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第六章 約束の終わり

 戦場は、地獄だった。


 焦げた肉の匂い。

 爆ぜる魔力。

 潰れた喉から絞り出される絶叫。


 耳鳴りが止まらない。


 それでも俺は、前に出る。


 止まれば、後ろの味方が死ぬ。


 俺が立っている場所が、王国軍の中心だ。


 俺がいるから、あいつらは踏み込める。

 俺が折れた瞬間、この戦線は崩れる。


 わかっている。


 だから剣を振る。


 敵を斬る。


 斬る。


 斬る。


「団長、右――!」


 声と同時に閃光。


 反射で叩き落とす。


 だが、遅い。


 若い兵が吹き飛ぶ。


 地面を転がり、動かなくなる。


 目だけが、俺を見る。


 助けてくれとは言わない。


 責めもしない。


 ただ、信じている。


 ――あなたがいるから。


 信頼と責任に、心臓が握りつぶされるようだ。


 俺は、間に合わなかった。


 そのとき。


 戦場の奥で、紫紺が翻る。


 空間が震える。


 広域殲滅魔法。


 王国軍の一団が、光に呑まれて消える。


 分かっていた。


 今日、ぶつかると。


 朝、互いに分かっていた。


 これが最後になるかもしれないと。


 それでも、笑った。


 それでも、触れた。


(……カルディア)


 息が熱くなる。


 あいつを止められるのは、俺だけだ。


 そして。


 俺を止められるのも、あいつだけだ。


 俺は叫ぶ。


「ここは持ちこたえろ!! あいつは俺がやる!!」


 返事はない。


 だが、背中の気配が踏みとどまる。


 英雄。


 便利な言葉だ。


 泣くことも、迷うことも許されない立場。


 俺は走る。


 爆風を抜ける。


 魔法陣を斬り裂く。


 焦げた大地を踏み越え、彼女の前に立つ。


 カルディアは、戦場の顔をしていた。


 冷たい。


 美しい。


 魔導連合の象徴。


 だが。


 ほんのわずかに、指先が震えている。


「来ましたね」


 震えているのは、声か。

 それとも俺の耳か。


「当然だ」


 喉が焼ける。


「今日こそ、通してもらう」


「通しません」


 即答。


 迷いのない言葉。


 次の瞬間、衝突。


 剣と魔法がぶつかる。


 爆炎が身体を包む。


 皮膚が焼ける。


 だが止まらない。


 止まれない。


 彼女の魔法陣が空間を歪める。


 俺は力任せにねじ伏せる。


 衝撃。


 地面が砕ける。


 距離を取る。


 息が荒い。


 頬を伝うものに気づく。


 汗じゃない。


「……泣いているのですか」


 かすれた声。


「そっちもだ」


 否定できない。


 戦場の向こうで、兵が死ぬ。


 俺たちがぶつかるたび、戦況が揺れる。


 止まれば、味方が崩れる。


 だから止まれない。


 それが、俺たちの罪だ。


「どうして……!」


 カルディアの声が裂ける。


「どうして、あなたなのですか!」


 胸の奥が抉られる。


「俺だって同じだ!!」


 踏み込む。


 斬撃。


 防がれる。


 爆散。


 距離ゼロ。


 涙が見える。


 朝の顔と、同じだ。


「一緒にいたい相手と……!」


 魔力が暴走する。


「殺し合わなくてはならないのですか……!」


「俺に聞くな……!」


挿絵(By みてみん)


 剣が彼女の肩を掠める。


 血。


 赤い。


 次の瞬間、腹を裂かれる。


 熱い。


 内臓が焼ける。


 だが、倒れない。


 倒れたら、終わる。


「逃げたいです」


「俺もだ」


 本音が、こぼれる。


 だが。


 背後で、王国兵が叫ぶ。


 家族の名を呼ぶ声。


 守ると誓った連中。


 俺が背負った命。


 逃げられるわけがない。


「あなたを倒さなければ!」


「おまえを倒さなければ!」


 衝突。


 大地が割れる。


 瓦礫の中、最後の距離。


 もう限界だ。


 分かる。


 次で決まる。


 カルディアが詠唱に入る。


 あの型。


 何度も見た。


 展開速度。


 魔力収束。


 放出までの間。


 体が覚えている。


(速い)


 そして。


(……俺より、わずかに早い)


 理解する。


 間に合わない。


 死ぬ。


 ここで終わる。


 妙に、静かだ。


 恐怖はない。


 あるのは――安堵に近い何か。


(お前に殺されるなら)


 それも、悪くない。


 俺は剣を止めない。


 止めたら、部下が死ぬ。


 止めたら、英雄じゃなくなる。


 止めたら、俺は俺を許せない。


 覚悟を決める。


 カルディアの瞳が揺れる。


 魔法陣が完成する。


 放たれる。


 その、刹那。


 唇が震える。


「……生きて」


 魔法陣が、消えた。


 中断。


 空白。


 理解が追いつかない。


 だが。


(クソ!!)


 一瞬、遅れて理解した頃には、もう止められなかった。


 刃が、紫紺を裂く。


 深く。


 確実に。


 肉を貫く感触。


 骨を抜ける重み。


 温かい血が、手にかかる。


 時間が止まる。


 俺は――


 何をした。


 カルディアの身体が崩れる。


 その軽さが、信じられない。


 腕の中に落ちる。


 軽い。


 こんなに、軽かったか。


 さっきまで世界を焼いていた女が。


 俺は。


 英雄は。


 守るために剣を振るったはずだ。


 なのに。


 俺が一番、守りたかったものを。


 この手で。


 貫いた。


 呼吸が、できない。


 戦場の音が遠ざかる。


 ただ、彼女の血だけが、やけに温かい。


 その瞬間まで。


 俺は。


 英雄だった。

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