第32話 魁!! 竜王学園(1)
竜王学園高等部、三年一組。
週の始まりを告げるホームルームの時間は、いつも通りの倦怠感と微かなざわめきに満ちていた。
黒板の前に立つ副担任の教師が、咳払いをひとつしてから言う。
「では――転校生を紹介します。戸川勇人くんです」
教室中の視線が、一斉に後方の席へと集まった。
窓際、春の陽光を背に立ち上がった少年は、少しだけ肩をすくめてから口を開く。
「戸川勇人です。よろしくお願いします」
拍子抜けするほど簡単な挨拶。
しかしその内心では、盛大な絶叫が木霊していた。
(どうしてこうなったーーーーーーー!!)
時は、二週間前に遡る――。
夕暮れの食卓。
湯気の立つ味噌汁と、やけに重たい空気。
向かいに座る翠は、箸を置くと静かに、しかし断定的に言い放った。
「もう、君を一人にはできない。転校してもらうから」
「……えっ? 転校って、どこに?」
勇人の問いに、翠は微笑んだまま答える。
「竜王学園だよ。理事長とは昔なじみでね。話はもう通してあるから」
嫌な予感が、背筋を駆け上がる。
「私と同じクラスで、席も横。部活も安心して。文芸部の副部長のポスト、用意してあるから」
「……はい?」
「ちなみに、私が文芸部の部長だよ。ふふ。朝から晩まで、ずっと一緒だね」
それはもう、“世話”というより“管理”だった。
「あ、あの……僕の希望とか、意思とかは……?」
おそるおそる尋ねる勇人に、翠の目が鋭く細められる。
「あるわけないでしょ。あんだけ女遊びしといて……むしろ、このくらいで許してもらえてありがたいって思わないと」
空気が凍る。
「それにね。お義父さんにはもう相談済み。
『翠さんなら安心して任せられる』って」
にっこり、と悪魔のような笑顔。
「ぎゃーーーーーーー!!」
勇人の悲鳴は、食卓の外へと虚しく消えていった。
そして現在。
竜王学園・昼休み。
三年一組の教室に、一人の少女が現れた。
長い青髪に、凛とした佇まい。生徒会の腕章が眩しい。
「勇人、ちょっといいか?」
「……葵ちゃん?」
龍神葵。
「放課後、生徒会室に来てほしい。」
「そうだね……三年からの転校なんて、普通ないもんね」
二人の会話を、教室の一角から鋭く見つめる視線があった。
翠だ。
――面白くない。実に、面白くない。
「龍神。ちょっといい?」
呼び止められた葵は、薄く笑う。
「……いい機会だな」
二人は人気のない屋上へと向かった。
春風が心地よく吹き抜ける昼休み。
だが、空気は一触即発だった。
「――お前。勇人は私のものだ。色目を使うな!!」
翠が、感情を剥き出しにして叫ぶ。
「知らんな。勇人とは将来を誓った間柄だ」
葵は涼しい顔で言い放つ。
「年を考えろ。色ボケエルフが」
「……あ゛?
トカゲの串焼きにしてやろうか!」
「やれるものなら、やってみろ。私は引かない」
そう言い残し、葵は踵を返す。
「……ふん。トカゲごときが」
翠は空を睨み、低く呟いた。
「なら――こっちは、外堀を埋めるまでだ」
不敵な笑みが、その唇に浮かぶ。
竜王学園を舞台に、
勇人を巡る運命と執着の物語が、今――静かに、しかし確実に動き始めていた。
放課後。
竜王学園・生徒会室。
重厚な木製の長机を中心に、ずらりと並ぶ生徒会役員たち。
書記、書記次長、会計、監査……総勢八名。
その中央、威風堂々と腕を組んで立つのは――生徒会長・龍神葵。
そして、そのすぐ横。
場違い感を全身から放出しつつ、魂が半分抜けかけている少年――戸川勇人。
(……なんで俺、ここに立ってるんだっけ?
放課後は帰ってゲームする予定だったよな??)
そんな勇人の内心などお構いなしに、葵は高らかに宣言した。
「――長らく、生徒会副会長は空席だった」
一瞬の静寂。
「しかし!
たった今から、生徒会副会長は――
ここにいる、戸川勇人だ。異論は認めん」
ズドーン!!
と、効果音が鳴った気がした。
「………………は?」
勇人の脳内が完全にフリーズするのと同時に、会議室がざわめきだす。
最初に立ち上がったのは、書記担当の三年男子だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!!
それはおかしいでしょう!」
眼鏡を押し上げ、真っ当すぎる正論を叩きつける。
「竜王学園の生徒会ですよ!?
難関大学の推薦資格も得られる、全校生徒の憧れの席です!
実績もない転校生が、いきなり副会長なんて――!!」
「そうですよ!」
続いて声を上げたのは、書記次長の二年女子。
「なんで転校生が……
もしかして、生徒会長、贔屓してません?」
(うんうん、それな!!)
と、勇人は心の中で全力同意する。
だが、葵は一歩も引かない。
「生徒会長が副会長を指名できる。
それが、生徒会規約だ!! 異論は認めん」
ドヤァ……と言わんばかりの断言。
「しかし、それでは全校生徒が納得しません!」
書記が食い下がる。
すると、別の女子生徒がニヤリと意地悪な笑みを浮かべて言った。
「噂じゃあ…… 会長の彼氏だって話、ありますけど?」
空気が凍る。
(……え? 今、なんて??)
「自分の男だから、副会長にしたんじゃないですか?」
次の瞬間。
「――彼氏だと!?」
葵の声が、生徒会室に雷のように響いた。
「そんな安い関係じゃない!!
勇人とは――将来を誓い合った仲だ」
ドーーーン!!
背景に爆発エフェクトが見えた気がした。
(勇人:えぇぇぇぇぇぇぇ!!??)
声にならない悲鳴が、勇人の喉元で踊る。
「ほら!やっぱり自分の男だから贔屓してるんでしょ!」
「違う!!」
葵は机を叩き、真剣な眼差しで叫ぶ。
「それだけ信頼しているんだ!
肝胆相照らす仲だ!!
絶対に、私を裏切らない!! ――見損なうな!!」
(情報量が多すぎる!!
胃が! 胃が耐えない!!)
勇人は、今にも口から泡を吹いて倒れそうだった。
その時――
ガチャリ。
生徒会室の扉が勢いよく開く。
「話は――聞かせてもらった!!」
響き渡る声に、全員の視線が一斉に入口へ集中する――!!
そこに立っていたのは……!?
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