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14. 帰路

 ヴェレチェニン侯爵を纏め役とした諸侯の連合軍四万七千を撃破した私は、そのままクリングヴァル伯爵の元に挨拶に赴いていた。

 接近するこちらの姿を認め、向こう側にいる兵達が大きな歓声を上げる。

 彼らにとっては、大軍に包囲されていた中で寡兵で敵を撃破してみせた私達はまさに救世主のようなものなのだろう。

 当然喝采を投げ掛けられて嬉しくないはずもなく、傘下の兵達も嬉しそうな表情を浮かべていた。

 そして一定距離にまで近付くと軍勢を止め、私はヴァトラの首筋を撫でるとすぐ後ろにカルロだけを伴って伯爵の下に近付いていく。


「お久しぶりです、クリングヴァル様。ご無事で何よりです」

「いや、私こそ覚悟を決めていたところでしたからな。オーロヴィア殿が来られて助かりました」


 軍議の際などに何度か顔を合わせている彼に礼をしながらそう声を掛けると、こちらに言葉が返される。

 齢四十を既に超えている伯爵は表情に疲れを滲ませつつも、しかし先の見えぬ籠城生活から開放されたためかその声色は明るかった。

 小貴族であるキュリエラ男爵家の館には四千近くの兵が長期間食い繋げるだけの兵糧など備蓄されていなかっただろうし、そういった意味においても大軍に囲まれた彼の心労は大きかったのだろう。


「そのようなことは。逆徒を撃ち破ることが出来たのはご助力があればこそです」


 そう返した私の言葉はあながち嘘ではなく、奇襲によって西側に布陣していたヴェレチェニン侯爵と南側のランツァ伯爵の軍勢は単独で撃破することが出来たものの、残りの二つの軍勢に関しては館に籠っていた軍勢が撃って出なければ少数である私達だけではどうにも出来なかったのだ。

 館の兵が戦闘に参加しなかった場合は捕らえた二名の身柄を返還する代わりにキュリエラ男爵家領から撤退するように交渉するしかないかと考えていたりしたので、こうして最善のシナリオに持ち込めたことは僥倖だった。


「早速ですが、これからの仔細について打ち合わせましょう。未だここが逆徒に四方を囲まれた死地であることは変わりませんわ」

「それもそうですな。―――アロイス、バルドメロ殿をこちらにお呼びしろ」


 貴族の世間話といえば茶や芸術についての話題が主であるが、それらは今のような場でする内容ではないし、もう少しこの先の形勢が見えてくるまでは派閥を作ったりする気も無い。

 なので事務的な挨拶を早々に済ませ、そのまま鹵獲した物資の分配や捕らえた貴族達の護送の段取り決めなどの実務的な折衝へと入ることにする。

 すると伯爵は近くにいた副官らしき男に対して城内に残っている(恐らく館の守兵として残されたのだろう)男爵を呼び出すように命じ、アロイスと呼ばれた彼は近くの騎兵に使者の役目を与え、それを受けた兵は馬を疾駆させて薄く巻き上げられる土煙と共に館の入り口の方角へと向かっていった。

 しばらくすると遠くに再び土煙が見え、護衛らしき兵十数人に囲まれた男爵と思わしき男がこちらに近付いてくる。


「お初にお目に掛かります、キュリエラ様。サフィーナ・オーロヴィアですわ」

「おお、此度は救援助かりましたぞ。バルドメロ・キュリエラです」

「これよりの日程や手筈について打ち合わせようと思いましてな。バルドメロ殿をお呼びした次第」


 黒い礼服を身につけた五十代に差し掛かっているだろう彼と騎乗の礼をして挨拶を交わすと、伯爵が呼び出した理由を彼に伝える。

 この場で最も爵位が高いのは伯爵である彼なので、私や男爵にも彼が司会のように話を進めていくことに対して特に異論は無く、そのまま場の進行を委ねた。

 とは言っても然程打ち合わせなければならないことが多い訳ではないし、あくまでも局地戦に勝利しただけであり何かしらの利権が絡む訳でもないので、伯爵による司会の下にさくさくと進んでいく簡易的な会談。

 ちなみに、彼が身につけているのはベージュの下地にオレンジ色の装飾に彩られた軍服である。

 宮廷内などの公の場とは違い戦場での貴族の装いには命が掛かっているのだから当然ではあるが特に決まりは無く、人によって何を身につけているかは様々だ。

 基本的に戦場において貴族は自らの私兵を後方から指揮する役割なので、動きやすいよう日本で言うところの洋服のようにかなり構造を簡略化された専用の軍服が用意されているのだが、必ずしもそれを着なければならないという礼法がある訳ではない。

 例えば今の私は略装のドレスを纏っているし、前世においては今より二十センチ程背が高かったこともあって男物の軍服を着ていることが多かった。

 後方で指揮を執ることが主ならば目の前にいるキュリエラ男爵のように宮廷で身につけるような正装で戦場に出る者も多いし、自ら先頭をきって武器を振るい敵陣に突撃するような勇猛な貴族であれば、前世で戦勝祝いの宴の余興として飲み比べをしたことがある(ちなみに結果は引き分けだった)当時のステファノプロス子爵などのように全身鎧を着る例もある。

 もっとも、全身鎧に関してはそもそも彼のように先頭に立って敵に突撃するような貴族自体が希少なのであまり着る者はいないのだが、時代を遡るとこの国の建国時に宰相を勤めていたカロッカ公爵も同じように全身鎧を着て敵に突撃を仕掛けていたという先例があるので、何の問題も無い。


「最後に、捕虜の処遇については各々で決定するということで宜しいですな?」

「ええ、こちらとしてもそれで異論はありません」

「では、そろそろ私は次の戦線へと赴きますわ。また軍議の場においてお会いしましょう」


 二メートル近い身長と丸太のように太い腕、顔の下半分を覆うように伸ばされた黒い髭などまるで熊のような外見と、それに違わぬ豪放な性格の持ち主だった子爵のことをふと思い出していると、やがて話が纏まり会談が終了する。

 となればここに留まって二人と長話をする意味は今はまだ無いので、言外にこの救援が無作為なものであることを伝えつつ、私は別れの言葉を告げて自らの軍勢の方へと戻っていく。









 キュリエラ男爵領を後にした私達はその後もいくつかの戦線で味方の救援に成功し、全てを合わせるとかなりの数の捕虜を得た私達は以前と同じように素質のありそうな者を抜擢して軍勢に加えることによって総勢が五千を超え、また乗り手を失った馬をかなりの数確保したことによってその全てが騎兵となっていた。

 残りの捕虜達と、確保した現宰相側の貴族の身柄に関しては帰還する友軍の軍勢にこちらから百人程を割いて同行させ、彼らにレールシェリエまで護送するように命じてある。

 五千の騎兵ともなれば機動力、攻撃力共に抜群であり、前回レールシェリエを出立して以来七つ程の戦場を転戦しているので、兵達を休ませる意味も込めてそろそろ一度帰還しようと思い、現在私達は南部地域の入り口であるルヴジェントを目指して進路を南西へと切っていた。


「ファルトルウ・ヴェルトリージュ様の率いる八万の軍勢が十日程前に辺境伯領を出陣、遭遇したアストリー侯爵の軍勢を撃破致しました。また、南部ではテオドール殿の軍勢も勝利を収めております」

「そう、ありがとう。では続けて各地の情報収集をお願いするわ」

「畏まりました」


 クララの指揮下にある密偵より、各地の情勢についての報告を受ける私。

 東方では遂に辺境伯家の私兵の編成が終わったらしく、それを率いるルウが初陣ながら見事に勝利を収めたという報告を聞く。

 元々、伝統的に仲が悪く争いが絶えなかったラーゼリア王国との国境を一手に担ってきただけあって辺境伯家は尚武の家系であり、その嫡子である彼は受けてきた高度な教育によってきちんと兵法を身につけているのだろう。

 もちろん王立学園でも軍事関連の教育は行われるものの、やはり辺境伯家の教育の方がこの面に限るならばずっと優れているはずだ。

 とはいえ彼自身が指揮を執っている訳ではないだろうが、ルウの軍勢がいるのはここからそれ程離れていない場所であると思われるので、予定を少しばかり変更して挨拶に赴くのもいいかもしれない。

 そして、テオドールの軍勢も上手く勝利を収めているらしかった。

 他の地域に比べれば少ないとはいえ南部にも現宰相側についた諸侯がそれなりにおり、足元を掬われぬためにもそういった相手とも戦う必要があるのだ。

 南部地域に限ればこちらが優勢らしく、いよいよ辺境伯家の軍勢も出陣したので幸先は順調……と言いたいところではあるが、生憎と全体を通して見た趨勢では私達は劣勢に立たされている。

 動員可能な兵力で見ればあちらの方がずっと大きいので、私が救援に赴いていない戦線では数の差を覆せずに敗れているところも多いらしい。

 彼我の兵力差の大きい場所から優先的に救援に赴いてきたので痛手は最低限に抑えられているが、それでも苦しい状況に変わりはなかった。


「オーロヴィア様、西方にベルファンシア公爵家の軍勢七万が行軍中です!」

「敵の様子は? どこかを攻撃するための進軍なのか、或いは移動中なのかしら」

「移動中の模様です。敵勢は北方向へと、領内を進み続けています」

「なるほどね。―――全軍、方向を変えるわよ。これより、敵軍に奇襲を仕掛けるわ」


 立ち去っていく密偵の男の背中を束の間眺めながら思案に耽っていると、入れ替わるようにして斥候として周囲を探らせていた別の密偵がこちらに近付き、そう報告した。

 それを耳にした私は敵の様子を尋ね、詳細を確認すると、このまま奇襲することを即断する。

 五千対七万なので、いくらこちらが騎兵でありかつ奇襲であるとしても、それを差し引いたとしても普通に考えれば無謀な兵力差以外の何物でもないが、だがこの攻撃は必ず成功すると確信があった。

 首筋を撫でるまでもなく私の意図を読み取って西へと方向を変えたヴァトラを先頭に、その後に続いて疾駆する軍勢。

 藪を突く形になるのも嫌だったので本来はまだ何も仕掛けないつもりだったのだが、しかしここから七万がいるという公爵家領まではそれ程距離が離れていない。

 王国の中央部であり開発が進んでいるため、周囲に広がっているまだ青一色の麦畑を眺めながら進むと、程なく境界の辺りを越えて領内へと入る。

 するとそれだけの大軍だ、旗を掲げておらず、こちらに横腹を向けたその姿はすぐに捕捉することが出来た。

 遠目に見える敵勢は歩兵がほとんどらしく、簡易な薄金鎧を身につけた彼らは多くの輜重を伴いながらゆったりとした速度で進んでいる。


「旗を出しなさい。このまま敵勢に突入するわ」


 そう命じると、伏せられていた紅いダリアの旗が大きく翻り、それを目にした敵兵はこちらの存在に気付き動揺が広がる。

 だが、疾駆する五千の一団はその頃にはもうすぐ近くにまで接近していた。

 私を護るように前に出たカルロを先頭として軍勢の中に突入すると、まるで豆腐を突き崩すようにほとんど抵抗も無く進んでいく私達。

 七万の部隊ともなればその横幅も長大であり、どれだけ進めども敵兵が途切れないような錯覚さえも覚えるが、しかしこれ程奥深くにまで進入しているにも関わらず反撃を見せる気配は全く見られない。

 それどころか戦意すらもほとんど見受けられず、私達が迫るとまるで追い散らされるように逃げ惑う彼ら。

 そして数分以上にも感じる程の時間を駆け続けると、ようやく逆側へと突き抜け、そのまま反転すると軍勢を割られた敵軍は算を乱して逃げ出していく。

 無論、黙って見送ることはなく、軍勢として再集結することが無いように追撃を仕掛けておく。


「こんなものかしら。全軍、休止しなさい。それから、いつものようにこの戦果を広めておいて頂戴」


 それからしばらく続けた追撃を切り上げると、私は近くにいた密偵の男にそう命じる。

 現世での初陣以来勝利を重ねてきた私は、その度に自らの戦果を密偵達に命じて民衆や貴族達の間に広めさせていた。

 通信機器の無いこの世界においては噂や風評は大きな力を持っているため、必然的に「名」というものが貴族としては重要となってくる。

 名声が遠くまで広まることは貴族としての力となるし、加えてこちらの派手な勝利を広めることで全体的に見た際の劣勢を誤魔化す効果もあるので、現時点での位が低い私はなるべくこの内戦の中で目立っておく必要があるのだ。

 毎回兵力差を覆しての勝利を続けているので既に名声はそれなりに轟いているが、しかし此度の勝利はいつもとは全く違う意味を持っていた。

 そもそも、こうもあっさりと勝利することが出来たのは敵軍は単なる移動中であり、旗が立っていなかったことからも明らかなように指揮官が存在しなかったためだ。

 敵は七万の大軍であったが、それだけの軍勢ともなれば率いるのに相応の権限が必要となる。

 だが、この国は私の死後の内乱の際にこちらが譲歩する形でラーゼリア王国と手を結んでいるので、この二百年間戦争が起きることが無かった。

 公爵家の当主が安定して政権を世襲し続けることが出来たのもそれが理由の一つであるが、とはいえずっと平時が続いており、内乱が集結して領地が今のような広さになって以降一度も大規模に私兵を動員する機会が無かったとなれば、公爵家の臣下に七万もの軍勢を率いることが出来るだけの権限を持った人物などせいぜい一人か二人しかいないはずなのだ。

 そしてこの辺りは公爵家の館のある地域からはかなりの距離があり、それだけの権限を持った重臣がわざわざ来ているとは考えにくい。

 そうであるからにはこの軍には指揮官がいないのではないかという予想だったのだが、それは見事に当たっており、圧倒的な少数による攻撃にもかかわらずいとも簡単に撃ち破ることが可能だった。

 とはいえ、そのような事情を誰もが知っているはずはなく、傍目から見れば私が僅か五千の兵で七万の大軍を撃破したように見えるはずだ。

 しかも、相手は敵の中核でありこの国の実権を世襲してきたベルファンシア公爵家の軍勢。

 となれば、このことが広く知れ渡れば圧倒的に現宰相側が有利であるという風潮は激変することになる。

 さすがにまだ寝返る貴族は出ないだろうが、少なくともこれで現宰相の声望はかなり落ちるだろう。

 加えて言うならば、七万が敗走したためにこちらにとって最大の脅威である公爵家の私兵の編成は更に遅れることになるので、その点も僥倖だった。


「そろそろ敵地から出なくてはね。進路を東へ。今夜は休息して、一度ヴェルトリージュ家の軍勢と合流するわ」


 彼には王都を脱出する際に囮のようになってくれたことの借りもあるし、きちんと礼を言っておきたい。

 何事も無ければ、明後日には合流することが出来るだろう。

 恐らくルウ達もレールシェリエに向かうはずなので、私達もそれに同行すれば道中での敵襲を警戒せずに済む。

 敵地の只中である公爵家の領内にいてはゆっくりと休むことが出来ないので、早々と後にすべく私達は東に進路を向けた。


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