第7話 タクシーゲーム(1)
――エンジン音だけが、トンネル内に響いていた。
ゴウン……ゴウン……。
勇人は、必死に視線を泳がせ、運転席横に貼られたドライバーカードに目をやる。
(……名前、ない)
最近は個人情報保護とかで表示しないこともある。
ある……けど。
「うーん……」
重苦しい沈黙に耐えきれず、勇人は口を開いた。
「……あれかな。漫画、借りっぱなしとか?」
「そんなわけねえだろ」
即答だった。
しかも低音。怖い。
「いや、だってさ。運転手さんみたいな美人、僕知らないはずなんだよね」
必死の理屈。
「知ってたら、絶対すぐ思い出せるよ。誰かと間違えてない?」
「……美人、って」
一瞬。
「ふふふ」
さっきまでの殺気が、すっと引く。
ドライバーはハンドルから片手を離し、両手で頬を押さえた。
「相変わらず正直だな……」
頬が赤い。
(え、効いた!?)
しかし次の瞬間。
「……だからって誤魔化されねえぞ」
声が低く戻る。
「お前は戸川勇人だ。
間違えるわけねえだろ」
バックミラー越しに、じっと睨まれる。
「……自分の亭主をよ」
「えっ」
勇人の思考が停止する。
「て、亭主……?
いや、僕……結婚した覚え、ないんだけど……」
「はっ」
鼻で笑われた。
「何言ってんだ。したんだよ」
「じゃ、じゃあ……」
喉を鳴らしながら、恐る恐る続ける。
「その……奥さんの君に隠れて……」
「おうおう?」
にやり。
「隠れて……?」
「……AVを……ファンザで買ったこととか……
ごにょごにょ……」
空気が、一段階凍る。
「……は?」
ドライバーの眉が、ぴくりと動いた。
「んなわけあるか」
あっさり。
「それくらいは見逃すわ」
「……え?」
予想外すぎて声が裏返る。
「で」
彼女は淡々と聞いてくる。
「なんだ、それ」
「……えっ?」
「とぼけんなよ」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「タイトル教えろ」
「えーーーーーーーーー!?」
「当たり前だろ」
アクセルを軽く踏み直す。
「旦那の性癖、知っとかねえと。間違いがあっちゃ困るからな」
(何この理屈!?)
「い、いや、その……」
勇人は顔を覆い、蚊の鳴くような声で呟く。
「……憧れの保育士さんに……
◯◯◯を……しごか……ごにょごにょ……」
「聞こえねえぞ」
即座に怒声。
「男なら、はっきり喋れ」
「――っ!!」
勇人は覚悟を決めた。
顔を真っ赤にし、目を閉じて――
「『憧れの保育士さんに◯◯◯をしごかれて』です!!」
トンネル内に、魂の叫びが反響する。
ゴウン……ゴウン……。
(なにこの羞恥プレイ……)
心の中で泣きながらも、怖くて突っ込めない。
「……はっ」
ドライバーが吹き出す。
「何それ!!」
ハンドルを叩き、
「他のタイトルも言ってみろ。余罪があんだろ」
「ちょっ、まだある前提!?」
勇人の叫びも虚しく。
こうして。
性癖を白日の下に晒す、恐怖の尋問が始まった。
――もはや、
名前当てクイズも、
命がけのゲームも、
すべては遥か彼方。
トンネルの闇の中で、
勇人の尊厳だけが、静かに削られていくのだった。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。
今後もよろしくお願いします!




