存在せず半ばジュースのような感覚(とは言っても度数はそれなりに強いのだが)で飲まれるワインの場合はグラスが空になるのも早く、また樽に入っているために空になれば侍女に新たなグラスを持ってきてもらうことになる。

 ワインを飲む場合は頻繁に侍女がグラスを換えに来ることになるのだが、他人に聞かせることの出来ない機密色が強い会話を交わす場合侍女が室内に入ってきている時には会話を中断しなければならなくなるので、そうした内容を話す際にはワインを出すことは不適切であるとされていた。

 つまり、白ワインを出してきたということは彼女には今日は貴族としての政治絡みの話をする気がなく、純粋に友人として親交を暖めるつもりであるということだ。


「四日前よりルトレージュ劇場でエトルの新作が上演されておりますが、もうご覧になられたか?」

「いえ、関心はあるのですが、まだ見れておりませんの」


 予想通りに彼女が切り出した話は、演劇に関するものだった。

 この国においては演劇の興行をする劇団も貴族向けと民衆向けとに分かれており、たとえ同じ原作を上演したとしても貴族向けと民衆向けとでは演出や衣装のデザインなどが大きく異なっていたりする。

 大雑把に言えばオペラとミュージカルの違いに近いと表現すればよいのだろうか、主に予算の都合なのであるが貴族向けのものにおいては楽団を呼んで重厚なオーケストラをバックに演じられるのに対し、民衆向けではクラシックギターやハープ、フルートなどの個人で奏でる楽器が用いられることが多い。

 当然用いられる楽器が違えば場の雰囲気も大きく違ってくるし、そもそも奏でられる曲自体も全くの別物になる(オペラとは異なり初めから曲が付けられている訳ではないので、楽団の側で脚本に合わせて作曲された曲が用いられる)ために同じ脚本であっても両者では全く別のものとなって上演されることとなるのだ。

 そしてエトルとは主に貴族向けの劇作家として活躍している人物であり、既に高い名声を得ている彼の新作ということで私もどのようなものなのか気になっていた。


「三日後に劇場の席を取ったのですが、よろしければいかがかな」

「お誘いありがとうございます。とても楽しみですわ」


 書かれた脚本の権利は当然劇作家本人にあり、上映したいと思った劇団は劇作家からその上演権を購入する形になる。

 人気作家の新作となれば多くの劇団が手を挙げてその価格は大きく跳ね上がるのだが、この国の演劇界においては最も高額を提示した劇団が最初の半年は独占的に上演する権利を獲得し、その期間が過ぎると他の劇団も自由に権利を購入することが出来るようになるという慣習になっていた。

 これは多くの劇団に上演権を売って金銭を得たい劇作家の側と、新作を独占的に上演することで客入りを増やしたい劇団の側による駆け引きの結果であり、つまり半年先まではこの劇団の公演でしか鑑賞することが出来ないということだ。

 もちろん貴族向けと民衆向けの劇団では資金力が違うためにそういった競争では後者には勝ち目が無いのだが、そもそも客層の好みからして異なっているために両者で上演される作品はあまり無いのでその辺りは特に問題にはなっていない。

 ともあれ、エトルの新作ともなればかなりの大金で競り落とされただろうし、話題性と人気の高さから言って連日のように劇場は満員が続くはずだ。

 私は、そんな貴重なチケットを取ってくれたエルティ卿に対して感謝の言葉を述べる。

 全面的にこちらを支援(もちろんそれ相応の対価は払っているが)してくれていることといい、王都に滞在する期間が重なれば必ずこうして招待してくれることといい、何かとよくしてくれる彼女には感謝してもし足りない。

 甘いワインを口に含んで空になったグラスを机上に置くと、屋敷の侍女が新しいものと取り替えていく。


「エルティ殿はいつ頃まで王都に滞在なさるのですか?」

「そうね……。二十日後くらいまでかな」

「でしたら、近いうちに我が領地に招待致しますわ。ちょうど、とびきりの演奏を準備しておりますの」

「ダリア殿がそう言うのならば、きっと素晴らしいのだろうね。楽しみにしておこう」


 国内には貴族の支援を受けながら作曲を生業としている者も多いが、その中の一人にアルベロ・カルドナという男がいる。

 どのような曲調やテンポの楽曲であっても不思議とどこか悲壮な雰囲気を漂わせるのが特徴である彼はお世辞にも人気があるとは言い難かったが、個人的にはその作品には好みなものが多いので、私はパトロンとして金銭的な支援をしつつ彼の曲が使われる機会が増えるように各所に働きかけをしたりしていた。

 そんな彼であるが、先日題名を『鳴弦』というらしい傑作が完成したと手紙を送ってきていたので、それを領地に戻ったら我がロートリベスタ家が抱えている楽団に演奏させて鑑賞する予定であり、その席に今日こうして招いてもらった礼にエルティ卿を招待しようと思うのだ。

 広く人気が出るような作風の持ち主ではないとはいえ、最高傑作であるという言葉を信用して友人をそのお披露目に招いても大丈夫だと判断するくらいには、私は彼の作曲技術を信頼している。

 自信を持って最高傑作であると言うからにはそれ相応に素晴らしい完成度の曲なのであろうし、耳にするのがとても楽しみだった。

 それからも貴族の女性達の間で流行している小説の話題を中心に、ワインを片手に盛り上がった私達。

 そのまま夕食も共に食べることとなり、久々の再会に旧交を温めた私達が別れたのはすっかり酔いが回り夜半近くとなってからだった。

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