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int.4 宮廷

 石畳によって舗装された街道の上を馬車が進み、それに伴う振動が私の身体を揺らす。

 ロートリベスタ家の紋章の入った巨大な馬車には私と両親が乗っており、その周りは護衛として領地から伴われた千人近い私兵が囲んでいる。

 馬車は一台だけではなく私達や兵達が道中で食するための食料を積み込んだ馬車が何台か後ろに続いており、その荷台には蕎麦を中心とした様々な材料が載せられていた。

 馬車のすぐ側には私の侍従であるエドワルドも以前父から与えられたエレティド・パヴラートが打った剣を腰に佩いた状態で馬に乗って同行しており、窓から外を見れば彼の横顔が確認出来る。

 こうして馬車に揺られ始めてもう二十日以上が過ぎただろうか、普段暮らしている館を出立した私達は一路王都を目指していた。

 街道がきちんと整備されている点からはこの国の文化レベルの高さが窺われ、一定間隔ごとに宿場町が存在しており、貴族だけでなく民衆にも多く利用されている辺りからは旅が盛んであることが見て取れる。

 旅が盛んであるということはそれだけ民衆が豊かであるということであり、ベルフェリート王国がどのような国であるのかの一端を垣間見ることが出来た。

 そして宿場町にある貴族向けの宿に止まりつつ王都へと進んできた私達の目の前に、遂にそれが姿を現す。

 遠目に見える城壁はどこまでも長大に広がり、ここから分かる横幅だけでもその規模の程が如実に理解出来る。

 高さそのものは然程でもないようだが、しかし目算だが十キロ近くに及ぶのではないかという長さはそれが囲む中身である都市の繁栄や人口の多さなどを誇示しているようだった。

 これまでもそうであったが、王都へと近付くにつれてすれ違う商人のものらしい馬車や旅人らしい民衆の姿が多くなる。

 私達は馬車自体の大きさとそれを囲む私兵の部隊とでそれなりの面積を取っているのだが、しかし街道にはそれでもすれ違うには十分な広さがあるために特に問題は無かった。

 開け放たれている巨大な城門(有事の際を除けば一日中閉ざされることのない王都の城門が開け放たれていることそのものがこの国の繁栄の象徴とされているらしく、前回に城門が閉ざされたのは四百年以上前の建国初期にまで遡るそうだ)を潜ると、その奥に広がっていたものは無数の人の姿と活気に満ち溢れた街の様子だ。

 両側に業種を問わず多くの店舗が軒を連ねている二百メートル近くあるだろう正面の大通りには民衆が溢れ、その先にある王宮と思わしき建物がごく小さくしか見えないくらいに長く続いている。

 とても数え切れないくらいの人が歩いている大通りだが、しかし広さ故に私達がその中を通っても混乱などが起きる様子はなく、さすがに縦に長く隊列は変えているものの千人近くの集団はゆっくりと奥へと進んでいく。

 そのまましばらく進み続けているとやがて周囲の雰囲気が少し変わり、道の両側に立っている建物は民衆で賑わう商店ではなく塀に囲まれた大きな屋敷になっていた。

 通りを歩いている人影もチュニックを纏った男女が多く見られたこれまでとは違い、我が侯爵家のそれとは異なった意匠を持つどこかの家のものだろう制服を纏った使用人らしい人の姿が多く見受けられるようになっており、俗に中央区と呼ばれている貴族が住んでいる地区に入ったことが分かる。

 王都そのものの規模が巨大であるために、街中を移動するだけでもそれなりの時間が必要となる。

 中央区に入ってからもなお数十分程が過ぎただろうか、まるで城壁のような石造りの塀に囲まれ門の両側を私兵に護られた屋敷が立ち並ぶ中において、元々大きなものばかりである中でも更に一際広大な屋敷の前に差し掛かると、そこで馬車が立ち止まった。

 どうやら、ここが王都にあるロートリベスタ家の屋敷らしい。

 この国における貴族の館とはそれ自体が周囲に城壁を張り巡らされた防衛拠点であり一種の城のようなものなのだが、それは王都に建っているものであっても変わらないようで、まるで城門のような鉄製の扉が音を立てて開かれていく。

 馬車が開き終えた門を潜ると、その先にあったのは領地の館にあるそれにも全く見劣りしないような広大な庭園と噴水であり、あまりの美しさに思わず目を奪われる私。

 来訪者を両側の花壇から美しく出迎える花々を眺めている間にも馬車は進んでいき、やがて屋敷の入り口のすぐ前で立ち止まる。

 両親に続いて馬車を降りた私は、二人の背中に続いて屋敷の中へと向かった。


 そして翌日の昼下がり、与えられた私室のベッドで一夜を明かした私は、目を醒ましてしばらくした後に今まで着たことの無いような豪奢なドレスをメイド達から着付けられている。

 屋敷にいる時にも両親と顔を合わせる際などには普段よりも豪華なものを纏っていたが、今着付けられているこれはそういったものと比してなおずっと華やかだった。

 そもそも、私がこうして両親と共に王都に来たのは、今宵開かれる私より二つ年上だというこの国の王太子の王立学園への入学を祝した晩餐会へと参加するためである。

 十一歳になった私をこの晩餐会でお披露目させるつもりのようで、そのことについて馬車の中で両親から詳しい話を聞かされていた。

 晩餐会は貴族にとっては歴とした公の場である上に今回は王族も出席するので、この日のために名だたる仕立屋にドレスを用意させたのだという。

 その言葉に違わず、着付けが終わった白いドレスは中に幾重にもパニエを重ねていることによってまるで大輪の花のようにスカートの部分が膨らんでおり、それでいて細部まで厳密に作り込まれた意匠はドレスを一種の芸術にまで引き上げていた。

 ドレスを着せられ終えると、続いてそのための道具を持った侍女によって髪が結い上げられ、メイクを施されていく。

 当然であるが一連の過程にはそれなりに時間を要するので、もう準備を始めてから数時間が過ぎた頃、ようやく全てが終わり私は部屋を出る。


 屋敷の外に出た私は、再び両親と共に馬車に乗り込んで今度は王都の中心部にある王城を目指す。

 それ自体が城壁に囲まれている王城はかなりの面積を誇っており、さながら城の中に城が存在しているような風情である。

 昨日とは違い中央区の中であるために十人前後の兵と私の侍従であるエドワルド、そして母の侍従であるイヴァルロンドという壮年の男(私も顔を合わせたのは今回の旅が初めてだった)のみが護衛する馬車は、軍勢が通ることを想定しているらしくやはり百メートルを遥かに超える横幅を持つ通りを進む。

 エドワルドは同じ侍従という職務の大先輩に当たるイヴァルロンドに随分と懐いているようで、領地からの道中でも休憩の際などに様々なことを尋ねているのを目にしていた。

 計画都市である王都は中心に位置する王城を囲むようにして貴族が在住する中央区が作られており、ましてや国内でも有数の大貴族である我がロートリベスタ家の屋敷は相応の大きさを持っていると同時に王城にごく近い区画に立てられているのだが、しかし近いとは言えども元の広さがかなりのものであるために到着までには一時間近くもの時を要する。

 およそ屋敷の入り口からすぐ右隣に建っているエクラール公爵家の入り口の間を移動するのにいくら比較的緩やかな速度で進む馬車でとはいえ十分程度の時間が必要だったことを考えれば、王都の広大さがどれ程なのかがよく分かるというものだ。

 当然ではあるが中央区の通りの地表は石畳で平坦に舗装されており、馬車から伝わる小さな振動に穏やかに揺らがれつつ進んでいると、やがて城門が姿を現す。

 開け放たれ、時折貴族やその使用人と思しき人々が出入りするそこを潜ると、その先にはいざという時に兵が籠ることを前提にして作られた大きな広場があった。

 入って右側にある巨大な厩舎に近寄ると馬と引かれていた馬車を預け、外に出た私達は正面にある荘厳な石造りの王宮へと歩いていく。


 私達へと宛がわれた客室はさすがは王宮と言うべきか非常に広く調度品も豪華であり、来訪者に対して王家の威光を示そうという目論見を見事に実現してみせていた。

 窓から色とりどりの花が無数に咲き誇る庭園を眺めながらしばし時間を潰していると、やがて日が少し傾きかけた頃にもうすぐ晩餐会が始まることを伝える侍女が部屋を訪れる。

 そのまま廊下に出た私達五人は、案内役も兼ねているらしい彼女の背に続きながら延々と続くような錯覚さえ感じる長い廊下を歩き進む。

 途中に飾られている絵画や彫刻などの美術品はどれも見事な物ばかりであり、それらのことを父も母も揃って熱い視線で見つめていた。

 五分以上は歩き続けただろうか、やがて私達は晩餐会の舞台となる大広間の前へと辿り着き、侍女の手によって開かれた扉を潜って室内へと足を踏み入れる。

 その奥にあったのは、千人以上の人間が入ってもまだ十分な余裕があるのではないかという程に広大な空間。

 正面にある舞台が遠目にしか見えない部屋の天井からシャンデリアがいくつも吊るされている光景に思わず圧倒されつつも、立ち止まりはせずに先に進む私。

 家の力によって暗黙のうちにある程度席次が決まるこういった場において、ロートリベスタ家の位置は王族のそれに近い場所、即ち並んでいる中で最も前にある丸テーブルである。

 侍従であるエドワルドとイヴァルロンドは後ろに控える形で入り口付近で立ち止まり、私はそこを目指して真っ直ぐに歩を進めていく両親の後に続き、現在進行形で王宮に仕えている侍女達が厨房から運ばれてきた様々な料理が載せられた大皿を慌しく机上に並べている中を通り抜ける。

 そして目的地であったテーブルの周りに到着すると、丸いトレイを持った侍女がこちらに近付き、甘く香る白ワインで満たされたグラスを手渡される。

 礼法からすれば飲んでも問題ないならばどれだけ口にしても構わないとはいえ、貴族たる者酔って失言などがあればまずいということで、この晩餐会への参加が決まった後に白ワインをいくつか母より渡され、どこまでならば飲んでも大丈夫なのかを確かめておくように言われていた。

 幸いにもこの身体はアルコールにはかなり強いようで、結局全く酔うことが無かったのでこの分ならば相当飲んでも大丈夫だろう。


 そうしているうちに他の貴族達も室内に揃っていき、やがて前方にある舞台の上に現在この国の王位にあるメルヴェス王が姿を見せる。

 恰幅のよい身体に薄い青のローブを纏いこちらを眺める彼の隣には今宵の主役である王太子と思わしき一人の少年がおり、同じようにこちらを眺めていた。

 当然会場に居並ぶ貴族達は頃合いを見計らって彼らに挨拶をすることになるのだが、その際は最前列におり爵位も高い私達の優先順位は高い。

 上下を繋ぐように舞台の中央付近に置かれている階段を用いて両親と共に壇上へと進み、王と王太子の前で跪く。


「今宵はよくぞ我が息子の祝いの席に来てくれた、ヴィデルとドミツァナよ。そこな娘はダリアか?」

「はい。娘も殿下を祝いたいとの思いでこちらに参った次第」

「おお、そうか。ダリア、お前も今宵を楽しみ、フォルクスのことを祝ってやってくれよ」

「陛下のお心遣い、大変痛み入りますわ」


 父と王とが互いに言葉を交わし、その中で今夜がお披露目である私のことが王へと紹介される。

 すると、王と王太子の視線が、跪いている私の方へと向けられた。


「フォルクス、今宵はお前が主役なのだ、お前からも何か言うといい」

「ええ、父上。……三人とも、私のための席によく来てくれた。宴を存分に楽しんでいってくれ」


 私達へと向けてそう告げる王太子。

 彼の晴れ舞台である今回の晩餐会には国内にいる全ての貴族が招待されているし、所要で出席出来ない者を除いてもかなりの人数が参加している。

 なのであまり長く話していては莫大な時間を要してしまい、それこそ明日の今頃になっても終わらないだろう。

 そのために交わされるやり取りは簡易であり、私達は王子からの言葉を受けると舞台から降りていく。


 舞台の上を後にして、与えられた席へと戻った私達。

 適当にテーブルの上に並べられている料理へと手を伸ばしていく私達の周囲には、多くの貴族が集まっている。

 言うまでもなくこういった場は(招かれた貴族にとっては)他の貴族との親睦を深め人脈を作るための席であり、そのために皆様々な相手に対して話し掛けるのだが、しかし私の両親のような大貴族の場合はそうではない。

 持っている力が大きければ、当然その力を頼りにしようとする者も出てくることとなり、自然と大貴族の周囲には派閥のようなものが生まれていく。

 つまりは、こちらから動かずとも中小の貴族達が集まってくるため自然と多くの相手と会話を交わすことになるのだ。

 両親は多くの貴族と会話を交わし、その中で私も同じように晩餐会に来ている子息達と談笑していた。


「王宮楽団の演奏は素晴らしいですね」

「ええ、聞き惚れてしまいますわ」


 晩餐会の最中にも、一種の背景音楽として王家に雇われている楽団によって弦楽曲が演奏されている。

 王家から召されるだけはあってその演奏技術の程は傑出した者ばかりであり、彼らの手によって奏でられる楽曲の数々は晩餐会の優雅な雰囲気を壊すことなく、それでいて雑音と共に聞き流されないように自己を主張し、思わず聞き惚れる程だった。

 このような場で流されるからには元の楽曲の完成度が高いのは当然なのだが、しかしそれを実際に演奏する弦楽器の音の一つ一つが麗しく重厚であり、確かな響きを以て楽曲の美しさを引き立てている。

 両親の側に控えながらその演奏に耳を傾けている私は、それについての感想を同年代の少年と語り合っていた。

 本名をアメデオ・オーロヴィアというらしいこの少年はオーロヴィア子爵家の子息であり、子爵夫妻が私の両親に挨拶に来たのに伴ってこちらに来た彼と先程から会話をしているのだ。

 デザートワインの甘い味わいで舌を潤しつつ、しばらくアメデオとの会話を続ける私。

 やがて子爵夫妻の挨拶が終わると、それに伴って彼も離れていく。

 グラスを傾け、同年代の子女達と言葉を交わし、時折料理を口にし、やがて夜が更けかけた頃に晩餐会は終わりを告げたのだった。









 翌朝、王都のロートリベスタ家の屋敷の柔らかなベッドで一夜を明かした私は、馬車に乗って一人で王宮を目指していた。

 普段は領地にある屋敷で暮らしており用がない限りあまり外に出ることのない両親だが、せっかく王都に来たということでこの機会にしておきたいことや会っておきたい相手がいるらしく、まだ数日は王都に滞在するとのことだったのだ。

 私としては特に王都でせねばならないことも無いので、せっかく空いた時間を使って王宮にある書架に行ってみることにしたのだ。

 王宮内の書架はやはりかなり巨大なものであり、その中には膨大な量の書物が所蔵されていると聞く。

 もう実家にある本は全て読んでしまったので、それ以上の知識を得るためにもぜひ未だ目にしたことのない書物を読んで新しい知識を身につけたかった。

 昨日と同じように馬車と馬を厩舎へと預けた私は、そのまま侍従であるエドワルドと共に王宮へと足を踏み入れ、近くを歩いていた侍女に書架の場所を尋ねる。

 案内をしてくれるという彼女の背中に続きながら私は廊下をしばらく進み、やがて二階の奥の方にある書架の前へと辿り着いた。

 エドワルドに部屋の前で待っているように伝え、私は木製の扉を開いて中に入る。

 本を所蔵する場所であるためか、室内は意図的に薄暗くなるように作られているようで、この場所に限って絨毯が敷かれず壁と床の石が剥き出しになったままになっていることもあり、冷ややかな空気が頬に触れた。

 他に誰もいないらしい室内には静寂が広がっており、一歩足を進めるごとに履いているヒールが石造りの床を打つ音が響く。

 静けさに心を休めつつも、近くにある棚に近寄って背表紙の文字を眺めていく私。

 時折興味を惹かれるタイトルの本を見つけると、それを手にとってぱらぱらとめくっていく。

 こと、無数にある本の中でも最も興味を惹かれたのがこの国の芸術に関しての本である。

 地球上に過去存在した文化とは共通している部分も多々あるが、ベルフェリート王国がそれらを生み出した国々とは全く違う歴史を辿っている以上、当然ながら全く異なっている部分も多く存在している。

 また、音楽であれば音楽史を記した本や楽典など、絵画であれば絵画史を記した本や画家別の作品解説書など、一つのジャンルにまつわるものであっても幾種類もの書が存在しており、ジャンルの中の更に特定の分野に限定したとしても膨大な量に上るそれらを私は夢中になって読み耽っていく。

 中でも、どうしてかは分からないがピアノが存在しないこの世界においては作曲もピアノによってではなくヴァイオリンによって行われるため、作曲技法などが一部異なる部分があるのが読んでいて特に面白かった。


「珍しいな、この場所に職務のため以外で訪れる者がいるとは」


 紙をめくる指がおよそ五十年くらい前に活動して史上最高とも謳われる程に高い評価を獲得したリベルト・カッラという作曲家にまつわるページに差し掛かった頃、ふと私の耳に後ろから誰かの声が聞こえる。

 振り返ると、そこにいたのは昨日晩餐会で顔を合わせたこの国の王太子であるフォルクス・レストリージュだった。

 石が剥き出しになっている都合上ちょっとした音でも大きく響く場所なので、誰かが室内を歩けばその足音が聞こえるはずなのだが、どうやらそれにも気付かない程に私は読書に熱中していたらしい。

 いきなり声を掛けられる形になった驚きを内心で押し殺しつつ、私は読んでいた本を置くと椅子を降りて彼へと跪く。


「お前は……確かダリアだったか」

「はい。殿下に名をお覚えいただけて光栄ですわ」


 昨日は顔を合わせたのも言葉を交わしたのも結局あれきりだったのだが、しかしながら彼は私の名を覚えていたらしい。

 よく見ると、王子はその手に本を何冊か持っていた。


「驚かせてすまない。俺には構わず読んでいてくれ」


 そう言って彼が私が座っていた椅子の隣に座ると、そのまま手にしているうちの一冊を開けて読み始める。

 逃げる訳にもいかない、私も席に戻ると、再び先程の読みかけのページを開き直した。

 どうやら彼はエキュレという著者によって書かれた国政にまつわる本を読んでいるようで、時々眉を顰めさせていた。


「恐れながら、殿下はとても勤勉でいらっしゃるのですね」

「俺はいつか王になるのだからな。学園に入れば学ぶことになるのだろうが、それまでに少しでもいいから身につけておきたいのだ。だが、やはり難しくてよく分からん……」

「何のために学ばれているのですか?」

「俺が政治のことを知っていなければ、皆を幸せには出来ないだろう? だから、気が急ってしまってな」


 横合いから問い掛ける形で声を掛けた私に対して、彼はそんな答えを返す。


「殿下はお優しいのですね」

「優しい?」


 日本で、そしてこの国で様々な人間を見てきた私からすれば、王子はとても優しいと思う。

 偉大な王になろうという目標は、初めからその意思を持って行動しなければ成し遂げられないことだ。

 また、そういった意味で彼はそのための可能性を手にしており、一人の人間として偉大だとも感じる。

 それに対して、訝しげに尋ね返してくる彼。


「いえ、お気になさらないでくださいませ。僭越ながら、私もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」

「ああ、一緒に考えてくれ。ここなど、どういう理由でこのような構造になっているのかが説明を読んでもさっぱりだ」


 彼が指で示した箇所の文章を見ると、そこに記されていたのは貴族の私領にある鉱山に対する課税に関しての文章だった。

 この場で軽く目を通してみたが、どうやら利権を巡って王家と諸侯がせめぎ合う中でどんどん仕組みが煩雑化していったらしく、確かに相当ややこしいシステムになっていた。

 私はかつて数字を扱う仕事をしていた経験を生かし、それを適当に噛み砕きながら彼へと説明していく。

 こちらとしても、善政を目指している彼を手助けすることはやぶさかではない。

 その後も日が暮れるまで共に政治に関する書物を読み進め、解説をしていったのだった。

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