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第35話 竜王請願賽 第1の試練 地獄丸(2)

 棍を構える地獄丸。


 対するは――手刀一本、無手の勇人。


 地下運動場の空気が、ぴしりと凍りついた。


 土の匂い。


 汗と殺気が混じり合い、観客四万余の視線が、二人に突き刺さる。


 司会の猫獣人が、声を張り上げた。


「――では!!

 始めっ!!」


 その瞬間――


 勇人は、正面から行かなかった。


 すっと、地を滑るように回り込み、半円を描く。


 目線は地獄丸の肩、腰、足運び。


 呼吸、重心、棍の角度。


(……なるほど)


 静かな確信が、勇人の中で形を結ぶ。


 ――刹那。


 ゴォォォォッ!!


 地獄丸の棍が、嵐となって襲いかかる。


 突き。

 突き。

 突き。

 突き。


 一直線ではない。


 角度を変え、軌道をずらし、すべてが急所狙い。


 喉。


 太腿の動脈。


 肋骨の隙間。


 こめかみ。


「――――ッ!!」


 勇人は、紙一重でかわす。


 頬を掠め、髪を散らし、皮膚を切り裂く風圧。


 一歩。


 半歩。


 身体を捻り、沈み、流す。


 避け切った。


 地獄丸が、低く唸る。


「……よくぞ、初手を躱した」


 勇人は、静かに言った。


「……だいたい、わかった」


「ふん。戯言を」


 地獄丸の目が鋭く光る。


 棍が、さらに速く――


 ――その瞬間。


 勇人が、踏み込んだ。


 棍の内側。


 懐。


「――なっ!?」


 地獄丸の目が見開かれる。


 勇人の掌が、下から跳ね上がる。


 ドンッ!!


 ――掌底。


 顎を、正確無比に打ち抜く。


「――ぐっ!!」


 地獄丸の巨体が、後退する。


 間を与えない。


 勇人は距離を詰め、腰を切り、全身の力を一撃に集約。


 ドォン!!


 腹部への、渾身の一打。


 ――吹き飛ぶ。


 ズザァァァァン!!


 地獄丸は、数メートル転がり、土を抉って止まった。


 観客席が――爆発した。


「おい……うそだろ!?」


「地獄丸先生が……押されてる!?」


「信じられない……あの人、昔キメラを素手で絞め殺したって……!」


 どよめき、悲鳴、歓声。


 司会が、解説席にマイクを向ける。


「い、いきなり請願者優位の展開ですが……龍神様、いかがですか!?」


 龍神は、腕を組んだまま、誇らしげに言い放つ。


「当然だ。私の伴侶だからな」


 観客席、再び騒然。


 理事長・竜崎麗香は、にやりと笑う。


「まあ……このまま終わるとは、思えんがな」



 その言葉通り――


 ギリ……


 地獄丸が、ゆっくりと立ち上がる。


 口元から血を拭い、満面の笑み。


「……すごいな」


 低く、震える声。


「ここまでとは!!」


 一歩、踏み出す。


「よくぞ……よくぞ、鍛えたものだ!!」


 棍を――捨てた。


 ドサリ、と土に落ちる音。


「ならば……」


 両腕をだらりと下ろし、腰の横に構える。


「私も、応えねばなるまい!!」


 次の瞬間。


「――――――――

 うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 咆哮。


 ドンッ!!


 地獄丸の身体から、紅の気が噴き上がる。


 皮膚が赤く染まり、


 背中から肩、腕にかけて――


 龍の入れ墨が、浮き上がった。


 それはただの絵ではない。


 生きているかのように、うねり、睨みつける龍。


 地獄丸は、歓喜に打ち震えた。


「今日は……今日はなんという日だ!!」


 拳を握り締める。


「冥途の土産に、目に焼き付けておけ!!」


 観客席、息を呑む。


「――エルフ龍神拳りゅうじんけん!!」


 地獄丸の声が、地下運動場を震わせる。


「初めて見せる!!」


 笑う。


「嬉しいぞ……よもや、この技を使う日が来るとはな!!」


 紅の気が、渦を巻く。


 勇人は、一歩も引かない。


 ただ、静かに言った。


「……ふん」


 鋭い視線で、地獄丸の背を見据える。


「背中に入れ墨か」


 その言葉が、嵐の前の静けさとなった。



 ――次の瞬間、


 漢と漢の、本当の殺し合いが始まる。



 その光景を――


 観客席の一角で、エリンは立ち上がって見つめていた。


「……エルフ龍神拳ですって?」


 信じられない、というより――戦慄。


「……あの技を、まだ使う者がいたなんて……」


 隣で目を丸くするキーラが、声を潜める。


「エリン……?

 それ、そんなにヤバいものなの?」


 エリンは、唇を噛みしめ、ゆっくりと頷いた。


「ええ……」


 視線は運動場から離れない。


「あまりにも危険で……あまりにも習得が難しくて……

 すでに絶えたとされている技よ……」


 キーラが息を呑む。


「龍神の加護を……一身に浴びる拳法……」


 エリンの声は震えていた。


「でも、あれは代償が大きすぎるの……

 身体が耐えきれず、修得途中で死んでしまう者がほとんど……」


 その瞬間――


 運動場で、地獄丸が叫ぶ。


「――いくぞ!!」


 ――消えた。


「……っ!?」


 勇人が、反射的に身構えた、その刹那。


 背後――


 風圧。


「はっ――!」


 振り向いた瞬間、地獄丸の拳が、勇人の頬をかすめる。


 血が、一筋、宙に舞う。


(……速い……!!)


 勇人の目が、細くなる。


「……身体強化……」


 低く呟く。


「しかも……究極のレベルだ……」


 地獄丸が、獣のように笑った。


「……目で追えなかったか」


 勇人は、静かに答える。


「……いや」


 口角が、わずかに上がる。


「追えなかったのは、今の一瞬だけだ」


「……すごいな」


 地獄丸の目が、歓喜に輝く。


「これを……躱すか」


 次の瞬間――



 勇人が、言った。


「……じゃあ」


 一拍。


「俺も、少し本気を出すぞ」


 ――消えた。


 観客席が、ざわめく間もない。


 地獄丸の背後――


 勇人。


「――っ!?」


 地獄丸が振り向いた、その瞬間。


 ドゴォッ!!


 顔面に、重い一撃。


 ――だが。


「……甘い」


 地獄丸は、両腕を交差。



 直撃は防いだ――はずだった。


 だが、そこから――


 ドドドドドドドドッ!!


 怒涛の拳。


 左右、上下、間断なし。


 地獄丸は下がりながら、躱し、弾き、拳を返す。


 ババババッ!!


 互いの拳が、空気を裂き、衝突する。


 だが――


 その中で、勇人が構えを変えた。


 身体を低く。


 腕を畳み。


 頭を――振り始める。


 左右。


 八の字。


 まるで、揺れる振り子。


(……来る……)


 地獄丸が察した瞬間。



「――――ッ!!」


 勇人の身体が、回転を始める。


 拳が、


 更に距離を詰め、


 肘打ちが、――


 止まらない。


 ドドドドドドドドドドッ!!


 回転、加速、加速、加速。


 逃げ場はない。


「――ぐはぁぁぁぁぁぁっ!!」


 地獄丸の身体が、宙を舞い――


 叩きつけられる。


 白目を剥き、


 口から泡を噴き、


 完全に沈黙。



 ――静寂。


 一瞬の後。


 司会の絶叫が、地下闘技場を引き裂いた。


「――――――なんとぉぉぉぉ!!

 勝者はぁぁぁ!!」


「戸川勇人ーーーーーーーー!!」


「大・番・狂・わ・せ!!」


「終わってみれば……

 一方的な勝利ぃぃぃ!!」


 観客席――爆発。


「すげぇぇぇぇ!!」


「うそだろ!?」


「人間だぞ、アイツ!!」


 エリンは、呆然と呟いた。


「……龍神拳を……

 正面から叩き潰した……?」


 こうして――


 第一の審議、終了。


 地下運動場には、


 地獄丸の敗北と、


 人間という存在の異常性だけが――


 長く、長く、余韻として残り続けていた。


 

 

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。

ちなみにですが、最後に主人公が使った技は、中国武術で実際にあります。


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