第8話 タクシーゲーム(2)
「……『ハーフの美女としっぽり温泉旅行』」
スマホを睨みながら、彼女はうんうんと頷いた。
「これは……まあ、いいな。情緒がある。残留決定」
(基準そこ!?)
「『憧れの保育士さんに◯◯◯をしごかれて』……
『先輩が僕の◯◯◯をめちゃくちゃに』……」
ぶつぶつと呟きながら、指がスワイプする。
「それと……『先生が◯◯◯◯で僕をしごき抜く』
『後輩女子とラブラブ◯◯◯』……」
勇人は、すでにシートに沈み込んでいた。
(お願いだから読み上げないで……)
「この辺は……まあ、許してやっか」
唐突に、女は大きく息を吐いた。
「男だしな。見逃すのも女の度量ってやつだ」
(何その謎の上から目線……)
――が。
「……ん?」
指が止まる。
「うわあ……これは最悪のタイトルだな」
低く唸る。
「『エルフのコスプレもなかなかいい』」
「ちょっ、それは――」
「削除っと」
容赦ないタップ音。
「『後輩が魔女のコスプレしたらエレクチオン』……
なんだこれっ」
「いや、あの、タイトル詐欺で――」
「これも最悪。削除」
次々と、無慈悲な判決が下されていく。
「この辺は変態だな……」
彼女は腕を組み、真剣な顔で頷いた。
「矯正しないとな……」
(俺、何の裁判受けてるの……)
そうして、ひとしきり整理が終わったところで。
「……あ?」
彼女の目が、鋭く細まる。
「お前」
バックミラー越しに、勇人を睨みつけた。
「幼馴染のタイトルが一個もねえじゃねえか」
「えっ?」
「鉄板だぞ?」
ハンドルを握る手に、力がこもる。
「なんでないんだよ!!」
「いや、鉄板って何の話!?」
「幼馴染・再会・距離感ゼロ」
指を折りながら列挙する。
「甘酸っぱさ、背徳感、安心感。
三拍子揃ってんだろうが!!」
「そこまで語られると逆に怖いんだけど!?」
もはや。
羞恥と理不尽と謎の説教に挟まれ、
勇人は泣きたい気分だった。
(俺……何の罪で取り調べ受けてるんだ……)
トンネルの出口が、ようやく見え始める。
だが――
この尋問が終わる気配は、まだなかった。
「うーん……幼馴染か……」
勇人は震える喉を鳴らしながら、記憶の引き出しを必死に探った。
「も、もしかしたらだけど……あ、あの……
伏上カミラ(ふしがみ・かみら)ちゃん……?
僕の知ってるハーフって……」
一瞬。
タクシーの空気が、ぴたりと凍りついた。
「おう」
即答だった。
「正解だ」
ハンドルを握る指が、ぎしりと音を立てる。
「お前さ……俺にプロポーズしたよな。
覚えてるよな!!」
「う、うん……」
(覚えてないって言ったら絶対終わる……)
「その時の証拠にさ」
彼女は自分の首筋を、親指でとんと叩いた。
「ほら。ここに痣、あるだろ」
「……えっ」
「俺が噛んでできたやつだ」
「えええ!? あの痣って、そういう由来だったの!?」
「というかさ」
カミラは首を鳴らし、ちらりと振り返る。
「俺な」
彼女は、さらっと言った。
「ヴァンパイアなんだ」
「……はい?」
「お前は俺の眷属な。
まあ、気に入ったから旦那にしてやってるけど」
「情報量!!」
勇人の脳が悲鳴を上げる。
「でもこの痣……確か一緒にお風呂入って……
その時、じゃれ合いで――」
「まあな」
カミラは悪びれもせず頷いた。
「本当は眷属にするつもりだったけど」
「結果的にプロポーズされたから、まあいいかって」
勇人は頭を抱えた。
「じゃ、じゃあさ……今までどこにいたの?引っ越したあと……」
「あー」
少しだけ、視線が泳ぐ。
「親父と各地を転々とな。
最近、一人で戻ってきた」
「じゃあ今は……」
「昼間出歩けねえから、定時制高校」
ふと、勇人は思い出した。
「……あれ?
じゃあ、タクシーの運転手じゃないよね?」
「ああ」
カミラは、にやっと笑った。
「これ借りた」
「借りた!?」
「終わったら返すよ。免許? 持ってねえしな」
「えーーーーーーーーー!!??」
勇人の叫びが、トンネルに反響する。
「いやいやいや!!
今それ一番ダメな告白でしょ!?」
「ん?」
カミラは不思議そうに首を傾げる。
「ヴァンパイアって言われて、すぐ受け入れたのに?」
「そこはもう、感覚が麻痺してて……」
「普通はそっちの方が驚くだろ」
「うん……」
勇人は遠い目をした。
「エルフに会ったことあるからさ」
「……は?」
「なんか……慣れるね」
一拍。
「……あ゛?」
カミラの声が、明らかに低く変わった。
ハンドルを握る手が、再びきしむ。
「……お前」
バックミラー越しに、赤い瞳が光る。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか」
タクシーの天井灯が、鈍く揺れていた。
カミラは苛立たしげに舌打ちすると、
被っていたタクシードライバーの帽子を乱暴に脱ぎ捨てる。
金色の髪をぐしゃりと掻き、
赤く光る瞳で――勇人を射抜いた。
「……そのエルフってのは、あの女か?」
低く、唸るような声。
空気が、一段階冷えた。
「え、えっと……怒ってるって、翠のこと?」
その瞬間。
カミラの額に、青筋が浮かび上がった。
「当たり前だろ。」
声が、地を這う。
「名前呼びって、どういうことだよ。
あまつさえ、手ぇ繋いで登校だぁ?」
語尾が跳ね上がり、
怒気が、はっきりと形を持つ。
「いや、その……だから怒らないで聞いてよ。お願いだから」
勇人は両手を上げ、必死に懇願する。
「……おう。わかった」
そう答えたカミラの顔は、
すでに完全に不機嫌だった。
「付き合っててさ……なんか、プロポーズしたらしいんだ」
勇人が、恐る恐るそう言った――
次の瞬間。
ブツン。
音を立てて、何かが切れた。
「――――っ」
カミラの表情が、
瞬間湯沸かし器のように変わる。
「てめえ……ぶち殺す。」
襟首を掴まれ、体が宙に浮く。
「浮気じゃねえか!!死んで俺に詫びろ!!」
鼻息がかかるほど、顔が近い。
牙が、わずかに覗いている。
「お、怒らないって……言ったじゃない……」
「んなこと知るか!!」
次の瞬間、勇人は引きずり出された。
アスファルトを擦る音。
タクシーは置き去り。
トンネルの出口へ――
襟首を掴まれたまま、ずるずると引きずられる。
「お、お願い……た、助けて……!!
ごめんなさい……ほんとにごめんなさい……!」
勇人の声は、情けなく震える。
だが、カミラは止まらない。
「もう遅えよ」
振り返ったその顔は、
怒りと執着が混ざり合った、獣のそれだった。
「やき入れてやる。覚悟しろ」
低く、重く。
「俺はな……俺の一族はな……裏切りを、絶対に許さねえ。」
一歩、また一歩と距離を詰める。
「二度と、浮気なんて言葉が頭に浮かばねえくらい……
一晩中◯◯◯してやる。」
その宣告に、勇人は恐怖で、声すら出なかった。
――その時。
「……待ちなさいよ」
澄んだ声が、トンネルの奥から響いた。
空気が、張り詰める。
カミラの動きが、ぴたりと止まった。
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