26. 王都に戻る
双方共に二十万規模の軍勢の間で行われた決戦には、私達の側が勝利を収めることとなった。
敗走した現宰相側の軍勢は数を減らしながらも王都の方面へと敗走している。
勝利した私達は、軍勢を取り纏めるとその場で野営の準備をし、四日に渡る戦いの疲れを癒していた。
敵は王都へと逃走したということは、城壁を使って抗戦を試みるだろう。
しかしながら、元より王都は籠城することを前提に築城されておらず、城壁が長大過ぎるので四方の城壁を固めてまともに籠城しようと思えば五十万近い兵力が必要になる。
そもそも籠城が実質的に不可能であるからこそ彼らは王都を出て野戦での決戦を挑んできたのであり、恐らくは半分の十万程度にまで減っていると思われる彼らが籠ったとしてもまともに防衛し続けることは事実上不可能であり、城壁を突破することは容易い。
となれば王都内での市街戦を行うこととなるのだが、発展を優先したことによって厳密な区画整備が行われ道も広い王都においては、防衛側の優位など無いに等しい。
ここまで来れば、王都の支配権を王家の手に取り戻すことは容易いだろう。
そして翌日、ゆっくりと休息を取った軍勢はそのまま北上して王都を目指す。
斥候によればやはり現宰相側は王都の四方にある城門を閉ざしており、抗戦の構えを見せているという。
もちろん、いくら王都の防御が脆弱であるとはいえ、それが城壁である以上専用の装備も無く落とすことは不可能だ。
故に、あらかじめ輜重の中には攻城のための兵器が入れられ運ばれてきていた。
誤って自国の都市の建物を壊してしまってはまずいためにカタパルトなどは用意されておらず、運ばれてきたのは主に兵を城壁の上に送り込むための攻城塔であった。
百台以上分のパーツが用意されているそれは王都の包囲が完了し次第組み立てられ、そして四方それぞれに配置され、兵達がそれを橋のように伝って城壁の上へと突入することになる。
四方から同時にそうして攻め込めばその全てを防ぎ切ることはまず不可能だろう。
ましてや以前ベルクール伯爵が破壊した王都の東門はまだ修復がされておらずそのままになっているので、あちらは東門の防御を集中的に固めざるを得ないだろうし必然的に他の箇所が手薄になるので落とすのは更に容易だった。
後は、王都へと向かうのみだ。
元々決戦の舞台となったのは王都からかなり近い場所であったので、二日もあれば到着することが出来る。
昼と夜を二度繰り返した後に遠目ながら王都の城壁が見える場所へと辿り着いた軍勢であるが、それからすぐに様子を伺わせていた斥候から城壁が開いているという報告が届けられた。
一体どういうことなのだろうか。
警戒して更に注意を深めつつ調べると、どうやら王都の住民が暴動を起こしたらしかった。
それも、住民の大半が参加するようなかなり大規模なものであったそうだ。
教育が行き届いており町娘の間でも小説が流行する程に識字率が高いこの国においては、それに比例して市民の力もそれなりに強い(これには歴史的な理由が他にもあるのだが)。
また、ベルフェリート王国の首都であり最大の都市でもある王都の人口は百万人を超えており、一方で現宰相側の兵は十万足らずにまで減少している。
例えば六世紀にビザンツ帝国で発生したニカの乱によってかのユスティニアヌス一世が退位寸前にまで追い込まれたように、重火器が存在しない時代においては民衆と兵の間にそれ程大きな戦力差が無いため、いくら軍勢であっても数で大きく劣っていては抗し得ないことも多い(もっともニカの乱は鎮圧に成功している訳だが)。
百万以上の人口を誇る王都で大規模な暴動が起きては、今や兵が十万に満たない現宰相の力ではどうすることも出来なかったようで、彼らは王都を追い出されるような形でベルファンシア家の領地へと逃げていったようだ。
その報告を受けて、私達は開け放たれた城門を通り市街へと入る。
それなりに離れた場所から眺めた限りであるが、その先にある街の大通りには、見渡す限り遥か先まで人の姿があるようだった。
暴動が起きていたばかりであるということで緊張を強めるこちらであるが、しかし少しの沈黙と静謐の後、まるで空高くにまで届いているのではないかと感じる程の歓声が私達と、そして王都全体を包んだ。
それがどのような意思を籠められたものであるのかは当然理解出来る。
私達が勝者となったこと、二百年振りにこの都に正統な主を迎えることが出来たことを実感しつつ、軍勢は中心部にある王宮へと向けて進んでいく。
大通りの左右に集まった群集の視線を受けながら、ゆっくりとした歩みで進む軍勢。
先頭を任された第三騎士団が差し掛かると、人々が銀髪の騎士団長(戦闘中ではないので兜は脱いでおり、故にトレードマークとも言える銀髪が外からはっきりと視認出来た)の姿を認めて一際高い歓声を上げる。
精鋭であり、かつ王都の治安維持を担当しており、更に簡易的な案件に限られるがある程度の裁判権をも持っている第三騎士団は王都に暮らす市民にとって身近な存在であるし、高潔かつ清廉潔白な人格の持ち主である彼が騎士団長となってからはかなり人気が上がっていたのだ。
そういった実務的な面だけでなく、単純に腰まである銀髪が似合う流麗な美貌という面においても(主に女性から)人気を集めている。
どれくらい人気があるのかと言えば、王都の劇場で彼を主人公とした劇が上映されて連日のように満員となる程であり、先王の崩御以降これまで王都で暴動が起きなかったのは、第三騎士団が留まっていたからという理由も大きいだろう。
逆に言えば、第二王子と第三騎士団がこちらへと合流したことによって市民の不満を抑えていた箍が外れ、今回の決戦で現宰相が敗れて大きく力を失ったのをきっかけにそれが爆発したのだ。
そうしたことを考えれば、この歓声の大きさも納得だった。
街の入り口である城門から中心部にある王宮を繋ぐ大通りの長さはおよそ三キロ強、道幅は百メートルに及ぶのだが、そんな巨大な道であっても通るのが二十万の軍勢ともなれば先頭が王宮を囲む城壁の中に着いたとしても最後尾は未だ王都に足を踏み入れてさえいないことになる。
先頭を往く第三騎士団が通り過ぎた後も、沿道で見守っている群衆の前には様々な貴族の旗が通り過ぎることとなり、その度に彼らからは歓声が上がっていく。
入城が開始されてから数時間が経過した今も城外に停止して番を待っていた私達だが、ようやく入城することとなり、前へと進む。
掲げているのはいつもと同じ紅いダリアの旗だ。
両親をレールシェリエへと迎えてからは実家であるオーロヴィア家の旗を使うことが出来るようになったものの、しかし私は依然としてこの旗を使い続けていた。
何故ならば、私にとってこの戦いはあくまでも個人的な私闘であるためだ。
私を愛し大切にしてくれた両親にはとても感謝しているし家族として大切に思っているが、しかし彼らはダリア・ロートリベスタとして生きた私の前世には何の関係も無い。
そうであるからには、オーロヴィアの旗を使おうとは思わなかった。
―――もっとも、だからこそこの内乱が終われば二度とこの旗を使うことは無いだろうが。
ともあれ、クララから貰ったドレスを纏いいつものようにヴァトラの背に身体を預けた私は、東門を潜って市内へと足を踏み入れる。
その際に聳えるように高い城門を目にしたのだが、ベルクール伯爵が王都を出奔する際に破壊したというそれには確かに巨大な穴が開いており、そこから中空状になった内部を目にすることが出来た。
実用を前提に考えられていないとはいえ、仮にも王都の城門であるそれは高さや幅だけでなく厚さに関しても相当なものとなっている。
しかも、それに加えてその全てが鉄で作られているのだ。
破壊槌や前時代的な大砲(大砲はこの国には存在しないが)を用いたとしても、それどころか現代技術で作られた戦車の主砲を正面から撃ち込んだとしても歪みこそすれども一撃では破壊出来ない程に防御力は高いだろうし、そんな代物をどうやって破壊したのだろうかというのが私がその報告を耳にした時の率直な感想である。
故に一度直接尋ねてみたことがあったのだが、彼曰く四方の城門のうち東門の扉だけは木枠の上に薄く鉄を塗っただけの脆弱なものとなっているということだった。
それ以来気になっていたのだが、実際に見ていると彼の言っていた通り確かに鉄なのは表面のみであり、中は空洞となっているようだ。
少しの間そちらを眺めていたものの、ヴァトラが真っ直ぐに進んでいくにつれてそれは私の視界から消えることとなる。
代わって視界に映るのは久々(と言っても数ヶ月振りなのだが)に見る王都の街並みと、沿道に立ち並ぶ市民の姿だった。
彼らは、ダリアが描かれた旗を認めると盛大な歓声を上げてくれる。
……懐かしい。
昔、フォルクス陛下の陣代としてラーゼリアと戦って王都に戻った際にも、市民達はこうして戦勝を祝ってくれた。
その時のことを思い出して内心で懐かしさに浸りつつも、そんな内心をよそに行軍は続いていく。
しばらくして私達が貴族達の屋敷が立ち並ぶ中央区へと差し掛かった頃、後方でこれまでで最も大きな歓声が沸き起こる。
その理由は、振り返って確かめるまでもないだろう。
翻る王家の旗の下に、殿下が城内へと入ったのだ。
熱狂に包まれる市街。
現在私がいる辺りは中央区ということもあって沿道に人はおらず静かであるはずなのだが、しかし後方から届くあまりの音声に静謐さを感じることはなかった。
その賑わいは、私や他の諸侯はもちろん兵達にも勝利の喜びを与えてくれる。
最後に見た時と何も変わっていない街並みを眺めていると、やがて学園の建物が遠目に見えてくた。
入学のために第三騎士団の護衛を受けながら馬車に揺られていた時には、まさかこのような時代の流れになるとは思ってもいなかったことを思う。
そんな感慨を覚えながらも、過ぎ行く景色を眺めていく私。
家名を知っている貴族の屋敷をいくつか通り過ぎると、やがて私は正統な主を二百年振りに取り戻した王宮へと辿り着いた。




