第31話 約束と儀式の効果
――気がつけば、二人はすでにゲートを抜けていた。
異界特有の重たい空気は消え、代わりに鼻腔をくすぐるのは、見慣れた夕暮れの匂い。
アスファルトが昼の熱を残し、オレンジ色の光が住宅街を包み込んでいる。
もう夕方だった。
葵は竜王学園のブレザーに身を包み、勇人はいつもの学生服。
まるで放課後のカップルのように、二人は自然と肩を並べて歩いていた。
沈黙を破ったのは、葵だった。
「……あのな」
少しだけ視線を落とし、言葉を探すように歩幅を揃えながら。
「私は、子供の頃から騎士として育てられてきた。
遊びなんて、ほとんど許されなかった」
勇人は、何も言わずに耳を傾ける。
「だから……勇人との“ままごと”の時間が、本当に楽しかったんだ」
葵の声は、どこか懐かしそうだった。
「儀式として、許された唯一の遊びだったからな……」
夕日が、彼女の横顔を赤く染める。
「勇人は、最後まで付き合ってくれた。
どんなわがままも、文句ひとつ言わずに」
小さく、息を吸う。
「……だから、幼いながらに思ったんだ。
この人しかいない、って」
勇人は、静かに頷いた。
「私はな、クソ真面目で、融通が利かない。
女らしくもないし……上から目線だって、自覚してる」
言葉が途切れ、葵は顔を赤らめる。
「でも……お前のことを、忘れた日は一日もない。
いつか、お前と添い遂げると信じて、生きてきた」
ちらりと勇人を見る。
「……重くて、すまん」
「うん……うん」
勇人は、柔らかく笑って頷いた。
「僕もさ……葵ちゃんが、こんなに素敵な女性になってて、嬉しいよ」
――沈黙。
(オーブ:……お前、それ)
一拍遅れて。
(オーブ:地雷、踏んだからな)
「……えっ?」
次の瞬間。
葵は一瞬きょとんとしたあと、口元に手を当て、ふっと笑った。
「あ、あのな……」
照れ隠しのように咳払い。
「試練の、最後の言葉……覚えてるか?」
「……え?」
「“いつか、僕が迎えに行く”ってやつだろ」
勇人がそう言うと、葵は満足そうに頷く。
「ああ、そうだ。約束だからな」
そして、少しだけ胸を張る。
「今日、ゲートの前まで迎えに行っただろ?
あれが――最後の試練だ」
くすり、と微笑んで。
「今日、その約束を果たしたんだ。……ふふ」
勇人は、言葉を失う。
「もう、私たちは将来を誓い合った仲だ」
葵は、まっすぐ勇人を見つめた。
「……責任、取ってくれよ?」
その笑顔は、騎士ではなく――
一人の少女のものだった。
気がつけば、勇人の自宅前に着いていた。
「じゃあ……またな」
葵はそう言って、手を振る。
「うん……」
勇人も、ぎこちなく手を振り返した。
葵の背中が夕闇に溶けていくのを見届け、勇人は玄関へ向かう。
――ドアノブに、手をかけた、その瞬間。
ぞわり、と。
全身を、悪寒が駆け抜けた。
(……なにこれ)
このドアの向こうに――
何かがいる。
いや、“誰か”だ。
しかも。
仁王立ちで、腕を組み、こちらを待ち構えている気配がする。
(オーブ:……俺は、関知しないからな)
(勇人:待って!? そこ助けるとこじゃない!?)
嫌な予感が、確信に変わる。
この状況。
この空気。
これは――
かつて経験した、
「浮気して、めちゃくちゃ怒られて、最終的に土下座する……」
――あの儀式が、役に立つ局面ではないだろうか。
勇人は、そっと息を整えた。
覚悟を決め、ドアノブを回す。
――ギィ。
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