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第一章 英雄と切り札

 聖王国と魔導連合の戦争は、七年目に入っていた。


 正義だの理想だの――そんな言葉で始まった戦だった。

 緒戦は拮抗していたが、いまは違う。俺たち王国軍が押している。あとは魔導連合の首都を落とすだけ――そう、上層部は言い続けている。


 そして今日、俺は魔導連合の最終防衛ラインの最前線に立っている。


 白銀の鎧は軽量化を極限まで施した特注品だ。華奢に見えるのは自覚しているが、速さと魔法運用を両立させるにはこれが最適解だった。


 聖王国軍第三軍団長。

 “白銀剣”のレオン・パニス。


 数々の武勲を立てた王国の英雄。その名が戦場でどう響いているのか、俺は知っている。

 味方にとっては希望。敵にとっては死の象徴だ。


挿絵(By みてみん)


 ――そして、視線の先。


 瓦礫と魔力煙の向こうに、紫紺のローブが翻った。


 カルディア。


 魔導連合上級幹部。

 幾つもの戦線を崩壊させた切り札。世界最強とまで噂される魔法使い。赤いクリスタルが目立つ杖を愛用していることから、「紅の賢女」とも呼ばれている。禁忌とされている生命魔法にまで手を伸ばしているという話もある。

 これまでも何度か戦ったことはあるが、決着が着く前になにかしらの理由で勝負が流れ、ここまで来た。

 だが、この最終防衛ラインを突破するには、あいつを倒すしかない。


 風に揺れる長い髪。

 切れ長の、強い意志を隠そうともしない瞳。


 戦場に似つかわしくないほど整った顔立ち。

 だが何より目を奪われるのは、その立ち姿だった。


 無駄がない。

 魔力の流れに身を預けるような、完成された佇まい。


 芸術作品みたいだ、と思ってしまう。


 ――敵でなければな。


挿絵(By みてみん)


 空間が軋む。魔法陣が展開される。


 俺は雑念を振り払って剣を構えた。


「来たか……紅の賢女」


「英雄が直々に出てくるとは」


 声は冷静だった。

 だがその瞳は、完全に戦闘の色をしている。


 白銀の斬撃を放つ。

 魔法障壁が軋み、削れる。


 紫紺の魔力が唸り、刃を弾き返す。


 衝撃が腕を震わせる。

 周囲の兵たちが距離を取るのが分かった。


 この戦いに割って入れる者はいない。


 攻防を重ねるほど思い知るが、実力は完全に互角だ。

 力量も、判断も、消耗も。


挿絵(By みてみん)


 どのくらいの時間、ぶつかっていたのだろうか。

 どちらかが倒れる。

 そう確信した、その瞬間。


 耳元で通信魔法が弾けた。


『全軍直ちに撤退。中央陣地、維持不能。魔力嵐の発生も感知した。』


 ――撤退。


 ここで終われという命令だ。


 魔力嵐。

 この国で頻発する災害。暴風がすべてを巻き上げ、あらゆるものを吹き飛ばす上、自然発生の魔力が空間を乱し、あらゆる魔法を不全にしてしまう。歩兵中心の第三軍がくらえば、あっという間に壊滅だ。


 俺は一瞬だけ目を閉じる。


 そして目を開けると、カルディアも通信を切ったところだった。


 視線が交わる。


 理解した。

 続ければ、部下が死ぬ。それは向こうも同じ。俺たちの決闘はここまでだ。


「次に会うときは」


 俺は剣を下げずに言った。


「必ず、決着を」


 カルディアはわずかに顎を上げた。

 迷いのない顔だった。


「ええ。次は、逃げません」


 それ以上の言葉は、不要だった。


 俺たちは同時に後退する。


 カルディアの爆裂魔法が地面を抉り、追撃路を断つ。


 俺は剣を振るい、魔力の壁を切り裂いて味方の退路を開いた。


 指揮官として、自軍のため最善を尽くす。それだけだ。


 やがて魔力嵐が発生し、視界が白く歪んでいく。


 走りながら、俺は胸の奥の違和感を無視できなかった。


 敵だ。

 倒すべき相手だ。


 それなのに。


 あの鋭い瞳と、凛とした立ち姿が、なぜか頭から離れない。


 次に会うときは、必ず血が流れる。

 その覚悟に迷いはない。


 だが――


 それだけでは終わらない何かが、始まっている気がしていた。

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