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買い食い

朝なのにやる気が爆発してるのだ

「お〜、すっかり真っ暗だね」


 気づけば窓の外は夜の気配にすっかり呑まれ、校庭の土の色さえ判別できない。

 運動部の掛け声も吹奏楽部の残響も、もう遠い。

 時計の針は五時半を指している。

 あれから、たった一時間しか経っていないのか。

 花宮に横で教えられていると、時間が妙に早い。彼女の教え方が妙に心地よく、集中が途切れない。

ノートには三ページぶんの書き込みが並び、達成感が胸の奥に温かく沈んでいた。


「頑張ったね〜、偉いぞ〜」


からかうような子供に向けるような声色に思わずジト目を向ける。

それでも、言うべき言葉はちゃんと言う。


「今日は遅くまでありがとうございました」


 感謝と謝罪だけは、俺でも素直に口にする。


「全然いいよ。この前のお礼だと思ってくれればね」


 軽く言ってくれるその言い方が、逆にありがたかった。

 広げていた教科書たちをしまい、鞄を肩にかける。そして、俺たちは並んで生徒玄関を抜け出した。


「うわっ、寒っ!」


 外気が一気に肌へ刺さる。

 花宮は両腕で肩を抱き、体を震わせる。

 そりゃそううだ。男子はブレザーとスラックスだが、女子はスカートに生脚。しかもなぜかみんな揃って竹を詰める。寒くて当然だ。

 別に女子たちにもスラックスの選択肢があるのだが、あまり履いている生徒は見かけないな。

 

「あ、カイロ有るので、使います?」

「ほんと? ちょうだ~い」


 鞄の側面にあるファスナーを引き、貼らないタイプのカイロをひとつ取り出して手渡す。


「また貸しができちゃったね~」

「いや、気にしないで大丈夫なんで」


 カイロをシャカシャカ振る花宮を横目で捉えつつ、俺はふっと息を吐いた。

 息は白くならないものの、10月後半にしてはかなり肌寒いな。


「ねね、途中まで一緒に帰ろうよ~?」


 花宮の提案に、俺は一瞬だけ言葉を失う。

 軽く考えればいいだけの話のはずなのに、頭の中では余計な思案が渦を巻いた。

 一緒に帰っているところを誰かに見られても大丈夫だろうか。

 それが変な噂に発展して、彼女に迷惑をかけたりしないだろうか。

 そんな取り越し苦労じみた考えが、ぐるぐると頭の中を支配していく。

 花宮は期待のこもった瞳で、じっと俺を見つめてくる。

 その瞳に、俺は一体どう映っているのだろうか。


「もしかして、周りのこと考えてるでしょ?」


 ――図星だった。

 言い当てられたことに、内心ドキリとする。


 「ふふ、じゃあこうします……友達特権を行使する! なんてねっ」


 イタズラっぽく瞳を細める花宮は、そう言いながら、俺の前へ回り込み、問答無用で左手を掴んできた。

 さっきまでカイロを持っていたせいか、その手はほんのりと温かい。


「さ! 帰ろ帰ろ~」


彼女の声に背中を押されるように、俺は左手に残る温もりを感じながら、一緒に校門を出た。




「チキンおいしそ!」


 帰宅途中、小腹が空いたという花宮に付き合ってコンビニへ寄ることになった。

 レジ横のホットスナックを、食い入るように見つめる彼女。その口元は今にもよだれが垂れそうなくらい緩んでいて、見ていて少し面白い。

 ちなみに、俺たちの高校は寄り道禁止ではない。こうして気軽に買い食いできるのはありがたい。


「私、チキンのレギュラーにしよっと! 幸村くんは何食べたい?」


 別に空腹というわけではなかったが、ここまで来たのだから合わせることにした。


「俺はレッドにします。お金出しますよ」


 財布に手を伸ばし、小銭を出そうとしたところで、花宮に片手で制される。


「ここは私に出させて? 君、バイトとかしてるの?」


 ……していない。

 生活費は親の仕送り頼りだ。近いうちに何か探そうとは思っているが、まだ具体的には決めていなかった。


「……えと、ありがとう。ごちそうさまです」


 そう言うと、花宮はくるりと踵を返し、留学生っぽい店員に注文する。手早く会計を済ませ、両手でチキンを受け取った。


「はい、これ。レッド」


 手渡されたチキンは、冷えた手には火傷ができそうに感じられるほどアツアツだ。


「ん~、おいひぃ」


 コンビニを出る。

 チキンにかぶりつく花宮はとろけるような笑みを浮かべていた。そのあまりに幸せそうな食べっぷりに、こちらまで頬が緩む。

 犬の尻尾でも付いていたら、きっとゆるゆると振っているだろう。


「……なんですか?」


 並んで歩きながら、花宮がジトッとした目でこちらを見てくる。

 ああ、多分そういうことだ。


「はい」


 チキンを差し出すと、花宮は一瞬で表情を明るくした。

 ――が、受け取るかと思いきや、そのまま俺の手元に顔を寄せ、ぱくりと噛みついてくる。

 ……一口、小さいんだな。


「……からい」

「えぇ……」


 ぽつりと零された感想に、思わず変な声が出た。

 スパイシーではあるが、そこまで辛いとは思ったことない。

 どうやら彼女、そもそも辛いものが苦手なんじゃなかろうか。

 あいにく水なんて持っていないし、ここは気合でどうにかしてもらうしかないだろう。

 しばらくヒーヒー言っていた花宮だったが、ようやく落ち着いたらしい。


「はい、幸村くんもどうぞ!」


 今度は花宮が、俺の口元へぐいっとチキンを差し出してくる。

 ……本人は何とも思っていないようだが、これ、どう見ても間接キスだろ。

 最近の高校生はこういうことに寛容なのか? なんて、我ながら爺くさいことを考える。

 多分、普段友達同士でやっていて、特に気にしていないんだろうな。

 俺は一瞬だけ逡巡し、覚悟を決めて右手でチキンを受け取る。

 流石に彼女の手から直接かぶりつく勇気はない。というかできないだろ。


「……美味い」


 遠慮がちにかじったそれは、花宮の一口よりもずっと小さかった。

 チキンを彼女に返すと、花宮はどこか満足そうな顔をしている。

 変な杞憂をしても仕方ないか。

 そう自分に言い聞かせ、俺は並んで歩き続けた。

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