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第23話 たこやき・パニック!

 夜。


 冷蔵庫を開けて、勇人は固まった。


「……何もない」


 あるのは、賞味期限の切れたマヨネーズと、なぜか三本もある七味唐辛子だけ。


(翠に言うと、また何か始まるし……)


 勇人は財布を掴み、静かに玄関を出た。


 夜風が涼しい。


 住宅街の街灯が、等間隔でオレンジ色の光を落としている。



 コンビニまでは、歩いて五分。



 ――その途中。


「よっ」


 軽い声が、前方から飛んできた。


 顔を上げると――


 金髪ロング。


 端正な顔立ち。


 薄手でやたら派手なスカジャン。


 そして、やけに存在感のある美女。


 片手を軽く上げ、ニッと笑う。


「勇人!」


「……あ」


 勇人は一瞬、脳内で警報が鳴るのを感じた。


「カ、カミラちゃん……」


「この前は悪かったな」


 カミラは、あっけらかんとした口調で言った。


「ちょっと興奮しちまってさ」


「まあ、俺達の仲だろ?」


(どんな仲だっけ……?)


「う、うん……」


 勇人はとりあえず頷いた。


 こういう時は深掘りしない。流す。それが生存戦略だ。



 するとカミラは、突然――


 勇人の目の前に、白いビニール袋を差し出した。


「ほら」


「……?」


「さっきさ、バイトの後輩にもらってさ」


「食べきれなくて困ってんだよ」


 袋の中をちらりと見せる。


「たこ焼き。三パック」


「多っ!?」


「だろ?」


 カミラは肩をすくめる。



「一緒に食おうぜ」


「いや、でも……」



 次の瞬間。


 ぐいっ


「――!?」


 カミラは自然な動作で、勇人の首に腕を回した。


 近い。


 近すぎる。


 柔らかい感触が腕に当たり、


 ふわっと甘い香りが鼻をくすぐる。


「い、いや、ちょ……!」


「いいじゃん」


 カミラは悪びれず言った。


「行こうぜ。俺んち」


「え、今から!?」


「今から」


 有無を言わせないテンポだった。



 気づけば、勇人はコンビニを通り過ぎ、

 そのままカミラに連行されていた。




 カミラのマンションは、そこから本当に近かった。


 六階建ての最上階。


 エレベーターを降りると、すぐ一室。


「着いたぞ」


「……おじゃまします」


 中に入って、勇人は少し驚いた。


 きれいだ。


 物は少なく、整っている。


 生活感がないというより、仮住まいのような空気。


「すごい……ちゃんとしてるんだね」


「おう」


 カミラは少しだけ視線を逸らす。


「あんまり女の部屋ジロジロ見るなよ」


「恥ずかしいだろ」


「ご、ごめん!」


 ソファに座ると、カミラはたこ焼きのパックをテーブルに置いた。


「俺、今からお茶淹れるから」


「先に食ってくれ」


「え、カミラちゃんは?」


「後で腹減る」


「たこ焼き苦手だから、全部食っていいぞ」


「三パックも!?」


「後輩がくれるって言うの断れなくてさ」


「いらないって言えなかった」


(この人、意外と優しいところあるんだよな……)


 カミラはキッチンへ行き、

 やがて湯気の立つカップを持って戻ってきた。


「ほら」


「ありがとう」


「全部、食べてくれよ」


 そう言って、ソファに腰を下ろす。


 勇人はたこ焼きを口に運びながら、

 ぽつぽつと、世間話が始まった。


 引っ越したあと、世界各地を転々としていたこと。


 父親が国に帰ったこと。


 一人で日本に戻ってきたこと。


 今は、夜間警備みたいなバイトをしていること。



「へえ……」


 勇人は聞きながら思った。


(この人、やっぱり普通じゃないよな……)



 けれど。


 夜は静かで、


 部屋は落ち着いていて、


 たこ焼きは妙に美味くて。



 一瞬だけ――


 本当に、ただの何でもない夜のように感じてしまった。



 それが、

 危険な錯覚だとも知らずに。



 カミラは、湯飲みを口元に運びながら、

 ちらりと勇人を見る。



 金色の瞳が、ほんの一瞬――


 人ならざる色を宿したのを。


 勇人は、まだ気づいていなかった。



 最後の一個を口に放り込み、勇人がほっと息をついた、その時だった。



「なあ、勇人」


 カミラが、妙に真剣な顔で言う。


「先にシャワー浴びてきてくれ」


「……え?」


「俺さ、実は潔癖症なんだ」


「えっ!? ぼ、僕、臭い!?」


 勇人は反射的に自分の袖の匂いを嗅ぐ。


「いや、そういうわけじゃねえよ」


 カミラは腕を組み、ふっと視線を逸らす。


「ただな……お腹、減ってきた」


「……うん?」


「え?」


「いや待って、お腹減るのとシャワー関係ある!?」


 勇人の至極もっともなツッコミに、カミラは人差し指を立てた。


「いいか。お前、畑から野菜引っこ抜いてきて」


「土ついたまま、いきなり齧りつくか?」


「いや、水洗いするね!?」


「だろ?」


 ドヤ顔のカミラ。



「それだよ」


「どれだよ!?」


「つまりだな……」

 カミラは一歩近づき、真顔で言った。


「あ、もしかして」


「俺と一緒に入りたいのか~?」


「ちがっ!?」


「仕方ねえな~」


「それは食後な。ふふ」


 ――言った本人が、なぜか顔を真っ赤にしている。



「……え?」


 勇人が首を傾げると、カミラはごくりと喉を鳴らした。


「……血だよ」


「……はい?」


「お前の血」


「えええええ!?」


「当たり前だろ。俺、吸血鬼だぞ」


 さらっと言われた。


「むしろだな」


「お前以外の男の血飲んだら、それ浮気じゃね?」


「概念が重い!!」


「旦那の血を差し置いて、他人の血なんてなあ?」


「いつ結婚したの僕!?」


 カミラは勇人の背中をぽん、と叩く。



「いいから行け。シャワー」


「痛くしないから」


「いや、いっしょにたこ焼き食べるだけだと思って来たんだけど!?」


 するとカミラは、深いため息をついた。


「……お前さ」


 呆れたように、しかしどこか真剣に。


「夜に女の家来て」


「何もなく帰れると思った?」



「……う、うん」


「それ、逆に怖いわ」


「え!?」


「チョロいとかそういう次元じゃねえぞ!」


「えええええ!?」


 カミラは額を押さえる。


「もしかしてお前……」


「俺に“食べられたい”のか?」


「ちがっ!!」


「まあ、そういうのも嫌いじゃねえけどな」


「先に血飲んで、それから――」


「ストップ!! ストップ!!」


 勇人は真っ赤になって、必死に両手を振る。


「あ、あのさ……」


「ぼ、僕……そういう経験、ないんだ」


 小さな声。


 俯き加減で、耳まで赤い。


 数秒の沈黙。


「……」


「……」


 次の瞬間。


「――――え?」


 カミラの目が、カッと見開かれた。


「……ちょっと待て」


「それって……」


 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。



「まさか……」


「ど、童――」


「う、うん……」


 ぽつり。


「……あのエルフにも……?」


「……うん……」




 次の瞬間。


「ヒャッハーーーーーー!!!」


 完全に理性が吹き飛んだ吸血鬼がそこにいた。


「初物!!」


「これは帰せねえ!!」


「か、カミラちゃん!? 目が! 目が回ってる!!」



 カミラは両手をわなわなさせ、じりじりと迫る。


「ふふふ……」


「楽しくなってきやがったぜ」


「た、助けて……!」


「今夜は一晩中――」


「いや言い方!! 言い方が怖い!!」



 その瞬間――



「待て!!」


 凛とした声が、背後から響いた。


「この――痴・女・が!!」


 空気が、一変する。


 勇人とカミラが、同時に振り向いた、その先に――



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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