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第19話 在りし日の約束

 ――「……ううう……」


 微かな呻き声とともに、法子はゆっくりと瞼を開いた。


 白い天井。鼻をくすぐる消毒液の匂い。


 そこが保健室だと理解するまで、数秒を要した。


「……あれ……?」


「気づいた?」


 優しくかけられた声に、視線を横へ向ける。


 そこには、パイプ椅子に腰掛けた勇人がいた。柔らかな朝の光を背に、穏やかに微笑んでいる。


「……は、勇人くん……?」


「うん。よかった、ちゃんと目を覚まして」


 その声は、昨夜の狂気も、刃の冷たさも、何一つ残していなかった。


「救急車を呼ぼうとしたんだけどさ。校門から外に出られなくて困っちゃって」


 肩をすくめ、どこか照れたように笑う。


「だから、ここまで運んできたんだ」


「……保健室まで……?」


「もちろん」


 勇人は、何でもないことのように言った。


「まださ、ホワイトデーのお返し、してなかったしね」



 その一言に――


 法子の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「わ、わたし……わ、わたし……勇人くんに……ひどいこと……」


 言葉にならず、嗚咽だけが零れる。


「……うん」


 勇人は立ち上がり、そっと法子を抱き寄せた。


「うん、うん。いろいろ……あったんだよね」


 拒絶しない。


 責めない。


 ただ、受け止める。



「う、ぐ……うわああああ……!」


 法子は、子どものように泣いた。


 勇人の胸に顔を埋め、溜め込んできた感情をすべて吐き出すように。


 その背中を、勇人は黙って撫で続けた。





 ――それから、少し時間が経ち。


 二人は並んで歩き、校舎を出た。


 朝の空気は澄み切っていて、昨夜の惨状が嘘のように穏やかだった。


「……ねえ、勇人くん」


「なに?」


「小学生の頃さ……私、クラスで馴染めなくて。いじめられてて……」


 法子は、空を見上げながら話し始めた。



「でもね、勇人くんだけは普通に接してくれて……あの交換日誌がね……私の心の支えだった」


 そう言って、懐から一冊の古いノートを取り出す。


「ほら!」


 ぱっと開いたページ。


 そこには、ぎこちない字で書かれた言葉と、無邪気な落書き。



 法子は、屈託のない笑顔を浮かべていた。


「……懐かしいな」


 勇人も、目を細める。


「僕もさ。女子から嫌われてて……でも法子ちゃんは、いつも普通に話しかけてくれてさ。すごく嬉しかったんだ。今でも覚えてるよ」



 法子は、勇人を見上げる。


「……私ね。諦めない。君のこと」


 一瞬、間を置いて。


「……でも、今回は……やりすぎたよね。嫌いになった?」


 不安と期待が入り混じった瞳。



「……怖い思いはしたよ」


 勇人は正直に言った。


 だが、すぐに続ける。


「でもね。あの頃……法子ちゃんに、救われてたんだ。僕」



 その言葉に、法子は息を呑む。


「だから……今回は、お互い“なかったこと”にしよう」



「……ふふ」


 法子は、少し照れたように笑い、ノートを開いた。


「ねえ、ここ見て」


 そこには、見慣れない文字列。



 そして、その下に――勇人のサイン。


「これね、ティール・ナ・ノーグ・ゲール語で……『法子を妻に娶る』って書いてあるの」


「……え?」


「神代文字だからね。神を媒介した契約なんだ」



 顔を真っ赤にしながら、囁く。


「……だからさ。いつか、責任取ってよね」



 そして――


 勇人の家の玄関前。


「じゃあ……ここで」


「うん。またね」


 手を振り、別れる二人。


 勇人が玄関を開ける。


「ただいま〜」



 ――次の瞬間。


 殺気。


 髪を逆立て、仁王立ちする翠が、そこにいた。


「……おい」


 低く、腹の底から響く声。


「知らない女と玄関先で別れて……朝帰り?」


 ぎり、と床が軋む。


「いいご身分だね〜? モテる男は違うねぇ!!」


 勇人の背筋が凍る。


「説明してもらおうか!!」

 翠の怒号が、玄関に轟いた。


「この浮気男がぁぁぁぁ!!」



 ――こうして。


 爽やかな朝は、地獄の開幕ベルとともに、無残に打ち砕かれた。




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