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 ――クライムがあらわれた。


 その言葉を聞いて僕は驚いた。


 なぜ?こんな真昼から?


 そんな簡単な疑問が次々と頭に浮かんでくる。

 

 鬼たちは今さら、そんな目立ったことなんてしない。

 格好のマトとなってクロスに殺されるだけだ。

 

 よほど頭がとち狂った馬鹿か、それともどの組織に所属していない新参か。


 おそらく、後者だろう。


 そういったん結論付けると僕は、真剣な表情で携帯電話で話している林友一を見た。

 相当余裕がないのか額に汗を浮かべている。

 

 会話に夢中のようだ。


 それを確認すると、僕はまた外の様子をうかがった。


 「えっ」


 外の光景を見て、僕は思わず声を出してしまう。

 

 眼に映ったのは逃げ惑う人たちの姿。最初は少し騒がしいと思っただけだった。


 しかし、良く見てみると、それはまるで何かから逃げているようだった。

 何から逃げているのかと見渡すと、その後方で人を襲っている”人”がいる。


 襲っているのは”人”はたぶんクライムなのだろう。しかもLV1の。


 しかし僕を驚かせたのは、鬼がこんなにたくさんの人の目の前で犯行をしているという事だった。


 その行動は、ここ最近の鬼たちの行動理念と相反している。

 こんなことをするなんて、馬鹿にもほどがあるだろう。


 この大胆な行動を見て僕はある答えに至った。


 ――なんだ、産まれたてか


 産まれたての鬼なら、まだ何も分からず本能のまま人を襲ってもおかしくはない。

 しかし、こんな人ごみの中で産まれるなんて、なんて空気の読めない奴なんだろう。


 あまり知られていが鬼は人間から産まれる。

 いや、むしろ憎悪に狂った人間が鬼に進化するといった方が正しいかもしれない。


 殺人鬼はその名のままに”鬼”となる。

 

 人を殺した。飢餓で苦しんだ。村八分にされた。愛していたものに裏切られた。

 そうやって心の中の何かが壊れた人間は鬼となる。


 どんな聖人君子でも鬼になる可能性は秘めている。

 このようにして昔から今に至るまで鬼は産まれ続けてきた。


 しかし、鬼の数は人間と比べて少ない。

 それもそうだ。

 人間を捨てるほど心が壊れるなんてそうそうない。


 遊園地で心が壊れるなんて、一体なにがあったんだろうか。

 

 まったくを持って僕には想像することができなかった。


 「みずきちゃん」


 話が終わったようで林友一が話しかけてきた。


 「この観覧車、あと10分もしたら下につくと思う、ついたら立川さんを連れて一緒に逃げるから離れないでね」


 僕は無言でうなずいた。


 「ちなみに、一輝はついてこない、あいつにはやることがあるから」


 ああ、あの鬼、水守に消されるんだなっと思う。

 自業自得だ。

 

 しかし、ここで納得すると明らかにおかしいので理由を一応聞いておくことにする。


 「ねえ、なんで水守君はついてこないの? やることって何?」


 「……あいつはクロスだ、信じられないかもしれないが」


 そういうと林友一は微笑んだ。

 

 つくった笑顔。目は全く笑っていない。

 余裕がないんなら、僕なんかに別に気なんて回さなくていいのに。

 お人よしめ。


 「一輝も俺もクロイツクロスの社員だ、大丈夫、俺たちとっても強いから」


 「……」

 

 「みずきちゃんも立川さんもしっかり守る、だから絶対に離れずついて来て欲しい」

 

 「……、わかった」


 僕が了承すると林友一は、ほっと笑った。

 

 「みずきちゃん、ほんと信じてくれてありがとう、クライムがあらわれたとか、俺たちがクロイツクロス社員とか急に言われても普通すぐには信じれないよ、理解が早くて助かったよ」


 僕は何も言わず観覧車の外を指差す。

 その先には、先ほどの鬼が暴れていた。

 そこには引きちぎられた人々の手足、血が至るところへ散っていた。

 

 それを見て林友一は顔をしかめる。


 「あれがクライム?」


 「ああ、あれがクライムだ……」


 「あれを見ちゃうともう信じるしかないよ、ちょっと怖いけど」


 僕はあの鬼に殺されていった人たちに冥福した。

 みずきちゃん、強いな、という林友一をしり目にして僕はまた外を観察する。


 そして気づいた。


 懺劇が起きているのは1か所だけではないという事に。

 他の所でも逃げ惑う人、人を殺す鬼、そして赤い血が舞っている。


 それも複数だ。

 2つ、3つ、5つ――


 「……っ、一匹じゃない!?」


 驚く僕に林友一が補足する。


 「ああ、報告によると複数のクライムが出現したらしい、数は――」


 いい終わる前にまた林友一の携帯が鳴る。

 それを確認し終わると、林友一は続けた。


 「今来た報告によると少なくとも10匹はあらわれたらしい、目撃情報が多すぎて正確にはわからないが」


 そう言って苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 

 僕はさらなる驚きを隠せない。


 っ、馬鹿な。

 多い。多すぎる。

 10匹も同時に産まれるなんてありえない。

 

 一体何が起こってるんだ?僕は何も聞いてないぞ!?

 明らかに、何者かが組織だってことを起こしている。

 誰が、なんでこんな無意味な虐殺をしているんだ?


 「みずきちゃん、心配しないで、今クロイツクロス社が制圧に向かって来ているから」


 「う、うん、わかった」


 ちょうど僕がそう答えた時、ガコッという音とともに急に観覧車が止まった。

  

 「「!?」」


 止まった場所はちょうど全体の3分の2ぐらいの所あたりだ。

 なぜ止まったのかがわからない。

 

 下の様子を見ようとしても、角度が急すぎてよく見えない。


 「……係員が逃げた?」

 

 林友一がつぶやく。


 「でもこれはこれで俺たちにとっては好都合か」


 プラーン、プラーンとかすかに揺れる観覧車の箱の中。

 ここは、空中の牢獄、そして同時に一種のシェルターだった。


 下の人たちには申し訳ないが、僕たちはクロイツクロス社が到着してクライムたちを制圧するまでここで待っていればいい。

 それだけだ。

 

 それまでに何十人死ぬかは想像がつかないが。

 

 耳を澄ませてみる。

 なんだか人の悲鳴がところどころから聞こえてくる気がする。


 もはや、この遊園地は地獄絵図と化しているのだろう。


 もし、観覧車が止まらなったら。

 もし、水守が出ていけたら。


 この状況は改善されるのだろうか。

 死ぬ人も減るのではないだろうか。


 それでも、僕の大切な人、あいちゃんが危険にさらされる。


 今の状況、実は僕にとっては最適なのではないか、と一瞬自己中心的な考えに侵される。


 そして、ふと思った。


 水守は今何を考えているのだろう。

 悩んでる?悔しがってる?


 救える命とそのための力があるのに、手が届かない。


 まじめな水守のことだ。

 今すぐ飛び出してゆきたいだろう。


 

 目の前にいる林友一を見てみると、明らかにイラついてる。


 戦闘補佐員はクロスと比べれば圧倒的に弱い。

 人間の域を超えないからだ。

 単体ではLV1の鬼にも勝てないだろう。


 それなのに、こいつも心の中で戦ってるんだなと思うと、少し僕にはこいつらが眩しく見えた。


 



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