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18. 桃李満門

 敗走する敵を味方が追撃していく中、私はクルシュクレ侯爵を捕らえたユーフェルと向かい合っている。

 彼の後ろには百人に達するか達しないかという少数ながらも武装した男達がおり、鎧のデザインなどからして実家であるアヴェイン男爵家の私兵であると思われた。


「お久しぶりです、アヴェイン様。このような場所でお会いできるとは思っておりませんでしたわ」


 予想外の人物の登場に戸惑っている私だが、ひとまずそう声を掛けて馬上で礼をしておく。

 単純にまだ学生であるユーフェルが何故ここに、という驚きもあるが、それ以上に予想外だったのはアヴェイン男爵家の嫡子である彼が私兵を率いて現宰相側の軍勢と戦ったことだ。

 彼の父である男爵はそれなりに現宰相と近い人物であるし、だからこそまずこちら側につくことは無いだろうと予測していたのだが。

 遠回しにだが、そういったニュアンスも挨拶の言葉の中に籠めておく。


「父さんも母さんもいつも通り家にいなかったから、勝手に兵を集めてきちゃったよ。勝たなくちゃ、もう家に帰れないね」


 だが、彼の返答はまたしても私の予測の更に斜め上を進むものだった。

 当主が館に常駐出来るのは一部の大貴族に限られており、大半の貴族は生活のために官僚として各地を動き回っているために夫婦どちらも館にいないこと自体はそう珍しくないが、まさか実家に両親がいない間に兵を連れて出て、更に実家の敵に味方するなど予想できるはずもない。


「……よろしいのですか?」

「貴族として失格なのは分かってるよ。でも、どうしてもサフィーナちゃんのために戦いたくてさ」

「ありがとうございます。心よりの感謝を申し上げますわ」


 いつもと変わらない軽薄そうな笑みを浮かべているが、しかし彼が置かれた立場はあまりよくない。

 私達が勝ったとして、その際に与えられるアヴェイン家への罰は恐らく領主の交代程度で済むと思われるので、そうなれば代わりに次の当主となるのは嫡子であるユーフェルその人だ。

 だが、そうでなかった時には彼は間違いなく嫡子の座を失うことになる。

 そう尋ねると、彼は少し自嘲するような表情を浮かべた後、元の笑みに戻して私のためという答えを返してきた。

 その内容はこれもまたやはり予想外のものだったが、しかし友人として手助けに来てくれたと思えば素直に嬉しい。

 彼自身も言っているように、貴族としては間違っても褒められた行動ではないが、しかしそれを省みずに私との友情を優先してくれたということは一人の人間として感謝したい。

 それに、今しがたの戦いでいろいろと問題点が露呈したばかりであるという現状を考えれば、貴族である彼の助力は率いている兵の数以上にありがたいのは確かだった。


「伝令、追撃を中止し戻るよう皆様にお伝えしなさい。アヴェイン様、皆様の到着を待って館に入りましょうか」

「そうだね。少し疲れたかな」


 追撃を中止して集まるように友軍に指示を出した後、私はユーフェルにそう声を掛ける。

 それに対し彼は僅かに疲労の色を露わにしたが、それも仕方がないだろう。

 体力をある程度使うものなのだから、初めての行軍ともなれば疲れない方がおかしい。

 そしてこちらへと戻ってくる諸侯の部隊をしばらく待ち、私達はそのまま館へと入った。









 門を潜って城壁の内側へと入った私は、麾下の部隊を解散させて一日の休暇を与える。

 同時に、安全のために館の内部へと収容されていた城下町の民衆を解放して街へと戻らせる。

 そういった作業にそれなりの時間を要しつつも、守備兵の編成を決めてこの地を王子側に組み込むための作業を終わらせた私は、館にあった執務室で休んでいた。

 そんな折、外から入り口の扉が叩かれる。


「どうぞお入りください」


 そう声を掛けると、外から扉が開かれその向こうから青地の服を纏った一人の少年が姿を現す。

 ピンクベージュの髪を前の部分だけわざと跳ねさせるようにした髪型の彼は、言うまでもなくユーフェル・アヴェインその人である。


「どうしたの? サフィーナちゃんから声を掛けてくれるなんて珍しいよね」


 入室した彼は胸に手を当てて軽くこちらに礼をすると、こちらにそう尋ねてくる。

 言われてみれば確かに学園にいた頃に私からユーフェルに声を掛けたのは結果的にセリーヌ嬢を助けることになった買い物の際くらいだが、先程館のメイドに命じて彼を呼び出してもらったのは私だった。


「せっかく来ていただいたのですし、ゆっくりお話をしたいと思いましたの。まだお礼も出来ておりませんし。どうぞそちらにお座りください」


 私はそう伝え、彼に部屋にあった円卓の椅子に座るよう勧める。

 そして自らも執務机の側から立ち上がると、用意させていたポットを手に取り紅茶を淹れていく。

 熱湯から立ち上る白い湯気と共に、室内に広がっていく穏やかな香り。

 淹れ終えた二つのカップのうちの片方を彼の目の前に置き、もう一方をその向かいに置くと、私も彼の正面の席へと腰を下ろす。


「サフィーナちゃんの淹れたお茶を飲むのもこれが初めてだよね。嬉しいな」


 そう言いながら、カップの持ち手に指を通して持ち上げ、口元へと運んだそれを傾けるユーフェル。

 私も同じようにして、彩やかに色付いた中身を口に含んでいく。

 それから数秒が過ぎ、互いのカップが置かれると、閉ざしていた瞼を開けた私は彼の方へと目線を向ける。


「此度は救援に来ていただきありがとうございます。先程も申しましたが、心よりの感謝を申し上げますわ」

「気にしないでよ。僕がサフィーナちゃんのために戦いたいと思っただけだからさ」

「まさか、自らの立場を捨ててまでこうして来ていただけるとは夢にも思っておりませんでした。アヴェイン様のような友人を持つことが出来て光栄ですわ」

「あはは、友人か……。確かにそうだよね」


 ユーフェルに感謝の言葉を伝えると、何故だか落胆したような表情を見せる彼。

 今のやり取りに何かあっただろうか。


「どうかなさいましたか?」

「いや、何でもないよ。気にしないで」


 不思議に思い尋ねると、彼はそう言って笑う。

 よく分からなかったが、とりあえず話を続けることにする。


「それならばよいのですが……。申し訳ありません、まだ私にはお渡し出来るようなものなど何もありませんので、きちんとしたお礼が出来るのは殿下が即位式を行われた後になってしまいますわ」

「別にお礼がほしくて来た訳じゃないから別にいいよ。それよりも、せっかくだから家名じゃなくて名前で呼んでほしいな」

「よろしいのですか?」

「うん。僕にとってはそれが一番のお礼だよ」

「それならば……。此度はありがとうございます、ユーフェル様」


 今までは彼のことを家名で呼んでいたが、名前で呼ぶように要望される。

 たったそれだけでいいのかと問い返すと、彼は笑顔で頷いた。

 つまりは友人として余所余所しい呼び方をされるのは好きではないということなのだろう、当然私としてもそれは構わないので、希望通り名で呼ぶことにする。

 そして再びカップを傾けると、その中身が空になった。

 そろそろ、本題を切り出す頃合いだろうか。


「さて、ユーフェル様。もしよろしければ、私を補佐していただけませんか? どうにも人手不足ですし、このまま一人で指揮を執り続けるには限界を感じておりましたの」


 急造の組織なのだから当然ではあるが、一番の問題点としてまず人材が足りない。

 それは才覚のある人物がいないということではなく、適所にそういった人物が配置されていない、もしくは配置したくとも出来ないということだ。

 従軍する諸侯に配慮しなければならないなどの問題点についてはあちらとて全く同様なのでそこまで重大な問題ではないが、人材不足については向こうは既存の組織をそのまま使っているために人材が充足していることを考えると、場合によっては致命傷になりかねない。

 今回は勝利することが出来たが、仮に現状のままで精鋭として知られる第三騎士団と戦えば、指揮どころではないので当然だが惨敗を喫するだろう。

 訓練などの中でユーフェルの指揮能力については確かめなければならないが、副官役を安心して任せられる信用のおける貴族となると今は彼の他にはいない。

 ただし、それを彼が承諾してくれるかどうかはまた別の問題だった。

 何しろ彼もまた少数とはいえ軍勢を率いて参じたのであり、もし功績を得ようと思うのならば副官にでもならずこのまま上にい続けた方が効率的なのだ。

 こればかりは、彼の気持ち次第なのでどうしようもない。


「もちろん。戦うのなんて初めてだしどれだけやれるかは分からないけど、サフィーナちゃんを少しでも楽に出来るように頑張るよ。活躍の噂はいろいろ聞いてるからね」

「ありがとうございます。ユーフェル様と共に戦えますこと、とても心強いですわ」


 ベルファンシア公爵家やヴェルトリージュ辺境伯家のような大貴族であれば豊富な家臣団を持っているので特に問題は無いが、カルロとクララ、そしてアネットくらいしか身内として物事を頼める相手がいない私にとって、彼が力を貸してくれるというのはかなりありがたい。

 私は、副官の役割を承諾してくれた彼に対して礼をし、感謝の言葉を述べる。


「あ、それと、ヴィラルド伯爵がベルファンシア公爵と対立して身の危険を感じてるみたいだよ。政治的な理由じゃなくて、個人的なわだかまりらしいけどね」

「では、挙兵なさるよう接触してみるのがよいかもしれませんね」


 学園にいる時から、彼はやたらと貴族社会における人間関係に詳しかった。

 そんな彼からもたらされた情報は、試してみる価値は十分にあるだろう。

 早速明日にでも使者を出してみようと考えつつ、伝えるべき本題を終えた私は二杯目の紅茶を彼我のカップに注ぎ、その後もしばらく彼と雑談に興じていた。


明日も更新致します。

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