白い少女
この世には信じられない現象がいくらでもある。
俺は超能力だとか、宇宙人だとか、ましてや幽霊なんてものは微塵も信じちゃいない。
正しくは『信じていなかった』。
これは、俺が体験した、とても温かく、切なく、そして・・・悲しい話だ。
2006年
その年の夏は例年よりも気温が高く、俺はいつも以上に夏の鬱陶しさを感じていた。
普段は真面目に受けている学校の授業も、今日はなんだか乗り気ではない。
「ジェームズ一世が築き、チャールズに引き継がれたイギリスの専制政治を終わらせるために、クロムウェルはピューリタン革命を引き起こした。わかったか?」
なにもやる気がないのは俺だけじゃない。
世界史の授業はクラス大半の睡眠時間となっていた。
そしてその休み時間・・・
友人と四人で弁当を食べながら他愛のない話をしていた。
「今年の夏休みは彼女ほしいなあ」
俺はふとつぶやいた。
「そういえば前の彼女と別れてからもう一年よね。夏休み前に別れるとか竜也タイミング悪すぎだったよね~」
俺を指さして笑っているのは桃瀬かおり、陸上部に所属している。このメンツで一番にぎやかなやつだ。
「まあオレとしては彼女がいただけでもうらやましいけどな・・・」
こいつは帰宅部で、松永勇樹。いまだに彼女いない歴=年齢らしいな。
「まあでも、一番大事なのは本当に好きな人と結ばれることですよ。」
この大人しいのが吉田ゆり、美術部所属。
全くと言っていいほどに性格の違う四人で俺たちはいつもつるんでいた。
俺は三宅竜也、帰宅部だ。
「竜也はなんで去年彼女と別れちまったんだよ?」
竜也は憂鬱そうに溜息をついた。
「なんか向こうに好きな奴ができたらしい。」
「つまり捨てられたんだ。」
かおりの一言が心に突き刺さる。
「ほっとけよ!」
竜也は弁当をかきこむと、机の上に腰かけて窓の外を見た。
「俺だって好きでフラれたわけじゃねえんだよ・・・」
「あ・・・かおりさん謝った方が・・・」
ゆりが慌ててその場を取り繕うとするが、そんな努力もむなしく
「だって他に男作られる竜也がいけないんじゃん。」
今の一言で竜也の心は完全に砕け散った。
竜也はうつむいて動かない。
「お、おい竜也!気にすんなって!」
「勇樹、放っときなって。」
「おまえがやったんじゃねえか・・・」
そんな、いつも通りの昼休みだった。
「じゃ、また明日な!!竜也!!今年は彼女作るぞ!!」
そう言って勇樹は竜也と反対方向に歩きだした。
すっかり長くなって、まだ明るい空を背に竜也は家路についた。
町にはそこらじゅうにイチャついているカップルがあふれていた。
「(リア充爆発しやがれ・・・)」
竜也はそんなカップルにイラつきながら、商店街を抜けて路地に入った。
路地を抜けると、この辺りでは珍しい日本家屋と、その隣今風な一軒家が建っていた。
竜也は一軒家の扉を開けて中に入った。
「ただいま。」
夕飯のにおいが鼻を抜ける。
竜也は階段を上り、自分の部屋に入った。
ドサッと音を立ててベッドに横たわる。
「ふぅ・・・まったく・・・かおりのやつ・・・」
竜也はそのまま静かに目を閉じた。
「夕飯まで・・・寝るか。」
そう言ってから意識が無くなるまでに時間はかからなかった。
そこはいつもの我が家だった。
しかし、なぜかもやがかかったように視界はかすんでいた。
家の中に入る。
家の中に広がるのは漠然とした違和感。
しばらく家の中を歩きまわるが、家族の姿は見られない。
自室に向かう階段に足をかけたとき、
違和感の根源が自室であることに気付いた。
恐る恐る足を動かし、階段を上る。
永遠かと思えた階段もついに終わり、
重く、冷たい木製の扉が目の前に立ちふさがった。
取っ手に手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。
その瞬間もやが激しくなり、自室からは風とも何ともとれぬ何かが強く流れ出した。
その流れに吹っ飛ばされる。
「んああ!!・・・」
気付くとと竜也はいつもの自室のベッドに寝ていた。
「夢・・・か。」
夢にしては気味が悪い。
竜也は額の汗を拭うと、起き上った。
「・・・なんだ、この感じ。」
自室に広がる独特の違和感。
これは夢ではなく現実のはずだが・・・何かがおかしい。
竜也は時計を見ると、深夜2時。
「くそ!!飯食い損ねたか!!」
この違和感は長時間寝てしまったことによる疲労と、空腹に間違いない。
そう思い、竜也はキッチンへ向かった。
「ったく、母さんも起こしてくれよ・・・」
そう言いながら竜也は冷蔵庫を開けた。
「・・・・」
冷蔵庫の中にはきれいな空白。
「なんでなにもねえんだよ!!全部食っちまったのかよぉ・・・」
食事を諦め、とぼとぼ自室へ戻る。
自室の扉をあけると、ベッドにまっすぐ向かった。
しかし、竜也はそこで立ち止った。
「なんだ・・・これ・・・」
なんと竜也のベッドの上にりんごが一つ置いてあったのだ。
「誰がこんなもん・・・ってか、どうやってこの間に・・・」
挙動不審なくらい周りをキョロキョロ見渡してもそこには誰もいない。
「気味が悪い・・・一体誰がこんなこと・・・」
「あの・・・」
背後から突然声がした。
「ぎにゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
竜也はありったけの大きさで悲鳴を上げた。
と同時にもう一つ悲鳴が上がった。
竜也は慌てて後ろを振り向いた。
「お・・・おまえ誰だあ!?」
竜也の視線に飛び込んできたのは、白い浴衣に身を包んだ同じ歳くらいの少女だった。
少女はひどくおびえているようだった。
「と、とてもおどろきました・・・」
「そりゃこっちのセリフだ!!!ってか、おまえいつからここに!?ってかおまえ誰だ!?」
竜也は慌てながら早口で問いただした。
少女はその声に目をつむっておびえ、その場にしゃがみこんだ。
「そんな・・・大きな声を出さないでください・・・」
「わ、悪い・・・」
とっさに謝ってみたのはいいものの、明らかに悪いのは自分ではない。
真夜中の自分の部屋にこんな変な格好をした少女が侵入してきているのだ。
これは明らかにおかしい。
とりあえず落ち着いて、質問を投げかける。
「おい、一体おまえは誰なんだ?」
少女はこちらをチラッと見た。
「私は、ユキといいます。」
ユキという名前なのか。
とりあえず警察を呼ぶのは少し待った方がよさそうだ。
「いつからここにいるんだ?」
ユキと言ったその少女は落ち着いたのか、静かに立ち上がった。
「いつから・・・それは難しい質問ですね・・・ずっと前からです。」
やっぱり早く警察を呼ぶべきか。
「ユキ、なんで勝手に人の家、しかも俺の部屋にいるんだ?」
「なんで?それはもっと難しい質問です・・・」
ユキは本当に困った顔をした。
この顔をみるかぎり、彼女にとって本当に難しい質問だったようだ。
「信じていただけないかもしれませんが、私は・・・ユキは・・・」
ユキは一息おいて言葉を発した。
「幽霊なんです。」
こうして、俺とユキの奇妙な夏が始まった。