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第5話 タクシードライバー(1)

数日後


 駅前の雑踏は、夜になっても騒がしかった。


「じゃあ……またね」

 翠はそう言って、数歩下がる。



 そして――


 にこり、と花が咲くような笑顔で、手を振った。


 勇人も、反射的に手を振り返す。


 その姿だけを切り取れば、どう見ても別れを惜しむラブラブなカップルだ。


 この前まで拉致監禁されていた事実さえ、なかったことにできそうなくらいに。


 人波の中で、翠はいつまでも手を振っていた。


 名残惜しそうに。


 嬉しそうに。



 ――少しだけ、執着を滲ませながら。


(……ほんと、普通に可愛いんだよな)



 そんな感想を抱いた、その瞬間。


 ――ぶるる、とスマホが震えた。


 画面を見る。


 父さん。


 見間違えようのない、父親からの着信。


「はい」


『ああ、勇人か』

 少し低く、硬い声。


『駅前にタクシーを手配してる。それに乗ってくれ。

 詳しいことは……帰ってから話す』



「え? 何それ、急すぎるだろ。どうしたのさ」


 一瞬の沈黙。



 そして――

 

 ガチャリ。


 切れた。


「……は?」

 嫌な胸騒ぎが、背中を撫でる。


「駅前のタクシーって……どれだ?」

 タクシー乗り場に行くと、そこには数台の車が並んでいた。


 どれも同じように見える、夜の駅前の光景。



 そのとき。


 すっと、一台のタクシーが勇人の目の前で止まった。


「――予約のお客さん?」


 窓が下り、顔を覗かせたのは、驚くほど美しい金髪の女性だった。



 切れ長の瞳。


 整った鼻筋。


 紺のジャケットに制帽という、いかにもタクシードライバーな格好なのに、どこか浮いている。


「う、うん……そうだね」 


 自然とそう答えてしまい、ドアが開く。


 考えるより先に、身体が動いた。


 後部座席に乗り込む。


 ドアが閉まる音が、やけに大きく聞こえた。



 ――その光景を。


 翠は、遠くから見送っていた。


 人の目では、もう表情を捉えきれないほどの距離から。



「あれ……?」

 彼女は、わずかに眉をひそめる。


「……もしかして」

 不安とも、警戒ともつかない色が、その瞳に浮かんだ。



 ***


 再び、タクシーの車内。


「じゃあ、吉野町鈴川一八八まで」


「はい」


 短く返事をして、タクシーは走り出す。


 駅前のネオン。


 人混み。


 騒音。


 それらが、後方へと流れていく。


 繁華街を抜け、やがて国道へ。



「あれ?」

 勇人は、窓の外を見て首を傾げた。


「運転手さん……こっち、遠回りにならない?」


「ええ」

 ミラー越しに、彼女の目が細められる。


「今、いつもの道は事故で交通規制がかかってましてね。

 通行できないんですよ」


「あ……そうなんだ」

 納得した、つもりだった。


 それ以上、会話は続かない。


 エンジン音だけが、一定のリズムで耳を打つ。


 街灯が、一定間隔で車内を照らしては消える。


 そのたび、運転手の横顔が一瞬だけ浮かび上がる。



(……美人だな)

 どうでもいい感想が浮かぶのは、緊張を誤魔化すためだ。


 気がつけば、まぶたが重くなっていた。


「……着いたら、起こしてね」


 そう言い残し、勇人はシートに身を預ける。


「はい……」

 前から、静かな声。



「着いたら、起こしますね……」


 そして、ほんの一瞬。


 バックミラーに映った口元が――


「……ふふっ」

 にやりと、歪んだ。


「ゆっくり、寝ててください」

 タクシーは、街灯の少ない道へと入っていく。


 光は減り、

 音は遠ざかり、

 夜の闇が、じわじわと車体を包み込む。



 ――こうしてタクシーは。

 暗闇の中へ、静かに消えていった。





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