2⭐︎アイドルにあだ名で呼ばれるようになりました。
平凡な日常に、衝撃的な出来事が起こりました。脳内ニュース速報です。特大スキャンダルです。T//Sの伊月彗人くんが、一般女性と結婚するそうです。その一般女性とは、あたしの親友だそうです。
おめでとうございまーす!!
いやいやいや…それは、うん…おめでたいことなんだけど……何がどうしてそうなったの!?今まで一緒に推し活してきてて、付き合ってる人の影とか微塵も気づかなかったなぁ!お忍びで付き合ってた?そもそも出会いは?馴れ初めは?聞きたいことがありすぎるよー!!
「この人が、『かなちゃん』?」
「そう、かなちゃん。あたしの、一番の親友。」
「そっか。」
ちょっと待て、今しれっとあたしのことあだ名で呼んだな…!?ありがとうございます!!…いやそうじゃなくてっっ…!!…ん?結婚?結婚したら、柚月って"伊月柚月"になっちゃうじゃん!?って、そんなことどうでもいいじゃないかぁぁっ…(冒頭からここまで、奏は言葉を一言も発さず脳内奏が暴れ回っております。)!!!!
「面白いね、柚月の『かなちゃん』。」
「ごめんなさい、もうかなちゃんて呼ばないでくださいぃぃ…穂坂奏って言います…!!」
「かなでちゃん?」
「ごめんなさい、もう名前呼ばないでくださいぃぃぃ…!!」
なんかおかしな自己紹介になってしまった…めちゃくちゃ笑われてる…。
場の空気が、笑い声で和んだところで、柚月がちょっと真面目な顔になった。
「ちゃんと説明するね。立ち話じゃアレだから、とりあえず座って落ち着こっか。」
背中を押されて、半ば強引に椅子に座らされた。向かい側に柚月が、その隣に彗人くんが座った。柚月は、そっと目を閉じて息を吐き、あたしをまっすぐに見た。
「かなちゃん、紹介するね。こちら、宍戸伊月くん。」
「え?宍戸??」
「芸名が、伊月彗人なの。本当は、宍戸伊月。」
「あ、そっかぁ…じゃあ伊月柚月は免れたんだぁ…。」
「かなちゃん?」
「ごめん、変なこと考えちゃってて。衝撃的すぎて…まだ混乱してるかも。」
「そうだよね。実は私も、混乱してるんだ。まさか親同士が決めた婚約者が、推しアイドルの伊月くんだとは…。」
「うん!?」
「詳しく話すと長くなるから…かなちゃんにわかるように話すとね……。」
ちょっと小馬鹿にされた気もするが、それは置いといて。柚月の話をおおまかにまとめると、こうだ。彗人くんのご両親は、柚月の家と同じくらい有名な音楽家一家で、家族ぐるみで交流があった。柚月が産まれる年、お腹の中にいる子が女の子だとわかると、ぜひ宍戸家の息子の嫁に、と、親同士で婚約を決定。二人は、会えば話はするがお互いを意識したことはなく、それぞれの生活を送り、柚月が二十六歳の誕生日パーティーの日、初めて婚約のことを知らされた。顔合わせの日はつい一週間前で、色々話しているうちに意気投合、この度籍を入れることになった。
「…ん?家族ぐるみで交流があった…?てことは、柚月は小さい頃から、彗人くんを知ってたってこと!?」
「そうなんだよ!でもね、小さい頃の伊月くんて、その…。」
「僕ね、隠キャな眼鏡っ子だったんだよ。アイドルを目指すようになってから容姿磨きしたけど、プライベートな時は、完全にスイッチ切っちゃうんだよね。」
「だから、まぁまぁの頻度で会ってはいたんだけど、あんまり話したことはなかったし、見た目も"アイドルの伊月くん"とはかけ離れていて、気づかなかったんだよね…。」
「ふぇぇ…そんなこともあるんだねぇ…。」
今目の前にいる彗人くんは、アイドルスイッチオンの状態で、あたしに気づかせるために、柚月がそのままで会ってほしいとお願いしたそうだ。
「高校時代から推してた人が顔見知りで、さらにはお嫁さんになるなんて、びっくりだよ。」
「なんか…なんてゆーか…色々とすごいね…。」
「すごすぎて、まだ夢見心地なんだよね。こんなんじゃ、どっかで刺されちゃうかなぁ?」
「やめてそんな物騒なこと言うの。」
高級ホテルに呼び出された理由は、十分すぎるくらいに理解した。セキュリティがしっかりしていないと、本当に、ガチで、危ない。
「まぁ、私の身に何か起きそうになっても、パパとママがどうにかすると思うから、その辺は心配してないんだけどね。」
「確かに…。」
とてつもなく納得のいく理由でございます(一人娘のためならなんでもする激甘親とは口が裂けても言えない)。
しかし改めてちゃんと見ると…本当に、本物の彗人くんなんだ…。こんな形で、箱推しアイドルの一人に、手の届く距離で会えるとは…握手会みたい…小躍りしたいくらいに嬉しいっっ…!!
「…ふふっ。」
「どうしたの?伊月くん。」
「いや…かなちゃ…じゃなくて、奏、さん?が、柚月の言う通りの人で、面白いなって。」
…やべぇ、フツーの初対面の人だったら、"なんだこの失礼なやつ"って思うけど、そんなふうに笑われたら……って、ちょっと待って、あたしもその辺で刺されんじゃね??
「かなちゃんはねぇ、顔に出ちゃうからね〜。」
「えっ嘘!?思ってること筒抜けってこと!?」
「素直で正直者ってこと。でもそれを隠そうとして、キリッと凛々しい顔しちゃうんだよね〜。
「なんか恥ずかしい……。」
「凛々しくて、堂々としてて。そんなとこ、昔から大好きだよ。」
「ちょ…なに急に……。」
「二人が仲良しなんだってことだが伝わってくるね。」
「いや、彗人くんまで…てか、呼び方は彗人くんでいいんでしょうか…?」
「どんな呼び方でも構わないよ。」
穏やかな話し方が心地よく、あたしみたいな一般人にも気を遣いながら話してくれるなんて…すごいことだ。
「柚月がかなちゃ…奏さんのことを話している時って、とっても楽しそうなんだよね、こっちが嫉妬するくらい。」
「自慢の親友ですからねっ!」
「そんな大層なもんじゃないんですけど…。」
「今日も、メディアに露出する前に、かなちゃ…奏さんにはちゃんと伝えたいって、この場所をセッティングして。」
「だって…かなちゃんもT//Sのファンだし、いくら親友でも、テレビとかで知るのって嫌かなぁって…!」
「うぅん…確かに…。でも、柚月ならいっか、てなるかなぁ。現に今も、そう思ってるし。」
「かなちゃ…奏さんは、懐が深いね。」
「てゆーか彗人さん、もういっそかなちゃん呼びでいいですぅぅ…!!」
「あはは、ごめんね。柚月がいつも"かなちゃんかなちゃん"言うから、うつっちゃって。」
なんなんだこの贅沢な時間は…(悶え)。
不思議と、二人の空気感は似ていて、それが心地よいというか、こちらにも伝播するというか…とにかく、ファンとしても、親友としても、心から祝福する気持ちが込み上がってきた。
その後は根掘り葉掘り聞きたいことを聞きまくった。結婚式は、お互いの親族のみでこじんまりと開くらしい。知り合いとか呼んだら、ものすごいことになるもんね。メディアに流れるのは、明日の朝。結婚後は、一緒に住むらしいが、もちろん、セキュリティ万全なマンションで。柚月は、今まで通り仕事を続ける予定だが、在宅ワークに切り替える準備をしているらしい。その他諸々は…お酒の力を借りないと聞けないこともあるわなぁぁぁぁ…!!
時間を忘れて話に盛り上がっていると、電話が鳴った。
(…げ。)
液晶に映る、"あや"の文字に、幸せな時間を潰された気分になる。
「かなちゃん?」
「あー…また日を改めて、話をしようかな?」
「あー…あやちゃんか。」
「うん…。」
「電話?出なくていいの?」
「あ、はい、いいんです。」
席を立って、パパッと帰り支度を済ませた。
「ごめんね柚月。彗人くんも…今日はこの辺で、おいとまさせてもらいます。」
「うん。かなちゃん、今日はありがとう。」
「こちらこそありがとうだよ。幸せな報告と、幸せな時間をありがとう。そして改めて、結婚おめでとう!!」
そう言い残し、部屋を後にした。
呼び出したのはこちらなのに、ホテルにポツンと取り残された感覚に陥った二人。
「あやちゃん?って?」
「うーん、その辺はおいおい…。」
気まずそうに顔を歪める柚月。そんな顔も可愛いと思う、伊月であった。




