表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第七章 あなたに、生きてほしい

 刃の感触が、あまりにも鮮明に残っていた。


 骨を断つ手応え。

 肉を裂く振動。

 そして、温かい血が手首まで伝う感覚。


 レオンは、理解が追いつかないまま、ただ剣を握り締めていた。


 目の前で、カルディアの身体が崩れ落ちる。


「……っ」


 声にならない息が漏れる。


「……どうして」


 剣を引き抜くこともできず、彼は崩れかける彼女を支えるように抱き留めた。


 軽い。


 戦場ではあれほど巨大に見えた存在が、腕の中では信じられないほど軽い。


「どうして魔法を止めた……!」


 カルディアの胸元から血が溢れる。

 致命傷だった。

 魔法でも、もう治すことはできないだろう。


 彼女は苦しげに息を継ぎながら、それでもかすかに笑った。


「……気づいて、いたのでしょう」


「……何をだ」


「私の方が……少し、早かったこと」


 レオンの視界が滲む。


「だから覚悟したんだ……! 殺される覚悟を……!」


「ええ」


 静かな肯定。


「分かりました」


「何が分かったんだ……!」


 声が震える。怒りか、悲しみか、自分でも判別できない。


 カルディアは、ゆっくりとレオンの胸に手を当てる。

 震える指先。


「あなたは……止まらない人です」


「……」


「私が殺せば、あなたは楽になれたかもしれない」


 レオンの呼吸が止まる。


「ですが」


 彼女の瞳が、まっすぐレオンを射抜く。


 もう戦場の目ではない。

 礼拝堂で笑った、あのときの目だ。


「あなたに、生きてほしい」


 世界の音が遠のく。

 戦場の喧騒が、嘘のように消える。


「俺が……生きる?」


「はい」


 血を吐きながらも、敬語は崩れない。


「あなたは、生きて、迷って、苦しんで……それでも誰かを守る人です」


「そんなの……!」


「私は」


 息が浅い。


「あなたの剣で終われるなら、それでいい」


 レオンの手が震える。


「ふざけるな……! そんな勝手な……!」


「勝手ですね」


 かすかな笑み。


「ですが、最後くらい……私のわがままを」


 涙が止まらない。


「俺は……お前と……!」


 言葉が崩れる。


 一緒に逃げたかった。

 戦場ではない場所で会いたかった。

 くだらない話をして、

 英雄でも切り札でもない、ただの人間として。


「言わなくても、分かっています」


 カルディアが、そっと囁く。


「私も、同じでしたから」


 その瞬間、

 レオンの中で何かが決壊した。


「どうしてだ……どうして俺たちなんだ……!」


「……指揮官だからです」


 弱く、しかし確かに。


「軍を任された者としての責務を果たさなければならない」


 レオンの脳裏に、兵たちの顔が浮かぶ。


 信じる目。

 託す目。


 今も背後で、兵士たちが歓声を上げている。

 レオンがカルディアを討ち取ったと、誇らしげに。


 だが今の彼にとって、それは遠い世界の出来事だった。


「私たちは、それぞれの立場から逃げられませんでした」


「……ああ」


「ですが」


 彼女の指が、レオンの頬の涙をなぞる。


「短いけれど、あなたと過ごした時間は……」


 かすれる声。


「本当に、幸せでした」


挿絵(By みてみん)


 レオンの喉が潰れる。


「カルディア……」


「レオン」


 優しく、名前を呼ぶ。


「あなたは、研究と戦争だらけの笑えない日々から、私を連れ出してくれた。助けてくれて、ありがとう」


 掠れながらも、はっきりと響く言葉。


「あなたを、愛しています」


 時間が止まる。


 レオンの心臓が、激しく打つ。


「……俺もだ」


 震える声。


「俺も、愛してる」


 遅い。

 あまりにも、遅すぎる。


「どうか、生きてくださいね。」


 カルディアはそう言うと、満足そうに目を細めた。


 その瞬間。


 彼女の身体から、淡い光が溢れ始める。


「……?」


 血が止まるわけでも、傷が塞がるわけでもない。


 ただ、温かな光。


「これは……」


 レオンは戸惑う。


 カルディアは微かに首を振る。


「最後の、悪あがきです」


 それ以上は語らない。


 光は、次第に強まる。


 まるで彼女自身が、朝焼けの中に溶けていくかのように。


「待て……! これは何だ……!」


 カルディアは、優しく微笑み、レオンを見つめた。


「どこかで……きっと」


「きっと……?」


 身体が、粒子のように崩れていく。


「今度こそ……」


 消えかけた唇が動く。


「戦場ではない場所で」


 レオンは、必死に抱きしめる。


 消えるな。

 行くな。

 置いていくな。


 だが、腕の中の重みが、ゆっくりと失われていく。


 光だけが残る。


「カルディア!!」


 叫びが戦場に響く。


 だが、返事はない。


 残ったのは、血に濡れた剣と、静まり返った空間。


 レオンは、その場に膝をつく。


 剣が地に落ちる。


 涙が止まらない。


 遠くで勝利の喚声が上がる。


 この最終防衛ライン攻防戦は、王国の勝利で終わるのだろう。


 だが。


 レオンの中では、何ひとつ終わっていなかった。


 彼は泣き崩れながら悟る。


 それでも。

 彼女に、生きてと言われた。

 だから、生きるしかない。


 英雄として。

 そして、罪人として。


 それでも。


 生き続けなければならないのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ