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第四章 生きのびたくなる理由

 翌日。


 同じ東側戦線、焼け落ちた見張り塔の跡地。


 だが今日は、煙の匂いが濃い。

 小競り合いの直後らしく、地面には新しい焦げ跡が走り、空気はまだ熱を帯びている。


 俺は周囲を確認しながら、内心で苦笑した。


(来ない可能性の方が高いと思ってたんだがな)


 瓦礫の陰へ視線を向けた、その時。


「……本当にいらっしゃいましたね」


 振り向かなくてもわかる。


「これはやっぱり、二度あることは三度あるってことだよな」


「迷信だと申し上げました」


「じゃあ今日で証明だ」


 姿を現したカルディアのローブには、焦げ跡が残っている。


 俺は眉を上げた。


「派手にやったな」


「あなた方が西で陽動をかけましたので」


「ああ、あれか。派手好きな部下がいてな」


「自覚はあるのですね」


「俺はわりと地味だぞ」


「どの口が」


 軽口を叩きながら、俺は彼女をまじまじと見る。


「怪我は?」


「ありません」


 即答。


「私は後方で魔法を放っているだけですからね」


「そうか」


 それだけで、胸の奥がわずかに緩む自分がいる。


 カルディアは、それを見逃さない。


「あなたは毎回、それを確認なさいますね」


「指揮官の習慣だ」


「敵に対しても?」


 言葉に詰まる。


 ほんの一瞬。


 俺は肩をすくめた。


「……敵って感じがしなくなってきた」


 彼女のまつげが、わずかに震える。


「それは、問題発言では?」


「だろうな」


「報告されれば処罰ものです」


「そっちは?」


「……同様です」


 互いに苦笑する。


 風が吹き抜ける。


 気づけば距離は、昨日より近い。

 腕一本分もない。


「あなたは」


 カルディアが口を開く。


「なぜ毎回、一人で来るのですか」


「偶然だ」


「三度目です」


 ……まぁ、普通は強敵相手にひとり進んで会いに来たりはしないよな。

 俺は視線を少し逸らす。


「……部下を連れてきたくないだけだ」


「なぜです」


 少し、考える。


 本当の理由は、自分でもうまく言語化できていない。


「……あんたとのふたりきりを、邪魔されたくないから」


「真面目に答えてください」


 結構、真面目だ。


「そういうあんたこそ、毎回一人で来るのはどうしてだ?」


 カルディアは一瞬だけ視線を落とし、答える。


「万が一、あなたと戦闘になった場合、部下がいても足手まといになるだけですから」


「そっか。まぁ、こっちも似たような理由だ」


 事実だ。

 俺とカルディアの戦闘に割って入れる部下はほとんどいない。


 それが理由のすべてではないが、嘘でもない。


「俺たちは、敵同士なんだもんな」


「そうですね」


「本気で戦えば、どちらかが死ぬ」


 静かな事実。


 俺は数秒、黙る。


 そして口を開く。


「でも、できればあんたを死なせたくない」


 カルディアの瞳が揺れる。


「……敵ですよ」


「知ってる」


「では、なぜ」


 俺は彼女を見る。


「三度も会ってしまったからだ」


「理由になっていません」


「会う回数が増えると、顔も覚える。声も覚える」


 一歩、近づく。


「そうなると、簡単に斬れなくなる」


 彼女が息を呑む。


「それは」


「弱さだな」


「……優しさです」


 俺は苦笑する。


「戦場じゃ、どっちも同じだ」


 カルディアがじっと俺を見る。


「あなたは、どうしてそんなに……軽いのですか」


「軽い?」


「命を懸けている場で、そうやって笑う」


 少し考える。


「笑ってないと、重くなる」


「十分重いです」


「だからこそだ」


 沈黙。


 やがて彼女がぽつりと言う。


「あなたは、怖くないのですか」


「怖いさ」


 即答だった。


「怖いけど、逃げられない」


「王国のためですか」


 俺は視線を少し落とす。


「……背中の連中のためだ」


 部下の顔が浮かぶ。


 カルディアの瞳が揺れる。


「あなたは」


「なんだ」


「あなたは、甘いです」


 彼女は小さく息を吐く。


「それは戦場では致命的です」


「そうか?」


「ええ」


 俺は笑う。


「それ、あんたに言われると変な感じだ」


「どういう意味ですか」


「あんたの優しさは疑いようがないが、世間では極悪非道なんて言われてる禁忌魔法の研究者に言われる気遣いは、ちょっと信用に困るなと思ってさ」


 俺が冗談めかして話すと、彼女は、まっすぐ俺を見ていた。

 ……失言だったか。


「あなたは」


「ん?」


「本当に私を狂人だと思っていないのですね」


 あ、そっちね。

 俺は咳払いして、少しだけ真顔になる。


「……思ってたら、わざわざ自然を装って三回も会おうとは思わないさ」


 沈黙。


 遠くで爆ぜる音。


 戦は、終わっていない。


「レオン・パニス」


「なんだ」


「四度目は、あると思いますか」


 俺は笑う。


「三度目があったんだ。四度目もある」


「根拠がありません」


「欲しいか?」


「……少し」


 一歩、近づく。


「俺が生きてる限り、会いに来る」


挿絵(By みてみん)


 彼女の呼吸が、わずかに乱れる。


「それは」


「なんだ」


「困ります」


「どうして」


「私も、生き延びたくなるでしょう」


 風が止まる。


 戦場なのに、静かすぎる。


 ――その時。


「……呼び戻しです」


「こっちもだ」


 耳に届く緊急招集の通信魔法。


 二人同時に距離を取る。


 さっきまでの近さが、嘘みたいに遠い。


「次は」


 俺が言う。


「戦場かもしれません」


「その時は?」


 彼女は顔を上げる。


「……全力で」


 俺はうなずく。


「だな」


 一瞬。


 本当に一瞬だけ。


 彼女の指先が、俺の袖に触れかけて――止まる。


「生きてください」


「そっちも」


「約束はしません」


「だろうな」


 カルディアの姿が揺らぎ、消える。


 残された焦げ跡を見つめながら、俺は呟く。


「四度目か」


 胸の奥に残る熱。


 これはもう偶然じゃないだろう。


 けれどまだ――


 恋と呼ぶには、戦火が近すぎる。


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