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第14話 恐怖の教室(2)

 喉元に残るひりつく痛みを無視しながら、勇人は必死に思考を整えた。


 ここで沈黙すれば、確実に“答えられなかった”扱いになる。


 だから――軽く、ジャブを打つ。


 慎重に。


 慎重すぎるほどに。


「……昔さ。バレンタインに、チョコくれたよね」


 法子の視線が、ぴたりと止まる。


「僕、非モテでさ。あれ、すごく嬉しかったんだ。今でも、はっきり覚えてる」


 一瞬。


 法子の頬が、ほんのりと緩んだ。


「うん、うん」


 壊れ物を撫でるみたいに、何度も頷く。


「あれね、手作りだったんだよ。しかも――」


 にぃ、と笑う。


「君にしか、渡してない。後にも先にも」


 その言葉に、勇人の胸がちくりと痛んだ。


「……それでね」


 ここだ。


 勇人は、覚悟を決める。


「エリカちゃんにも……もらったんだ」


 ――その瞬間。


 法子の目から、光が消えた。


 さっきまで“人の形をした何か”だったものが、

 急速に“別の存在”へと変質していく。


「……で?」

 声が、低い。


「……あいつから?」

 唇が歪む。


「あの……ビッチから?」

 空気が、重く沈む。


 教室だったはずの空間が、まるで血の匂いを帯びた牢獄のように感じられた。


(――やばい)


 完全に、地雷だ。


 それでも、止まれなかった。



「そ、それで……ホワイトデーに、お返しを――」

 言い切る前に。


 ――バンッと、何かが弾けた。


 法子の右手。


 そこに握られていた出刃包丁を、

 持っていないはずの左手が、がっちりと押さえ込む。


 まるで――


 本能を、理性でねじ伏せるかのように。


 次の瞬間。


 冷たい刃が、勇人の喉元に触れ――

 ぷつりと、皮膚を破った。


 温かい感触。

 赤い雫が、刃を伝って落ちる。


「……っ!」


「はあ……はあ……はあ……」


 法子の目は血走り、呼吸は荒い。


「……危なかったわ」

 笑っているのに、笑っていない。


「ほんと、やっちまうところだった」

 刃を引かないまま、睨みつける。


「あんたさぁ……」

 その声音から、

 “君”という呼び方が、完全に消えていた。


「エリカのクソビッチには、お返しして――」

 ぎり、と刃が食い込む。


「……私には?」


「ご、ごめんなさい……!」

 勇人は、反射的に叫んだ。


「ほんとにごめんなさい! だ、だから……用意はしてたんだ! 本当だよ!」

 必死に、言葉を重ねる。


「その日、法子ちゃん……休んだよね? それで渡しそびれて……!

 ほ、ほんとに用意してたんだ!! 信じて!!」


 しばらく、沈黙。


 やがて、法子は鼻で笑った。


「はあ……」

 包丁を少し引き、代わりに言葉を突き刺す。


「あいつはさぁ。クラス全員に配ったんでしょ?」

 冷笑。


「しかも、スーパーで買ったやつ」

 ぎらり、と目が光る。


「私のは一点もの。手作り。君だけの」

 声が、震え始める。


「……あとからでも、渡せたよね?」



 一歩、近づく。


「なんで?」


 問いではない。

 詰問だ。


「内心、期待してたんだぞ……?」

 唇が歪む。



「時空魔法でさ、あの頃に送ってあげるから」

 にたり、と笑う。


「小学四年の私に、土下座して詫びろ」


 感情が、決壊する。


「謝れよ!!あの頃の私に!!

 ずっと待ってたんだぞ!!」


「ご、ごめんなさい……!」

 勇人の視界が滲む。


「ほんとに……ほんとにごめんなさい……!」

 震える声で、続けた。


「……それで……それが原因で……

 こんなこと、したのかなって……」


 その言葉に。


 法子の動きが、ぴたりと止まった。


 次の瞬間、

 彼女の表情は――怒りとも悲しみともつかない、

 ぐちゃぐちゃに壊れた笑顔へと変わっていく。


「……ふふ」

 笑っている。


 でも、目だけが笑っていない。


「――違うわ!!」

 空気が裂けたような怒声が響いた。


「でも、ムカついた」


 法子は一度、深く息を吸い――そして吐いた。


「ムカついたので、お仕置きします」


 その言葉と同時に、彼女はすっと手のひらを上に向ける。


 ――次の瞬間。


 何もないはずの空間に、スマホが現れた。


「……っ!? あ、それ! 僕の……!」


 勇人の声は、完全に無視された。


 法子はまるで自分の所有物であるかのように、当然の所作でスマホを掴む。


 指が滑り、ロックが解除される。


「ふーん……」

 アプリを開き、一覧を眺めながら首を傾げる。


「なになに、どんなの読んでんだ?」


 淡々と、しかし楽しそうに読み上げる。


「『魔女の彼女と朝までしっぽりと』

 『魔女の彼女に◯◯◯を責められて』

 『魔女の彼女に開発されて』」


 そこで一度、顎に手を当てる。


「……まあ、この辺はいいか〜。残していてやるか」


 頭をぽりぽり掻きながら、軽い調子で言い放つ。


 “残す”“消す”を決める立場にいるという自覚が、そこにはあった。


「どれどれ……」

 さらにスクロール。


「『同級生と朝までH』

 『中出し同級生』

 『先生の◯◯◯◯』

 『人妻開発日記』」


「……どんな内容なんだ?」


 興味本位で読み始める法子。


 勇人は、声を出すことすらできない。


「……まあ、仕方ないか〜」


 数秒後、納得したように頷く。


「男だしね。うんうん。残していてやるか〜」

 にこやかに、しかし目は笑っていない。


「禁止して、別の女に走られてもな……妥協も大事かな……」


 ――その理屈が、あまりにも歪んでいて、勇人の背筋が冷える。



 そして。


「……ん?」

 指が、あるタイトルで止まった。


「……なんだこれ」


 画面を見た瞬間、法子の目が細くなる。


「『くっ殺 エルフの姫騎士が…』」


 そのまま、じっとりとした視線を勇人に向ける。


「……変態だな」

 断定。


「これは――消去確定!!」

 ぽちっ。


「あっ……!」

 勇人の声は、空しく響くだけだった。


「次……」

 さらにスクロール。


「『ドラゴンの彼女が僕の◯◯◯をグイグイしめつける。』」


 次の瞬間、法子の表情が露骨に歪む。


「あ゛ぁ!? なんだこれ!!汚らわしい」


 苛立ちを隠そうともせず、叫ぶ。


「消去確定!! ぽちっ」

 容赦なく、データが消されていく。


 法子はスマホを下ろし、蔑むように勇人を見る。


「あんたさ〜……もうこれ、病気だよ」

 心を抉るような視線。


「……怒らないって…消さないって…言った気が……

 それに……プライバシーも……」

 勇人が、かろうじて呟いた――その瞬間。



「あ゛?」

 空気が一変する。


「……なんか言ったか?」

 低く、荒い声。


「人が下手に出りゃ、つけあがるんじゃねえぞ」


 一歩、距離が詰まる。


「私が怒ってる?怒ってねえよ!!」

 怒気が、はっきりと可視化される。


「私を怒らせたら大したもんだよ!!」

 どこかで聞いたことのある、しかし笑えない言い回し。


「……はいっ」

 勇人は反射的に頭を下げた。


「すみません……ごめんなさい……」


 その言葉を口にした瞬間、

 勇人のメンタルは、音を立ててゴリゴリに削られていった。



☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


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