第6話 タクシードライバー(2)
――目を覚ました瞬間、まず暗さに違和感を覚えた。
(……暗い)
街灯の光も、ネオンもない。
フロントガラスの向こうは、墨を流したような闇。
次に気づいたのは、速度だった。
ゴウッ――!
車体が跳ねる。
舗装の荒い道を、明らかに出しすぎなスピードで走っている。
「……っ!」
勇人は慌てて体を起こした。
視界が揺れる。
左右には、闇に溶けた木々の影。
(林……? いや、これ……林道!?)
反射的に声が出た。
「う、運転手さん……ここ、どこ?」
返事はない。
ハンドルを握る金髪のドライバーは、前だけを見つめている。
横顔は暗く、表情が読めない。
「……あの……聞こえてます?」
心臓の音が、やけにうるさい。
「ここ……違いますよね?駅前から、こんな道――」
言い終わる前に、さらに加速した。
「――っ!?」
シートに体が押し付けられる。
「え、なに!? なに!?」
慌ててスマホを取り出す。
画面点灯。
――圏外。
「え……え……」
電波表示を何度も確認する。
「ここ……どこなのさ……」
声が震える。
運転手は、何も答えない。
ただ、アクセルを踏み込む。
エンジン音が、獣の唸りみたいに夜を切り裂く。
(……まずい)
勇人は悟った。
これは道を間違えたとか、そういうレベルじゃない。
――意図的に、連れてこられている。
「……う、運転手、さ……ん……」
なるべく刺激しないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「もしかして……何か、手違いとか……」
そのとき。
「……最近さ」
ぼそり、と低い声が漏れた。
勇人の喉が鳴る。
「あんた、だいぶ調子に乗ってるよね」
「……え?」
意味がわからない。
「な、何のことですか……?」
答えの代わりに、さらにスピードが上がる。
「ちょっ! やめて! 危ないって!!」
前方に、黒い穴が見えた。
――トンネル。
「え……待っ……」
次の瞬間。
キキィィィィィ!!
急ブレーキ。
体が前に投げ出され、シートベルトが胸に食い込む。
「がっ――!!」
タクシーはトンネルの中で、完全に停止した。
エンジン音だけが、反響している。
ゴウン……ゴウン……
そして。
ドライバーが、ゆっくり振り返った。
金髪が揺れ、暗闇の中で顔が近づく。
「調子に乗ってるって」
低く、噛みつくような声。
「言ってんだよ!!」
目が、異様に見開かれていた。
獲物を見る目。
怒りと、執着と、何か別の感情が入り混じった――危険な目。
「ひっ……!」
勇人は声にならない悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい!!
なにが悪いかわからないけど……ほんとにごめんなさい!!」
涙が滲む。
「……あんたさ」
ドライバーは低く続ける。
「俺の気持ち、わかる?」
首を傾げる。
「……わからないだろ」
にたり、と口角が歪む。
「なんで、俺が怒ってるか」
「ごめんなさい……!
思い出せないけど……許してください……!」
「……謝れば済むと思ってんのか?」
声が跳ね上がる。
「なめんなよ!!」
勇人は反射的に財布を取り出した。
「お、お金なら……ここに……」
――それが、致命的だった。
「……金?」
ドライバーの顔が、完全に歪む。
「金じゃねえわ!!」
運転席から身を乗り出し、怒鳴りつける。
「ぶっ殺すぞ!!この粗チン野郎が!!」
「ひぃっ!?」
恐怖で思考が崩壊する。
「そ、粗チンでごめんなさい!!許してください!!」
自分でも何を言っているかわからない。
ドライバーは、しばらく睨みつけていたが――
ふっと、笑った。
「……いいよ」
静かに言う。
「チャンス、やる」
「……え?」
「クイズだ」
ハンドルを叩き、言い放つ。
「俺の名前と、なんで俺が怒ってるのか」
ぎらりと目を光らせる。
「当ててみろ」
トンネルの闇が、二人を包む。
「朝までにな」
勇人は、震えながら時計を見る。
――午前三時。
日の出まで、残り三時間。
逃げ場なし。
拒否権なし。
こうして――
命と人生を賭けた、恐怖のタクシーゲームが、静かに幕を開けた。
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