第39話 竜王請願賽 第3の試練 獅堂 疫魔(1)
――巨大な地下ドーム。
天井を埋め尽くす照明が一斉に灯り、四万を超える観客のざわめきが、地鳴りのように空間を満たしていた。
運動場の中央。
一本の刀を肩に担ぎ、静かに立つ男がいる。
――戸川勇人。
血の匂いが残る運動場において、
彼だけが、奇妙なほど「普通」の呼吸をしていた。
猫獣人の司会が、声を張り上げる。
「では――
最終試練を開始いたします!!」
一拍。
「竜王学園・養護教諭――三凶死
獅堂 疫魔先生!!」
ざわ……と観客席が波打つ。
入場口から現れたのは、
――異様、という言葉すら生ぬるい存在だった。
頭には鉄兜。
全身を覆う灰色のフルラバー製・化学防護服。
その上から羽織られた白衣。
顔は防毒マスクに完全に覆われ、
身長は150センチほど、細身。
そして――
コォー……ホォー……
人工的な呼吸音が、ドームに不気味に反響する。
観客席の誰かが、思わず呟いた。
「……医者、だよな?」
「いや……処刑人じゃね?」
その人物は、ゆっくり、ゆっくりと歩き――
勇人の前で止まった。
籠もった声。
かすれ、震え、やけに小さい。
どう聞いても――女性だ。
――地下ドーム。
ざわめきが渦を巻く運動場の中心で、その声はあまりにも小さく、しかし異様な存在感を放っていた。
「……獅堂……疫魔……で、です……」
防毒マスク越しのくぐもった声。
勇人は、思わず眉をひそめる。
「……?」
「……あ、あなたを……け、けんさ……したい、です……
できれば……解剖も……」
「……はっ?」
あまりに自然な口調に、勇人の口から素の声がこぼれ落ちた。
(いや待て……今……
さらっと“解剖”って言ったよな!?)
その瞬間だった。
獅堂疫魔は、恍惚とした仕草で自分の頬に手を当て――
防毒マスクの奥、とろんと濁った瞳を細める。
まるで恋を語るかのように。
まるで信仰を告白するかのように。
――彼女は、呟き始めた。
「みなさん……
私は……検査が好きです……」
ざわ……。
「私は……解剖が……大好きです……」
ざわざわ……。
勇人の背筋を、冷たいものが這い上がる。
「生化学検査が好きだ。
血液検査が好きだ。
病理解剖が好きだ。
微生物検査が好きだ。
司法解剖が好きだ。
遺伝子検査が好きだ。
尿・便検査が好きだ。
――解剖が、大好きだ……」
声量は、相変わらず小さい。
だが――その言葉一つ一つには、逃げ場のない確信が宿っていた。
(ちょい待て!!検査の裏で
解剖、解剖、差し込みすぎだろ!!)
「総合病院で……
大学病院で……
製薬会社で……
研究室で……」
列挙される場所。
それは“治す場”であると同時に――
選別と分解の場でもあった。
観客席は、いつの間にか静まり返っていた。
「この地上で行われる……
あらゆる検査・解剖が……大好きだ……」
一拍。
「検診センターで……
居並ぶ患者を……一斉に診るのが……大好きだ……」
声が、わずかに震える。
それは恐怖ではない。
歓喜だ。
「……悪性が見つかったときなどは……
心が……踊る……!」
どよめきが、遅れて爆発する。
「MRIが……検診者を飲み込み……
すべてを白日のもとにさらす……
その姿は……胸が……胸が……」
――そこまでだった。
司会が、顔面蒼白で割って入る。
「あっ……!
す、すみません!!
も、もう……そのへんで……!!」
まるでスイッチが切れたように、
獅堂疫魔は、はっと我に返った。
「あ……っ……」
肩をすくめ、小さく縮こまる。
「……ご、ごめんなさい……
わ、わたし……つい……
勇人くんを……解剖検査できると……思ったら……
こ、興奮……して……」
きゅう、と縮こまる。
――場の空気が、完全にホラーである。
勇人は、刀を肩から下ろし、真剣な目で問いかけた。
「……あんた……
もう一度……名前を聞こう」
獅堂疫魔は、胸を張り――
誇らしげに、しかし相変わらず小声で告げる。
「……私の名は……
獅堂 疫魔……」
一拍。
「――病理の悪魔……
モルビア・アルミケラ……で、です……」
最後は、ごにょごにょと聞き取れなかった。
観客席が、静まり返る。
試練――
病理の悪魔、獅堂疫魔。
狂気と理性の境界で、
次なる戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。
――巨大地下ドーム。
狂熱に満ちた観客席を背に、司会が解説席へとマイクを向けた。
「龍神さん!
この勝負、どうなると思いますか!?」
一瞬の沈黙。
葵は腕を組み、わずかに眉をひそめた。
「……うちの養護教諭は、あんな先生じゃなかったんだがな……」
その横で、理事長・竜崎麗香が、いかにもどうでもよさそうに肩をすくめる。
「うむ。
勇人が竜王学園に転校すると聞いてな。
どうしてもと、彼女の“姉”から頼まれたのだ」
「……姉?」
「ちょうど産休の時期でな。空きがあった」
「いやいやいや!!」
葵が身を乗り出す。
「面接したんですか!?というか、教員免許は!?」
「……知らんぞ」
理事長、堂々と開き直った。
解説席が静まり返る。
――その空気を、司会の絶叫が切り裂いた。
「――ではぁぁ!!
はじめッ!!」
ゴング代わりの声が、地下ドームに轟く。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。




