第13話 恐怖の教室(1)
「じゃあ、クイズを出します。ノーヒントです」
魔女――いや、彼女は楽しそうに微笑んだ。
その笑顔が、いちばん怖い。
「クイズは二つ。間違いは二回まで、許してあげる」
指を一本、二本と立ててから、ゆっくりと下ろす。
「まずは――クイズその一」
その声が、やけに澄んで響く。
「私は誰でしょう?
もちろん、君の知っている人だよ。制限時間は三分」
――始まった。
勇人の思考が、一気に高速回転を始める。
脳内に積み上げられた記憶の棚が、次々と引き出されていく。
(落ち着け……知ってる人だ。
最近、やたら“過去”を掘り返されてきたじゃないか)
保育園。
小学校。
同級生。転校生。
名前、声、ノート、筆跡――
そんな勇人の必死な思考を、邪魔するように彼女は囁き始める。
「ふふ……間違えてくれないかな」
勇人の背筋が、ぞくりと震える。
「だって、もし間違えたら……ここで君と、ずっと一緒にいられるでしょ?」
嬉しそうに、両手を胸の前で組む。
声は甘い。
内容は、冷たい。
「ここで君と、どうやって過ごそうかな?首輪?そうだ私の所有紋を体に刻もうかな。自分の物に名前書くって基本だよね。ペアで入れるのもいいかも。でも、一番 欲しいのは君との赤ちゃんだよね。君も欲しいでしょ。間違えたらショックだけど。まあ、そんなこともあるよね。君を一晩中めちゃくちゃにしてやるんだ。腹いせに。でも大丈夫だよ。痛いこととかしないよ。ふふ、あの薬飲ませてみようかな。ああ 親子で一緒に…待ち遠しいよ…女の子と男の子どっちが欲しい。まあどうせどっちも生まれるまでするんだけど…」
言葉が、鎖のように絡みつく。
「だからね、間違えても大丈夫だよ?ちゃんと大事にするから」
――違う。
大事にする、という言葉の意味が違う。
時間は無情に流れていく。
心臓の音が、やけにうるさい。
そのとき――
勇人の視界の端に、一冊のノートが映った。
彼女が、無意識のように抱えているノート。
角がすり減り、表紙には見覚えのある落書き。
(……あれは)
記憶が、繋がる。
勇人は、顔を上げた。
「……わかった」
その一言で、彼女の独り言が止まる。
じっと、勇人を見る。
「君は――**逢魔法子**ちゃんだ」
世界が、止まった。
彼女の指先が、ぴくりと動く。
瞬きすら、忘れたように。
数秒――いや、永遠にも感じられる沈黙のあと。
「……ふふっ」
笑った。
「正解は――」
間を置いて、両手を叩く。
「はいっ! 逢魔法子です!!
大正解!」
跳ねるように喜び、くるりと一回転。
「うーん、嬉しいな。
でもちょっと残念。間違えてくれても良かったのに」
そう言いながら、ノートを撫でる。
「これ、覚えてたんだ。
君が四年生のとき、毎日書いてたやつ」
意味深な視線。
「……将来の話も、たくさん書いてたよね?」
勇人の喉が、ひくりと鳴る。
法子は、指をパチンと鳴らした。
――次の瞬間。
視界が歪み、色が反転し、足元が消える。
「……っ!?」
気づいたとき、勇人は机と椅子に囲まれていた。
古い木の匂い。
黒板。掲示物。窓から差し込む午後の光。
「ここは……?」
法子が、懐かしそうに微笑む。
「吉川小学校。四年一組」
教室を見渡し、ゆっくりと言う。
「――私たちが、最初に出会った場所だよ」
そして、振り返る。
「じゃあ、クイズその二」
笑顔は変わらない。
でも、目だけが、逃がさない。
「なんで私は、君を拉致監禁したでしょう?」
ノーヒント。
制限時間、一時間。
「間違いは……あと二回ね」
こうして――
新たなステージ 四年一組での、第二のクイズが始まった。
勇人の胸の奥で、嫌な予感が確信に変わりつつあった。
(……翠だ)
思い当たる節は、それしかない。
あのときの視線。
意味深な沈黙。
そして、今日ここに連れてこられた理由。
――間違いない。
もし、把握したうえで怒っているのなら……
それはもう、言い訳の余地はない。
(最悪だ……それを口にした瞬間、俺は――)
生きて帰れない。
喉が、からからに乾く。
一縷の望みがあるとすれば――
翠とは無関係のことで怒っている可能性。
だが、それが何なのか、思い当たらない。
悩み、固まる勇人を見て、法子は満足そうに微笑んだ。
そして、するりと距離を詰める。
吐息が、耳にかかるほど近く。
「……『魔女の彼女と朝までしっぽりと』」
囁き声。
「ふふっ」
悪戯っぽく、甘く、ぞっとするほど楽しげに。
「――っ!?」
勇人の思考が、完全に停止する。
「な、なんで……それ……!?」
声が裏返る。
心臓が、胸を叩く。
法子は一歩引き、にやりと口角を上げた。
「だから言ったでしょ?」
楽しそうに、指を立てる。
「君のことなら、何でも知ってるんだから」
ぞわり、と背中を冷たいものが這う。
「このシリーズ、好きなんだよね。ふふっ」
「……っ! それ……DLサイトで買ったやつだよ!? 電子版だし……なんで!!」
思わず叫ぶ勇人に、法子は手をひらひらと振った。
「誤解しないで。先に言っとくけど――」
急に、声が落ち着く。
「こんなことくらいで、怒ったりしないよ?」
優しい声。
しかし、その目は一切笑っていない。
「男の子なんだから、健全だよ。
それくらいの度量、私はちゃんとある」
くすりと微笑む。
「消したりなんか、しないし」
――その言い方が、逆に怖い。
「私はね、プライバシーは尊重してるんだ」
盗聴も、盗撮も、記録も、収集も。
何一つためらわない彼女が、断言する。
勇人は、どこから突っ込めばいいのかわからず、言葉を失う。
法子はそんな様子を眺め、満足そうに頷いた。
「それにね」
一歩、また近づく。
「その本、読んでるときの君の顔――」
指先で、勇人の頬をなぞる。
「すごく素敵だよ。ふふ」
全肯定。逃げ場のない肯定。
勇人は悟った。
――怒っていない。
――否定もしていない。
ただ、すべてを知ったうえで、受け入れているだけだ。
それが、
この魔女――逢魔法子という存在の、
いちばん狂っていて、いちばん恐ろしいところだった。
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