第28話 プレデターズ(3)
空を見上げると、そこには月が二つあった。
青く澄んだ夜空に、寄り添うように並ぶ双月。
まるで――この異界に迷い込んだ勇人を、静かに見守っているかのように。
「……夢じゃ、ないよな」
自分に言い聞かせるように呟き、勇人は獣道を進んでいた。
足元の草は異様に背が高く、触れるだけでざわりと音を立てる。
その時。
「――グルルルル……」
「……っ!?」
低く、喉の奥で鳴るような獣の声。
一方向ではない。
右から、左から、背後から――至るところで。
「ちょ……なに、これ……」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
視界の端で、草むらが揺れた。
恐怖で、思考がまとまらない。
何がいて、どれだけいて、どこから来るのか――分からない。
そして。
気づいた時には、もう遅かった。
草を割って現れたのは、
犬のようで、狼のようで――だが、決定的に“違う”存在。
――目が、四つある。
上下二対に並んだ赤い眼が、ぎらりと光る。
牙は異様に長く、涎が糸を引いて地面に落ちる。
「……まずい」
本能が、全力で叫んでいた。
勇人は踵を返し、走り出す。
「うわああああっ!!」
だが、数歩も行かないうちに気づく。
――囲まれている。
前にも、横にも、背後にも。
同じ魔獣が、音もなく距離を詰めてきていた。
「グワァァァァァッ!!」
一体が跳躍する。
牙を剥き、一直線に――勇人へ。
――その瞬間。
胸の奥が、熱を持った。
「……?」
次の瞬間、淡い光が勇人の胸元から溢れ出す。
淡緑色の、柔らかくも力強い光。
――アーティファクト《精霊王のオーブ》
――緊急起動。
「え……?」
問いを発する暇すらなかった。
勇人の体が――勝手に、動いた。
跳びかかってきた魔獣の口を、
両手で、がっちりと掴む。
「――てめえ」
低く、荒々しい声が、勇人の喉から溢れた。
「よくも……やってくれたな!!」
「え、ちょ、俺こんな声――」
次の瞬間。
――ズバァァァッ!!
光の刃が一閃し、
魔獣の体は、縦に――二つに裂けた。
血飛沫が舞い、
断末魔すら上げられず、地面に崩れ落ちる。
「…………」
それを見た他の魔獣たちが、一斉に動きを止めた。
低く唸りながら、後ずさる。
そして――
まるで合図でもあったかのように、
森の奥へと、一斉に退散していった。
静寂。
荒い息遣いだけが、夜に残る。
「……え?」
勇人は、自分の両手を見つめる。
「……今の、なに?」
すると、頭の中で、軽い調子の声が響いた。
『よう』
「……誰?」
『俺だよ』
次の瞬間、勇人の口が、勝手に動いた。
「俺は、オーブの補助人格だ。よろしく!」
「……えっ」
混乱の極みで、勇人は叫ぶ。
「僕!? いや、僕の声じゃないよね!?」
『まあ、そうだな』
どこか肩の力が抜けた、余裕のある口調。
『お前に足りない部分を補うように設定されてる。
ここは俺に任せとけ』
「だ、だいぶ性格違うんだけど……」
『敢えて変えてるんだよ』
楽しそうに、声は続く。
『その都度、変化に対応できるようにな。
ここじゃ、俺が前に出たほうがいいと思うぜ?』
「……戻せる?」
『ああ。なんなら、今すぐ戻すけど』
勇人は、少しだけ考え――
「……いえ、お願いします」
『おう、任せとけ』
頼もしい声。
『場合によっては戻すけどな。
メインの人格はお前だ。俺はあくまで疑似人格』
「疑似……人格……」
『逐一、助言もする。だからビビるな。死なせねえよ』
勇人は、ゆっくりと息を吐いた。
怖い。
状況は最悪だ。
それでも――
「……よろしく」
そう呟くと、胸元の光が、静かに収まった。
こうして。
一つの体に、二つの意思を宿した勇人は、
魔界最凶と恐れられる“魔の森”を、再び歩き始める。
双月に見守られながら。
魔の森は、走る者を拒むかのように牙を剥いていた。
勇人は獣道を駆け上がる。
湿った土、絡みつく根、視界を遮る枝葉――それらすべてを、ほとんど反射的にかわしながら。
だが、彼の動きはすでに「逃げる人間」のそれではなかった。
――前方。
斧を携えたミノタウルスが二体。
森の影からぬっと現れ、赤い目でこちらを捉える。
「……見つかったか」
次の瞬間、二体は地を蹴った。
重い足音。枝をへし折り、一直線に突進してくる。
その時、勇人の頭の奥で“声”が響く。
『こっちに敵意を持って近づいてくる。排除する』
感情のない、冷静すぎる判断。
「……ああ」
勇人の両手が、淡く発光した。
次の瞬間、光は形を持ち――二振りの刃となる。
――すれ違いざま。
勇人は一歩も止まらず、身体を流す。
光が閃き、
重い肉体が、音を立てて崩れ落ちた。
斧が地面に転がる音だけが、遅れて響く。
「……行くぞ」
勇人は振り返らない。
魔の森を、さらに深く――駆ける。
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