第27話 プレデターズ(2)
青空には月が二つ。
そして勇人の心には、深い深い諦観が広がっていた。
「――お前に、再度の試練を与える」
冷たく、そして一切の慈悲を含まない声が、森に響いた。
「ここから四キロ先にある“出口”に辿り着け。私はそこで待っている。迎えに来い。
それだけだ」
葵は高い位置から、見下ろすようにそう言い切った。
まるで裁定を下す神か、あるいは――逃げ場を与えぬ審判者のように。
「……は?」
勇人は呆然としたまま、視線を前に向ける。
そこにあったのは、一本の獣道。
人が通った形跡はほとんどなく、踏み固められた土の両脇からは、ねじれた木々と黒ずんだ草が生い茂っている。
奥へ行くほど、光が飲み込まれていくような、不気味な道だった。
「……ここって、どこなの?」
恐る恐るそう聞く勇人に、葵は即答する。
「そんなことはどうでもいい」
切って捨てるような言い方だった。
「お前はこの道の先にある“ゲート”へ辿り着け。
そこが――お前の世界へ帰れる、ただ一つの方法だ。
私はそこで待っているから迎えに来い」
「……帰れる?」
勇人の心が、わずかに揺れる。
だが、葵は続けた。
「そして、それこそが――
我が“夫”となる資格を得るための試練なのだ!」
「いや、そこはまだ同意してな――」
言い切る前に、葵はふっと目を伏せ、なぜか厳かな口調で呟き始めた。
「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。
危ぶめば道はなし」
勇人はぽかんと口を開ける。
「踏み出せば、その一足が道となり、その一足が道となる……」
(……あれ? これ……)
「迷わず行けよ。行けば、わかるさ」
「どっかで聞いたことあるやつ!!」
思わずツッコミを入れる勇人だったが、
葵はすでに詠唱を終えた巫女のような顔で、満足そうに頷いていた。
「さあ、行け」
「いや、説明が少なすぎ――」
「行け」
「選択肢ないよね!?」
有無を言わせぬ圧に押され、勇人はしぶしぶ一歩、獣道へ踏み出した。
足元の土は湿り、どこか生温かい。
森の奥からは、正体不明の鳴き声がこだましている。
(……なんかさ)
振り返りたい衝動を必死に抑えながら、勇人は歩き始めた。
(どう考えても、普通の森じゃないよな、ここ……)
――だが彼は知らない。
ここが“魔の森”と呼ばれ、
魔界においても特に危険地帯として恐れられている場所だということを。
その背を見送りながら、葵は胸に手を当て、静かに目を閉じる。
(我が伴侶よ……)
(貴様なら、この試練を必ず乗り越え、
私と添い遂げる運命にあると――信じているぞ)
――完全に、一方的な思い込みだった。
その背後。
葵のすぐ後ろには、
縄で宙吊りにされたままのミノタウルスが、まだ生々しく血を滴らせている。
地面に落ちる赤黒い雫。
折れた角。
絶命した瞳。
それこそが、この地の“危険性”を、雄弁に物語っていた。
だが――
そんなことを知る由もなく。
勇人はただ一人、
闇へと続く獣道を、半ば強制的に歩き始めていた。
試練の名を借りた理不尽が、
今、静かに牙を剥こうとしていることも知らずに――。
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