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謎のクマ

 家に着いた俺は、自室に鞄を置くと、そのままリビングのソファに沈み込んだ。

 あの後、歩道橋の前で俺と花宮は別れて帰った。

 今はテスト期間ということもあり、運動部の生徒もほとんど見かけない。

 街灯やネオン、車の灯りがあるとはいえ、夜道は全体的に薄暗い。そのおかげもあって、同じ学校の生徒に遭遇することはなかった。

 ネクタイを緩める。今日は、濃かったな。

 というか、学校で花宮に話しかけられたのは、よくよく考えると今日が初めてだった。

 授業中に多少絡むことはあったが、今日のように長時間会話することはなかった。

 俺は、ようやく「友達」というものを噛み締める。

 友達に対して、極端に距離を取っていたわけじゃない。ただ、どこか一歩引いた場所から見ていた気がする。

 ……別に、そこまで気兼ねする必要もないんだけどな。それくらいわかっている。


「……」


 部屋が静かだと、余計な考えが頭に浮かんでは消えていく。

 気晴らしにテレビでもつけるか。

 時間的に、どの局もニュースだろうが、それくらいが丁度いい。

 テレビをつけると、案の定ニュースが流れていた。

 粛々と原稿を読み上げるキャスターの声を耳にしながら、俺はぼんやりと画面を眺める。

 事故の話、スポーツの話題、ひいては季節柄なハロウィンの話。

 どれも俺には、どこか遠い世界の出来事だった。

 不意に、特有のバイブ音とともにスマホが鳴る。通知だ。

 画面に表示された相手は【花宮詩乃】。

 アイコンには友達と撮ったらしい文化祭の写真。

 さっきの別れ際、俺と花宮は連絡先を交換していた。

 今週の金曜日、また家に上がらせてもらうのに、連絡先がないと不便だろう――そう向こうから提案されたのだ。

 まさかこんな形で、学校のアイドルのような女の子の連絡先を手に入れることになるとは思わなかった。

 素早くスマホを操作し、花宮とのトーク画面を開く。

 まっさらな初期背景に浮かんでいるのは、たった二つのメッセージ。


『やっほー』

『もう帰った?』


 一つ目には絵文字が添えられていて、なんとなく花宮らしさを感じる。

 それに対し、俺の返事は『はい』の二文字だけ。

 ……我ながら、あまりにも無機質だ。短すぎるせいで、怒っているようにすら見えてしまう。

 だが、既読はすぐにつき、続けて『よかったー』というスタンプが送られてきた。

 クマが大きく背伸びをしている、どこか間の抜けたデザインだ。


『ねえねえ! 金曜日、ハンバーグが食べたい!』


 ハンバーグ。

 一般的な家庭料理だ。俺も幼い頃から母親の料理を手伝っていたこともあり、難しいものではない。


『わかりました。食材、買っておきます』

『ほんと? やった!』


 今度は、さっきのクマの「感謝~」と書かれたスタンプ。正座した姿勢で、両腕を高く上げている。

 ……よくわからない趣味のスタンプだな。

 だが、喜んでいる様子は容易に想像できる。


『あ、お金半分出すよ!』

『いえ。一人分でも二人分でも、材料費はあまり変わらないので。気を遣わなくて大丈夫ですよ』


 実際その通りだ。

 ひき肉は一人分だと必ず余るし、野菜も結局同じことになる。だから、気負う必要はない。


『そうなんだ! じゃあ、たくさんお手伝いするよ!』


 今度はクマがボクシンググローブをつけ、パンチのラッシュを繰り出すスタンプ。

 3度目のシュールな表情に思わず俺も『w』と返してしまう。笑っている、という意味だ。


『お! ネットでよく見るやつだ! ww』

『www』


 お互いに『w』を増やし始めると、さすがにきりがない。


『楽しみだね!』


 ……ああ。

 俺も、楽しみなんだと思う。

 胸の奥をかすめるのは、これまで味わったことのない感覚だった。

 期待とも高揚とも少し違う、妙にくすぐったい新鮮さが、静かに脳裏をよぎっていく。


『この後、何するの~?』

『せっかくなので、今日教えてもらったところを復習しようと思います』


 花宮の授業は、正直に言ってめちゃくちゃわかりやすかった。

 的確な指摘に、噛み砕いた説明、その都度理解を確認してくれる細やかさ。

 おかげですんなり頭に入り、時間が経った今でさえ、やる気が満ちてくるレベルだ。

 「えらい!」というクマのスタンプ。今度はウサギも登場し、クマがその耳の間に手を置いてワシャワシャと撫で回している。だが二匹そろって、相変わらずの虚無顔だ。本当に何なんだ、このスタンプは。


『めちゃくちゃわかりやすかったです』

『お~、そう言ってもらえると教えた甲斐があるな~』


 ああ、これはドヤってるな。そう思った矢先、案の定ドヤ顔で仰け反るクマのスタンプが送られてきた。このクマ、ようやく表情を変えたぞ。……もっとも、目線は相変わらず虚空だが。

 なんとなくだが、花宮の表情が簡単に想像できるようになってきた気がする。まだ接し始めて間もないというのに。

 本当に、不思議な魅力を感じている。


『じゃあ、そろそろお邪魔かな?』

『そんなことはないですよ』

『そう? でも集中を妨げちゃいけないしね』

『明日も勉強会しようね!』

『本当ですか? ありがとうございます』

『もちろん! じゃあまた明日!』

『はい、また明日』


「おやすみ」と書かれた、クマが切り株みたいなベッドに潜り込み、鼻風船をぷくりと膨らませているスタンプが送られてきた。

 うん、まあ間違っていないが、まだ寝るわけじゃないんだよな。

 ふっと息を吐く。

 スマホを伏せ、さっきまで流していたテレビの電源を切る。

 花宮の優しさに報いるためにも、頑張らないとな。

 軽く伸びをして、気合を入れる。


「よし……!」


 俺は自室へと向かったのだった。

『タイトルこれでいいのか…?』と、思いました。

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