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第26話 プレデターズ(1)

次の日。


 四月も終わりに近づき、春というより初夏を思わせるような、妙に暖かい朝だった。


 勇人はいつも通り、通学路を歩いていた。


 新しいクラス、新しい日常。昨日の“非日常”が嘘だったかのような、平凡な朝――の、はずだった。



「……昨日は夢、だったよな。さすがに」


 そんな独り言を漏らした、その瞬間。



 ――ゴンッ。


「え?」


 後頭部に、鈍く、しかし確かな衝撃。


 世界がぐらりと傾き、

 視界が一気に暗転する。


(あ、これ……やば……)


 意識が沈んでいく中、最後に見えた光景は――


 ブレザーを着た、緑色の髪の美少女。



 なぜか、楽しそうに。


 ――いや、にやりと笑っているように、見えた。




「……」


 ――まぶしい。


 暗闇の底から浮かび上がるように、勇人の意識が戻る。


 目を開いた瞬間、最初に飛び込んできた光景は――


 血。

 

 そして――


 逆さ吊り。


「………………は?」


 視界の端で揺れているのは、

 縄で吊るされた、頭が牛の怪物。


 首元から赤黒い血が滴り落ち、地面を汚している。


「えーーーーーーーなにこれ!?」


 勇人の悲鳴が、森に響き渡る。


 周囲を見渡せば、鬱蒼とした森。


 木々に囲まれた、開けた空間。


「……ていうか、なんで視点高いんだ?」


 そう思って、自分の体に目を向け――


「……あ」


 縄。


 体をぐるぐると縛り上げられ、

 自分自身も、木から吊るされているではないか。


「ちょ、ちょっと待って!? 完全に事件現場じゃん!?」



 混乱のまま空を見上げると――


 青空。


 そして、なぜか。


「……月、二つあるんだけど!?」


「えっ、えっ、ここどこ!!」


 パニック全開の勇人に、

 下から、凛とした声が投げかけられた。


「起きたか」


「っ!?」


 視線を落とす。


 そこに立っていたのは――


 昨日見た、尻尾の生えた少女。


 長い緑髪を揺らし、真剣そのものの表情で剣を抜き放つ。


 刃先は、迷いなく勇人へ向けられていた。


「お前は――」


 低く、怒りを抑えた声。


「私というものがありながら、あんな吸血鬼やエルフにうつつを抜かして……」



 一歩、踏み出す。


「どういうつもりなんだ!!」


 剣先が、ぎらりと光る。


「返答次第では――その首、落とすぞ!!」



「……」


 一瞬の沈黙。


 勇人は、逆さ吊りのまま目を瞬かせ――


「あのさ」


 妙に落ち着いた声で言った。


「とりあえず、ロープほどいて、下ろしてくれない?」


「なっ……!」


 剣を構えたまま、少女――葵は一瞬言葉を失う。


 勇人は内心、ため息をついていた。


(……慣れって怖いな)


 昨日から数えて、

 この手の“異常事態”は、もう四回目だ。


 状況を飲み込むのも、早くなってしまった。


「……いいだろう」


 葵は咳払いを一つして言う。


「しかし、その前に……」


 胸を張り、真面目な表情で。


「私の名前を、言ってみろ」


 その言葉が終わる前に――


「龍神葵ちゃん、だよね」


 即答。


「――――っ!?」


 葵の動きが、完全に止まった。



「う、うっ……」

 みるみるうちに、頬が赤く染まる。


 視線は泳ぎ、剣先がわずかに下がった。


「……お、覚えていてくれたのか……」


 俯き、もごもごと呟く。


「うん。印象強かったし」


「……っ」


 完全に勢いを失った葵に、

 勇人は逆さ吊りのまま首を傾げる。



「で、じゃあ……なんで、こんなことに?」


 その言葉に、葵ははっと顔を上げ――


「それはだな!」


 と言い切る前に。


「うん、彼女が出来たからでしょ」


 勇人が、さらりと言った。


「……」


 沈黙。


(もう四回目だしね)


 勇人は心の中でそう付け足す。


「……そうだ」


 次の瞬間。


「そうだ! この浮気者め!!」


 葵の顔が一気に赤から怒りに変わり、

 剣が再び勇人へ突きつけられた。


「え、浮気!? いや順番的に――」


「問答無用!!」


 真面目で融通の利かない龍神少女の怒号が、森に響く。


 

 森の空気が、ぴりりと張り詰めた。


 逆さ吊りにされたままの勇人を見上げ、葵は怒りを隠そうともせずに言い放つ。


「お前は試練に打ち勝ち、私の伴侶となる資格を得たにも関わらず――」



 ぎり、と歯を噛みしめる音が聞こえそうなほど、強く拳を握りしめ。



「他の女にうつつを抜かすなど、どういうつもりだ」


 その視線は、完全に“断罪する者”のそれだった。


「……え?」


 一方、勇人はというと。


「し、試練? そんなことしたっけ」


 きょとん、とした表情で首を傾げる。


「ままごとしかしてないよ。ちょっとリアルな設定の」



 ――沈黙。



 次の瞬間。


「あ・れ・は!!」


 葵の声が、森に響き渡った。


「ままごと等ではない!!」


 剣を握る手に力が入り、びしりと空気が震える。



「幼少期に、伴侶となる資格があるかを見極めるための――

 試練付き・人生シミュレーションプログラムだ!!」



「……プログラム?」


 再び剣先が勇人へ向けられる。


 今にも「ドンッ」と効果音が鳴りそうな迫力。


「え、じゃあさ……」


 勇人は必死に記憶を掘り起こす。


「俺がよく殴られてたのは?」


「DV嫁でも支えることができるかという試練だ!!」


「重すぎない!?」


 即ツッコミを入れるが、葵は一切動じない。


「じゃ、じゃあ……

 葵ちゃんがコタツで横になってて、俺がひたすらミカンの白いやつ剥いてた設定は?」


「48番目の倦怠期の夫婦を乗り越える試練だ」


「番号多っ!!」


 勇人の声が裏返る。


「じゃあさ、寝てるのにテレビ消そうとして

 『もう観てたのに!』って怒られるやつも?」


「そうだ。32番目の熟年夫婦を乗り越える試練だ」


 葵は真顔で言い切る。


「じゃあ……朝のゴミ出しとか?

 保育園の子供の迎え忘れて、めちゃくちゃ怒られる設定も?」


「それはだいぶ初期だな。確か8番目くらいだったはずだ」


「初期から重すぎるんだよ!!」


 勇人は逆さ吊りのまま叫ぶ。


「……あとさ」


 恐る恐る、最後の一つを口にする。


「浮気して、めちゃくちゃ怒られて、最終的に土下座する設定も……」


「……ああ」


 葵は鼻で、ふっと笑った。


「そうだ。今――それが役立ちそうだがな!!」


「お前だけだ」


 その声は低く、震えていた。


「他の男は、10番目まですらクリア出来なかった。

 ドラゴニュートの男でさえだ」


 拳を強く握りしめ、怒りと悔しさを滲ませる。


「だから……特別に、私の伴侶たる資格を与えてやったのに……」


 剣先がわずかに揺れる。


「それを、貴様は……!」



 ――ザンッ。


 鋭い音とともに、剣が縄を切り裂いた。


「うわっ!?」


 そのまま勇人は地面へ落下。


「いてっ……!」


 頭を押さえてうずくまる勇人を見下ろし、葵は冷たく告げる。


「貴様には、再度チャンスを与えてやる」


 剣を構え直し、まっすぐ向ける。


「感謝するがいい!!」


「い、いや……その資格はいら――」


 言い終わる前に。


 ――スッ。


 剣先が、勇人の喉元へ。


「……なんか言ったか?」


 その目は、まったく笑っていなかった。


(……うん)


 勇人は悟る。


(ここで「帰してください」とか言ったら、確実に殺される)


 喉を鳴らし、黙り込む勇人。


 こうして。


 本人の意思も、人権も、ついでに常識もすべて置き去りにして――


 第二回・伴侶資格試練は、強制的に開幕したのだった。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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