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第22話 エルフの審問会

ソファに、翠はどっかりと腰を下ろしていた。


 いや、正確には――


 腕と足をがっちり組み、背もたれに深くもたれかかり、完全なる臨戦態勢である。


 その視線の先。


 床の上で、背筋を伸ばし、正座。


 否。



 正座させられている男――勇人。


 部屋の空気は、重い。


 物理的にも精神的にも。



「で?」


 翠が、低い声で言った。


「なんで、ラブホに行ったの?」


 語尾に、にこりも付かない。


 純度100%の不機嫌。


「ホントのこと言うなら、やさしく殴るけど」


 勇人の喉が鳴る。


「嘘ついたら……◯◯◯、切り落とすよ?」


(えっ)


(殴るの確定なの!?しかも正直でも!?)


 勇人の脳内裁判所は、即座に結論を出した。


(……詰んでる)


「う、うん……じゃあ……話すね……」


 観念したように、勇人は口を開いた。


「この前さ……朝帰りしたこと、あったじゃない」


「……ああ」


 翠の目が、細くなる。


「一晩中、包丁で追い回されたけど、話し合いで解決したって言ったやつ?」


「うん……」


「……それが?」


「めちゃくちゃ関係ある」


 翠の眉が、ぴくりと動いた。


「実はそのとき――精霊王のオーブ、ってやつが目覚めたみたいで……」


「……う、へ〜……」

 翠の目が、泳ぎ始める。


 明らかに、聞きたくない単語が出てきた反応だ。



「それで、その娘を撃退して……改心してもらったんだ」


「あ、あっ……そ、そうなんだ……」


 翠の額に、じわりと脂汗。


(待って待って……

 精霊王のオーブ 覚醒したの……?)



「でね」


 勇人は、話を続けてしまう。


「今日、全然知らない竜王学園の女の子が三人いてさ」


 翠の耳が、ぴくっと立つ。


「路地裏に引き込まれて……無理やり、写真を……」


「写真?」


 勇人は、恐る恐るスマホを差し出した。


 表示されたのは――


 エリンの胸に手を置かされた瞬間の写真。


「………………」


 翠の思考が、数秒フリーズする。


(え?……これ)


(エリンじゃない!!)


(ってことは……

 ニーブと……キーラも……!?)



「……う、うん。それで?」


 声が、わずかに裏返る。


「そのままラブホに連れ込まれて、無理やり全裸にされて、検査された」


「あ、あっ……そうなんだ……」


 翠は、完全に理解が追いついていない。


(検査?ラブホで?

 全裸で?……何その状況)



「でね。そのあと――」


 勇人は、一番言ってはいけないゾーンに突入する。



「ペストマスク被った女医さんが来て、解剖するとか言い出して」


「…………は?」


「精霊王のオーブが覚醒するとかなんとか言って」


「………………」


「で、解剖されそうになったんだけど、見かねた三人が僕を逃がしてくれて……」


 勇人は、ようやく言い切った。


「その女医さん、ペスティア・アルミケラって名乗ってた。悪魔なんだって」


 その瞬間。


 翠の顔色が、真っ青になった。


(うわっ)


(最悪)


(ペスティア・アルミケラ!?あの医術の悪魔!?

 マッドサイエンティストの権化!?)


(なんでそんなの呼ぶんだよ、あのエルフども!!)



 翠は、ゆっくりと深呼吸をする。


 ……そして。


「う、うん……」


 ソファに座ったまま、翠は不自然なほど大きく頷いた。


「なんか……事故っぽいから……うん」


「今回は……大目に見ようかな〜……うん」


「仕方ないね。うん、うん」


 頷きの回数が多い。


 明らかに多い。



「私もさ」


 翠は、無理やり作ったような笑顔で言った。


「自分の旦那がモテモテで、悪い気しないよ?」


「うん。うん」


 勇人は、正座のまま固まっていた。

(旦那って言った……?今、さらっと……)



「勇人もさ」


 翠は続ける。


「いい思いしたじゃない?」


「JKの胸、触れたんでしょ?」


「いや、あれは――」


「うんうん。まあまあ」


 翠は手をひらひら振る。


「今回だけだよ?」


「いい? 次回はないからね?」


 念を押すように言い切ると、翠はソファから立ち上がり、そのままキッチンへ向かおうとした。



 ――その、背中。


 どこか早足で、


 どこか逃げ腰で。



 それを見て、勇人は――



「……ねえ、翠」


 思わず、口にしてしまった。


「10年以上前からさ」


「オーブが、僕の中にあったんだって」


 翠の足が、ぴたりと止まる。


「翠、なんか……知らない?」


 振り向かないまま、翠の声が――



「し、知らないかな〜?」


 明らかに、声がうわずっている。


「うん……おーぶ……?」


「それって……なに?」


「いや」


 勇人は、首を傾げる。


「知ってるよね?」


「これ、保育園の時からあるんだよ?」


「うーん……どうだろう……?」

 翠は、急に忙しそうにシンクを見る。


「あっ、ほら!」


「そろそろ夕飯の準備しなきゃ!」


「翠」

 勇人の声は、静かだった。


「ほんとの話、してよ」


「家族だろ?」



 その言葉に――


 翠は、ようやく振り返った。


 俯いて、


 指を組んで、


 くるくると回しながら。



「……じ、実は」


 小さな声。


「保育園のとき……」


「君、死にかけてさ……」

 勇人の背筋が、ぞくりとする。


「……使っちゃった……」


「使った、って……」


 嫌な予感が、確信に変わる。


「もしかして……」



 翠は、小さく――でも、はっきりと頷いた。


「うん……」


「……オーブを?」


 勇人は、呆然と呟く。


「うん、だね」


 翠は顔を上げ、

 いつもの笑顔で――


「それで、蘇生できたんだよ?」


 にこり。



「えーーーーーーーーーー!!」


 勇人の絶叫が、戸川家に響き渡る。


 天井が揺れ、


 空気が震え、


 ご近所の犬が吠えた。



 ――その声を。



 カーテンの隙間から、

 一匹の蝙蝠が、じっと見ていた。


 赤い瞳が、細く光る。


 次の瞬間。


 ばさり、と羽音を立て、

 闇夜へと飛び去っていった。



 そして――


 もう一つの視線。


 電柱の上。


 月を背に、


 長い髪を風になびかせ、


 長身の鎧姿の女性が立っていた。



 静かに、確信を込めて。


「……見つけた」



 その呟きとともに――


 彼女の姿は、闇に溶けるように消えた。





 


☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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